業界を超える「学際」で新たな価値をつくる – 京大・宮野公樹氏と探る、研究と社会のこれから イベント参加レポート
クラウドファンディングやサポーター制度などを通じ、開かれた学術業界の実現を目指すacademistが2021年より行っている若手研究者向け研究加速プログラム「academist Prize」。第4期のファイナルイベント『業界を超える「学際」で新たな価値をつくる – 京大・宮野公樹氏と探る、研究と社会のこれから』が2025年8月28日(木)に、東京大手町のInspired.Labで開催され、エナゴのヴァイス・プレジデントのラジブ・シルケとマーケティング担当、ライター、営業担当が会場で参加しました。

イベントはサイエンスコミュニケーターで「academist アンバサダー」の佐伯恵太さんの進行により、前半では「academist Prize」4期生7名がそれぞれの1年を総括して発表するピッチが、後半では、京都大学学際融合教育研究推進センターの宮野公樹さんと、株式会社バイオインパクトの杉原淳一さんによるトークセッションが行われました。
「academist Prize」4期生7名による発表 私にとっての「1,000 True Fans」とは?
前半のピッチで7名の登壇者に割り当てられた時間はそれぞれ5分。この中で1年間のプログラム期間中に、何ができて何ができなかったか、目標をどの程度達成できたのかなどをそれぞれが発表しました。
「美しさ」についての研究を行っている櫃割仁平さんは、「コミュニティーマーケティング」を行うために「あいまいと」というコミュニティを約1年前にローンチ。研究の種を出し合って、プロジェクトとして成立させていくというアプローチを続けてきた中で、職業研究者ではない共同研究者とポッドキャストに関する研究論文も発表しました。コメントをくれる人、人や機会をつないでくれる人など、様々な関わりのファンを作ることができ、ビジョンを共有できたとのことでした。
高齢者福祉の分野で研究を行う金子智紀さんも、academist 内外の取り組みで、自分のやりたい思いを、一緒に広げていく仲間も獲得されました。介護先進国である日本の介護施設の事情や介護体制についての情報に対する海外からのニーズも多く、金子さんは、それを財源に、介護事業や研究を進めるという循環を模索しているとのことです。
宗教・スピリチュアリティについて研究する林尭親さんのサポーターには、宗教の実践家や特定の宗教のバックグラウンドを持つ人もいて、そうした人々が何を感じ、社会でどのような課題があるのかといったことを深く考える良い機会になったといいます。そして、社会を動かしていくためには、「弱い紐帯」や「情報の結節点」のようなものをなるべくたくさん作りそれを運用できるようにすることが必要だとしながら、このacademist Prizeを、「個人の思いや行動がシステムに乗ればきっと社会を変えられるんだ、という実感を与えられたようなプロジェクト」だったと振り返りました。
寄付のマーケティング研究を行う會澤裕貴さんは、最終的には100人を超えるサポーターを獲得。その多くが様々な現場で寄付金を集めるファンドレイザーでした。そうした人々とつながり、そうした人々の支援を活かして得られた研究知見が、ファンドレイジングの現場に還元されていき、その結果として寄付が増え社会に還元されるという循環を作っていくことができるという実感を持てたというところが、會澤さんにとっての「1,000 True Fans」であったといいます。
被災地でのフィールドワークを行ってきた土田亮さんは、フランスの精神科医ジャン・ウリが提唱した「個々人がそれぞれの独自性を保ちながら、全体に関わり、全体の動きに無理に従わされない集団=コレクティフ」という概念を紹介。土田さんにとっての「1,000 True Fans」はそのようなものだといいます。支援者全員が土田さんと全く同じビジョンを持っていなくても、部分的に重なるものを共有し、復興や、復興のままならなさについての思いを共有しながら進んでいくプラットフォームであった、と。今後は論文だけでなく、エッセーの出版やフィールドで撮影した写真による表現活動での発信も行っていくそうです。
意識の発達の多様性についての研究を行っている渡部綾一さんの報告は、1,000人のファンを作るという目標を達成できなかったとの反省から始まりました。人数的な目標を達成できなかったこと自体は失敗ではあったものの、自身にとってのファンとは何かと考えた際、困り事を相談してくれる人々や、ネットから離れた所で応援してくれる人々との関係性を構築できたことで、目標の第一歩を踏み出すことができたといいます。現在の渡部さんは、発達の多様性の研究につながる共同研究を、推薦コメントを寄せた研究者らとと共にスタートさせています。
死後の遺伝学的検査に基づく新しい予防医療体制の構築について研究する福嶋佳菜子さんは、1年間のプログラムの最も大きな成果は、アーリーキャリアの段階で、ビジョンの言語化に取り組めたことや、研究の方向性について対話を通して考えていくことができたことだといいます。これからも福島さんにとっての「1,000 True Fans」である、突然死で身内を失う悲しみに共感してくれる人々との対話を続け、広く社会の人々との対話を「愚直に」続けられるとのことです。
7人の発表に対しては支援金の使い方や使うタイミングなどについて、いくつかの厳しい質問もありました。学術研究のための資金をクラウドファンディングで一般から募る際のコミュニケーションの知識やスキルをacademist Prizeのような活動を通じて向上していくことの大切さが浮かび上がるとともに、支援者が期待することについての支援者と被支援者の間でのコンセンサスの形成や、旧来とは異なる研究資金の扱いについての大学・研究機関のポリシーなど課題も垣間見られました。
パネルディスカッション
後半では、京都大学学際融合教育研究推進センターの宮野公樹さんと、研究者データベース「日本の研究.com」を運営する株式会社バイオインパクトの代表 杉原淳一さんが、学際研究の実情についての対話を行いました。
杉原さんが感じているのは、枠組みありきの予算配分の中で、学際的な研究でなければ予算申請できないことで研究の自由度が阻害されているのではないかということで、宮野さんも学際融合教育研究推進センター設立の2011年から比べて、ますます、研究は学際でなければならないという空気になっていると同意します。
こうした流れの背景には、複雑化する課題解決に対して一つの分野では解決しえないということがあるといいます。しかし、そうした課題解決のための研究と、ゼロから新しいテーマに取り組むようなクリエイティブな学問の双方について、等しく「学際」ということばを用いることについて、宮野さんは懐疑的です。両者は分けて考えるべきで、課題解決の場合は、実際に課題が解決されたかどうかで評価されるべきだといいます。
本来はボーダーレスであったはずの学問を、配分などのために便宜上区分していった分野を、再びボーダーレスにするという構図が「学際」の潮流にはあるといいます。そこで組み合わせた学問分野に新たな学術領域の名前を付けて資金を獲得していくというやり方には、もはや限界があり、そうした中で科研費以外の、様々なステークホルダーからの研究資金を得られるというのがacademistの価値であると宮野さんは述べます。そして、ボーダーレスな研究をアピールして様々な人を巻き込む際に見られるのは「テーマではなく人」であるということです。
企業賞
続いて、1年間の活動に対する2つの企業賞、「日本の研究.com賞」と「研究支援エナゴ賞」の受賞者が発表されました。
日本の研究.com賞
バイオインパクトの杉原さんより発表された「日本の研究.com賞」受賞者は高齢者福祉研究の金子智紀さんでした。授賞の理由は、介護の課題は人口動態から見て「確定している未来」で全員に関わるテーマであること、そしてお子様がいらっしゃる中で応援の意味を込めてとのことです。
研究支援エナゴ賞
「研究支援エナゴ賞」は、研究支援エナゴのマーケティング担当三上が発表。遺伝学的検査による予防医療の体制を研究する福嶋佳菜子さんを選ばせていただきました。スケジュールのご都合上、福嶋さん自身は参加されなかった「academist Prize第4期挑戦者へのインタビュー by エナゴ」の記事を読み込み、コメントを添えて非常に丁寧に紹介いただいた、1,000 True Fansを体現する姿勢を評価させていただきました。

アカデミスト柴藤さんによる振り返り
最後に、アカデミスト代表の柴藤亮介さんより、データや開催したイベントなどを含め、1年間の振り返りが行われました。ページの平均セッション継続時間などから分かるサポーターたちのエンゲージメント、一括支援による支援者との対話の機会の創出など、人数や金額の総和だけでは見えてこない成果を解説しながら、柴藤さんは挑戦者たちが幅広いサポーターを獲得できたことの意義について語りました。
「今日のプレゼンでは同志の多様性がうかがえました。若手研究者の皆さんに、平均して100人の同志ができたのですが、そのような若手研究者は日本全国でもこの7人しかいないと思います。このタイミングで、ファンを作ることにリソースを割き、相手先に赴いて対面し説得するということは普通やらない。それをファーストペンギンでやり切ったということがすごい財産だと思います。」柴藤さんのnoteで、academist Prize第4期のまとめ記事を読むことができます。
academist Prize第4期のプログラムは終了しましたが、挑戦者たちの研究とサポーターたちとのつながりは続きます。そして、academist Prize第5期のプログラムも始まっています。研究支援エナゴでも、引き続きサポートしてまいります。
関連資料
アカデミスト 「業界を超える『学際』で新たな価値をつくる – 京大・宮野公樹氏と探る、研究と社会のこれから」 開催レポート
アカデミスト「Open academia Vision book」 「Open academia(開かれた学術業界)」 についてのビジョンをまとめた小冊子(ダウンロード)
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