公共財の効率性と公共性について:図書館から考える
公共財としての図書館―場所/情報
2025年3月末、東京都清瀬市の公立図書館6館のうち4館が閉鎖され、それに伴い4月1日より図書館から市民への本の無料宅配が始まりました。
施設の閉鎖についての言及のない施策案「清瀬市図書館サービス基本方針(素案)」[1]に対するパブリックコメント(意見募集)が2024年1月4日から1月24日にかけて実施された後、2月20日および24日に説明会が開催され、図書館の統廃合を含む改正条例案が2024年3月の市議会に提出されたというのが前年の流れです。市民の意見が十分に吸い上げられず十分な説明が行われていないことを批判する議員もいた中、条例案は賛成多数で可決され、約1年後の図書館統廃合と書籍の宅配開始が決まり現在にいたります[2]。
条例改訂の理由を市の担当者は「市立図書館としての効率効果及び市民ニーズを考慮しつつ、新たな図書提供の在り方を模索する中で、現在の地域図書館を整理すること。あわせて全市立図書館に指定管理者制度を導入して、効率及び効果的な管理及び運営ができるよう、規定を整備する」としており、また「電子書籍の充実、スマートフォンやホームページを活用した予約サービスの充実、貸出し図書の宅配サービスなど、来館しなくとも本が借りられる環境整備が求められていると分析」していると述べています[3]。
一方、反対派議員のひとり(ふせ由女議員)は図書館を「知的成長のための大切な基盤」とし、「単に本を借りる場所ではなく、新たな偶然による意図しない本との楽しい出会いや、その場で実際に関連図書を手に取って参照したり、比較したりできる、実践的で効果的な学びの機会が凝縮された場所」として、宅配サービスが図書館の廃止を補うものではないと主張しています。
清瀬市の図書館のあり方に関しては、市民の間でも様々な意見もあるようですが、一連の議論は、住民以外にとっても、公共財の公共性や公共図書館などについて考えるヒントになるかもしれません。
「知る権利」を保証する図書館
日本図書館協会による「図書館の自由に関する宣言」[4] は、「図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することを、もっとも重要な任務とする」としています。ここでは図書館は、「知る権利」を保証するものであると定義づけされています。
(身体的なハンディや居住地、勤務時間などの理由で)開館時間内に図書館を訪れることができないことによる情報へのアクセスの阻害を解消するという意味においては、本の宅配は市民の知る権利の保証にもつながるでしょう。しかし、取り寄せができる資料のほとんどは、図書館以外の場で情報を得ることのできたものに限られるでしょう。そしておそらく、リアルな空間/場所としての図書館を重んじる人々が公共図書館に託する役割はもっと大きなものです。
「民主的教育機関」としての図書館
1949年に初版が発表されたユネスコの「公共図書館宣言」[5] は、公共図書館を「民主的教育機関
(Democratitc Agency for Education)」としています。少し前の書籍ですが、『未来をつくる図書館』[6] では、ニューヨーク市の公立図書館が音声や画像、フィルムなどを含む膨大な資料を収集・公開するほか、様々な講座などによって市民の就職や起業の支援、健康に関する情報の提供を行ってきたことが報告されています。インターネットの利用が一般に普及し始めてそれほど歳月の経っていなかった時点から社会課題となっていた情報格差(Digital Divide)[7] に対する施策としても、ニューヨークの公立図書館が早くから利用者のインターネットへの接続の場になっていたほか、インターネットのスキルを伝える講座なども設けられてきたということです[8]。
現在の日本では、スマートフォンの普及率も高まり、インターネットにアクセスすること自体ができない人の割合が非常に少なくなっているのは事実です[9]。しかし、情報へのアクセスツールがあることと、探したい情報や偶然出会った結果本人にとって有益となる情報にアクセスできることは同じではありません。
リアルな空間/場所としての公共図書館を重視する人々にとっては、情報端末に触れられるということに加え、端末を使いこなすスキルを身に付けられる機会が得られるということ、探していた書籍をピンポイントで見つけられることに加え「意図しない」書籍と出会えることなど、既知の情報の周縁にある情報だけでなくそこから飛躍した広範な情報に触れられる場が重要です。エコーチェンバーの中で得られた一定の枠内の知見や意見に基づいて選んだ資料を宅配してもらうだけでは、民主的=教育的に知る権利が保証されたことにならないのではないか。そう考える人々が一定数いることは想像に難くありません。
公共財としての図書館の効率性/公共性
清瀬市の担当者による説明の中にあった言葉の中で、もうひとつ考えておきたいことが「効率効果及び市民ニーズを考慮しつつ」というくだりです。この文言は総務省の掲げる指定管理者制度の目的(「民間事業者等の有するノウハウを活用することにより、多様化する住民ニーズに効果的・効率的に対応していくこと」)にそのまま符合しますが[10]、清瀬市は、この後、一連の図書館運用の転換に際して指定管理者制度を導入し、資料の宅配もこれによって行うようになります。
日本図書館協会は2016年に、「公立図書館の健全な発達を図る観点から、公立図書館の目的、役割・機能の基本を踏まえ、公立図書館への指定管理者制度の導入については、これまでの見解と同様に、基本的になじまない」[11]との見解を発表していますが、2021年のある調査では「増加数については鈍化しているものの,増加傾向自体は継続しており,その結果として公立図書館の約2割が指定管理者による管理運営となるに至った」[12]とあります。
公共性と効率性(利益性/収益性)は必ずしも背反的ではありませんが、常に両立するものではありません。限られた財源の中での運営を余儀なくされる公立図書館の場合、ある程度の効率性を追求することはやむを得ない側面もあるでしょう。しかし、図書館には、表現の自由と表裏一体の関係にある「知る自由」の保証という高度な公共性が付託されています。上述の「図書館の自由に関する宣言」の中でも、「権力の介入または社会的圧力に左右されることなく(中略)収集した資料と整備された施設を国民の利用に供するものである」とあり、住民の参加、住民の意向の反映を是とする公共図書館については、効率性の追求に際し、丁寧な説明が求められるでしょう。
注
[1] https://www.city.kiyose.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/013/368/tosyo.pdf 太字強調引用者(以下同)
[2] 令和6年清瀬市議会第1回定例会会議録3月28日(第5日)https://ssp.kaigiroku.net/tenant/kiyose/SpMinuteView.html?power_user=false&tenant_id=197&council_id=495&schedule_id=6&view_years=2024
[3] 令和6年清瀬市議会第1回定例会会議録3月5日(第3日)
[5] https://www.ifla.org/wp-content/uploads/2019/05/assets/public-libraries/documents/unesco-public-library-manifesto-1949.pdf「ユネスコ公共図書館宣言UNESCO Public Library Manifesto」は、1949年の初版以来1972年の第2版、1994年の国際図書館連盟(IFLA)との連名による第3版と改訂され、最新の第4版は2022年に発表された。 The IFLA-UNESCO Public Library Manifesto 2022 (https://repository.ifla.org/rest/api/core/bitstreams/d414c76e-17ef-4581-9c0f-cc6e250a2743/content)
[6] 菅谷明子著 『未来をつくる図書館 —ニューヨークからの報告—』岩波書店、2003年。
[7] Digital Divideの語の初出は、1996年に行われた当時の副大統領アル・ゴアによるスピーチとされる。 https://govinfo.library.unt.edu/npr/library/speeches/101096.html
[8] ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団による2010年の報告書Toward Equality of Access: The Role of Public Libraries in Addressing the Digital Divideも、所得の低い層にとって公共図書館がインターネットへのアクセスの場となっていたことが示されている。
[9] 総務省による「令和5年通信利用動向調査の結果」では、個人によるスマートフォンの保有割合は78.9%。https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/240607_1.pdf
[10] https://www.soumu.go.jp/main_content/000949342.pdf
[11] https://www.jla.or.jp/about_the_designated_administrator_system/
[12]桑原芳哉「公立図書館の指定管理者制度導入状況:2018年度以降の動向を中心に」『尚絅大学研究紀要 人文・社会科学編』第54号、2022年、p.3 https://www.jstage.jst.go.jp/article/seia/54/0/54_01/_pdf/-char/ja
参考
文部科学省 社会の変化と図書館の現状(平成16年)
文部科学省 図書館・学校図書館の運営の充実に関する有識者会議
文部科学省 図書館・学校図書館の運営の充実に関する有識者会議(第7回) 公立図書館に求められる人材育成の現状と 今後の充実に向けて
Current Awareness Portal CA1878 – 研究文献レビュー:日本の公立図書館における経営形態
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