理工系分野を選択させないアンコンシャスバイアスを払拭しよう

以前、世界に比べると日本で理工系を選択する女性の数がまだまだ少ないという現状を「理工系を選ぶ女性を特別視しない社会に向けて」という記事でお伝えしました。残念ながら、経済協力開発機構(OECD)の2023年の調査によれば、日本でSTEM(科学・技術・工学・数学)分野の大学入学者に占める女子学生の割合は18.1%とOECD加盟国内最低から脱出できていません。健康と福祉分野の女子学生比率は悪くないのですが、STEM分野、特に物理・工学系の低迷が続いています。

今回は、日本で女性の理工系人材が育ちにくい背景に周囲の環境や文化といったアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)が働いているのではないかとの視点から、現状と分野選択に関連する研究を紹介します。

アンコンシャスバイアスという思い込み

男子は理系、女子は文系。女性は数学や物理が苦手。こうした、社会や家庭に存在するアンコンシャスバイアスが女性の理系離れの一因とも言われています。女性は理系に向かないというジェンダーバイアスや自分自身の思い込みだけでなく、理系女子は就職や結婚が難しくなると考えている親世代からのプレッシャーなどがアンコンシャスバイアスとなって、女子学生が理系を選択する気持ちを削いでしまう原因になりえると指摘されています。医学部を卒業して女性医師になるのはイメージできても、物理・工学系の学部を専攻して現場で働くのはイメージしにくいのかもしれません。

政府は理工系に進む女子生徒を増やす必要性を認識しており、第5次男女共同参画基本計画(令和2年に閣議決定)に基づき、女子中高生に理工系の進路選択を促す施策を行ってきてはいるものの、理工系を選択する女子の数はいまだ伸び悩んでいます。そもそも、この基本計画は大学(学部)の理工系の学生に占める女性の割合につき「前年度以上」という不明確かつ比較的実行が容易な目標が掲げられているまま見直しもされておらず、政府の取り組みの効果がでているのか疑問です。

中学教育に存在するアンコンシャスバイアス

大学の理工系学部に在籍する女子学生の割合を国際比較すると、日本の低さは際だっています。

冒頭に述べたOECDの調査「Education at a Glance 2025(EAG2025)」によると、2023年の高等教育においてSTEMを選択した女子学生の割合は、日本が18.1%で、OECDの平均33.5%を大きく下回っています。自然科学・数学・統計学の分野に進学する割合は27.56%(OECD平均54.47%)、工学系分野は16.50%(同28.74%)と、いずれも低い水準にあります。

とはいえ、日本の学生の数学リテラシーや科学リテラシーが低いわけではありません。OECD が3年ごとに実施している国際的な学術到達度調査(PISA)によれば、日本の学生の数学的リテラシー、科学的リテラシーはともに世界トップレベル(両分野で37か国中1位)にあります。また、国際教育到達度評価学会(IEA)が4年ごとに実施している国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)の結果TIMSS2023)からも日本の学生の数学・理科の成績が世界的に見て高いレベルを維持していることが示されています。しかも、TIMSSの結果から言えば、日本の女子中学生の数学と理科の成績は、国際平均を大きく上回っているのです。

にもかかわらず、なぜ日本の女子は理数系を敬遠してしまうのでしょうか?

気になるのは調査対象となっている小学4年生と中学2年生の算数・数学、理科の平均得点の推移です。2015年の同調査では、中学2年生の数学、理科ともに女子の平均得点が男子を上回っていたのに、2023年調査では大きく反転しています。TIMSSではその理由を分析していませんが、こうした成績の変化が以後の科目選択、ひいては大学での文理選択にも影響しているのではないでしょうか。中学の段階で理系科目の難易度や苦手意識が高まることを踏まえると、中学教育においてアンコンシャスバイアスを払拭し、理工系の学びへの興味を保ち、理工系の知識が将来的には社会での活躍に結びつくことを強く感じられるような授業設計が求められるのではないでしょうか。

ジェンダーバイアス克服の難しさ

いまだに「理系女子は就職や結婚が難しいのでは?」という疑問を持つ学生は少なくありません。日本では職種や業種によって男女差が存在しており、それが男女間の所得格差の一因とも言われています。

しかし、人口減少や労働力不足の問題への対策としても女性のSTEM人材を増やすことは重要です。特にIT分野などでの人材不足が深刻化すると予想されている中、理工系人材の育成が急務とされてはいますが、もともと理工系分野を専攻する女性が少ない上に、職業選択の際に理工系分野の職種を選ばない人、理工系分野に就業しても後に離職してしまう人も多いのが現状です。

理工系分野に女性が少ないことは、環境、周囲(親や教員)の価値観、社会的なステレオタイプなどがアンコンシャスバイアスとなって、女子学生の理工系分野への興味や関心、進路選択などに影響を及ぼしていることが原因と推察されています。こうした状況を改善するためには、理工系分野で女性が活躍するロールモデルを示し、理工系に対する興味を醸成する環境作りが必要です。

日本政府はすべての女性が輝く社会づくり本部・男女共同参画推進本部合同会議(2025年6月10日)において「新・女性デジタル人材育成プラン」を策定し、デジタル関連事業で女性が活躍できることを目標に、スキルの獲得や就労支援を行うことを表明しました。このプランには、育児・介護等と両立できる柔軟な働き方改革をすすめることも盛り込まれています。

確かに出産や育児は女性が仕事を続ける上での大きな壁ですが、就労以前、教育・職業選択の時点で既に偏りが生じていることにも注目すべきでしょう。国際通貨基金(IMF)が作成したレポート「A New Growth Engine for Japan: Women in STEM Fields」は、大学のSTEM分野における女子学生の割合は、日本が約7%とG7諸国の中で最も低く、STEM専門職での女性の割合ではさらに低いと考えられると指摘しています。男女間の賃金格差に加え、アンコンシャスバイアスを含む文化的偏見不利な職場環境がSTEM分野で女性がキャリアを追求することを妨げ、離職傾向を高めていることも踏まえ、日本でSTEM分野に女性が少ない理由として次の3つを挙げています。

  1. 若手女性にとってロールモデルが少ない
  2. 男性による女性同僚への無意識の偏見がある
  3. 女性自身による競争回避と能力過小評価

これらの要因が、男性優位社会における長時間労働や仕事以外での付き合い(社交)といった社会的規範によってさらに悪化することも女性にとっては働きにくい環境を生むことになっていると考えられます。「健康な男性」中心の従来の日本型の雇用慣行、長時間労働、不十分な産休や育休制度、キャリアパスの不明確さなど、女性が働き続けるために改善が必要な項目は多々あります。

少し教育からは外れますが、日本のジェンダーギャップについて補足しておきます。2025年に日本初の女性総理大臣が誕生しましたが、2025年6月12日に発表された世界経済フォーラム(WEF)による男女格差の現状を各国の統計をもとに評価した「Global Gender Gap Report」によると、日本のジェンダーギャップ指数は148カ国中118位で、前年(146カ国中118位)と同順位、G7では最下位でした。これは日本社会における男女の性差によって生じる社会的・文化的な格差が大きいことを意味しています。ジェンダーギャップによって生じる問題としては、雇用機会や賃金格差、教育格差などがありますが、こうした日本の社会事情が学問の選択に影響を及ぼしていないとは言えません。

教育段階に根付くアンコンシャスバイアス

日本の理工系人材に女性が少ないのには、理工系分野に就業しても離職してしまう、もしくは理工系分野を専攻しても就職先に理工系分野を選択しないという理由もありますが、さらに根深いのは、教育段階で理工系分野を選択する女性自体が少ないことにあります。学校教育における文理選択の際から男女の偏りが出ていることは否定できません。

実際、教育段階で女性が理工系分野を選ぶことが少ない理由は理工系分野が不得意だからとは言い切れないことが数字でも示されています。女子は読解力が高いために人文科学系の教科を選ぶ傾向が高いとも言えますが、分野ごとの能力というより、社会的な要因が自身の興味や関心の選択に影響を与えていることが理工系分野の選択に男女差を生じさせている可能性が高いと考えられるのです。

また、個人の成績や進路選択には、家庭の経済力、両親を含めた家族、学校、教員などの周囲の環境要因に左右されることも加えておきます。例えば、「女子生徒は数学や科学が苦手」というステレオタイプの強い教師が受け持った女子生徒の数学や科学の成績が低下するとの研究で示されたように、ジェンダーバイアスが女子学生の特定科目の履修ポテンシャルを下げ、進学先の選択にも影響を与えかねないのです。

他にも親や友人との関係が行動や進路選択に相互に影響を与えることもあります。親からの期待が高い、あるいは性別役割分業の意識が強い家庭で育った場合には、分野の選択に影響が出ることも考えられます。つまり、周囲からの影響を受けることによって、女子生徒の理工系分野への関心が下がり、結果的に教科選択に男女間の差が生じている可能性があるのです。

分野選択におけるジェンダーバイアスの影響

なぜ日本で理工系に進む女子学生が少ないのかという問題を研究している東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構の横山広美教授は、日本のジェンダーバイアスを含む社会風土が理系進学に影響を及ぼしている可能性を研究しています。

横山教授は日本とイギリス、文化の異なる2つの国で、物理学に求められる計算能力や論理的思考力といった能力にジェンダーイメージに偏りがあるかを調査しました。その結果、イギリスと比較して日本では論理的思考能力と計算能力が優れていることは男性的であると認知している人が多い、つまり数学や物理学に必要な計算能力や論理的思考力についてのジェンダーバイアスが強いことが示されました。

横山教授は、詳細なデータ分析を行うことで、理工系の職業に対する男性的なイメージや女性の能力に関するステレオタイプ(能力差別)といった社会的な要因が女子学生のやる気を削いでしまう原因になりえると述べています。データを分析した結果から、社会風土が「見えない壁」となって女子学生の理系選択を阻んでいることが示唆されたのです。

基礎教育における文理分割の影響

日本の大学も理系女子を増やそうと努力を重ねていますが、数字を見る限りその効果は表れていません。女子学生の大学進学者数は増えているのに、理工系分野を選択する女子学生の数が伸び悩んでいるのには、教育制度にも起因するかもしれません。欧米の大学には文理融合型の大学も多く、日本のように文系と理系を分けて教育している国は少ないと言われています。日本では高校から文理を分け、大学受験では文系と理系によって受験科目が異なるのが一般的です。そして卒業後、文系であれば事務職や営業職、理系であればエンジニアやIT関連の技術職に進んでいきます。

環境要因として文理選択をしなければならない現在の教育制度の影響も無視できません。東京大学は、世界水準の研究者の育成および国際競争力の向上を目指し、文理融合型の新しい教育課程を2027年度から新設する方針を発表しています。新課程「College of Design」は、従来の人文学や自然科学、社会科学、工学などの分野をまたいで学際的な知識に基づくデザイン教育をすることを目指すとしているので、こうした文理融合の取り組みが増えることは女子学生にとっても新しい選択肢となることが期待されます。

OECDの学術到達度調査(PISA)からも日本の学生の数学的リテラシーが高いことと共に数学の能力は個人差であることが示されています。女子学生のSTEM分野への進学を促進するには、バイアスにとらわれない教育環境を整えるとともに、横山教授の研究でも示されている男性の方が数学的な能力が高いというステレオタイプ(誤った認識)を是正し、理工系の職業に男性的なイメージが強いことを早急に変えていく必要があるようです。

女性が活躍できる、偏見のない社会に向けて

アンコンシャスバイアスは、女子学生の理工系分野への興味や関心、進路選択に大きく左右する要因です。家庭、学校、社会におけるステレオタイプが女子学生の分野選択に影響している状況を改善していくことが不可欠です。

日本政府もアンコンシャスバイアスが女子学生の進路に影響を与えていると認識し、その対策に乗り出しています。日本で理工系分野に女性が少ない3つの理由から考えれば、まずは女性の理系教員、理工系分野で活躍する女性などのロールモデルの存在を示し、理工系分野で働く女性を見て、自身が理工系分野で活躍する具体的なイメージを持てるようにすることが重要です。理工系分野への興味を醸成するポジティブな経験を積むことも必要でしょう。

人口減少が進む少子化時代、女性の理工系人材の確保は急務となっています。女性が活躍できる社会を構築するためには、女性が個々の能力を最大限に活かせる分野選択ができるように社会が変わっていかなければなりません。小学校、中学校の段階から理工系分野への関心・興味を育み、アンコンシャスバイアスを排除していくことが、将来的な理工系女性人材の確保につながるでしょう。

こんな記事もどうぞ

エナゴ学術英語アカデミー:理工系を選ぶ女性を特別視しない社会に向けて

エナゴ学術英語アカデミー:STEM分野で顕著なジェンダー格差(2019年)

書籍紹介

横山広美「なぜ理系に女性が少ないのか」幻冬舎

参考

POLICY DOOR 研究と政策と社会をつなぐメディア 日本に数学や物理学を学ぶ女性が少ないのはなぜ?理系進学の壁、独特の女性規範と能力ステレオタイプ

文部科学省「教育分野における女性の理工系人材の育成及びアンコンシャス・バイアス解消に向けた取組について

文部科学省 女性理工系進学者等をめぐる状況調査結果(概要) 令和5年4月26日

ジェンダーギャップに関する研究紹介

日本労働研究雑誌  論文Today 高校時代の性別構成が理工系選択のジェンダーギャップに与える影響|日本労働研究雑誌 2021年9月号(No.734)

日本STEM教育学会 第6回年次大会(2023年)  STEM 分野でのジェンダーギャップ克服のための教育施策

科学教育研究 Vol. 48 No. 3(2024)日本のSTEM人材における女性進出の動向とジェンダーギャップの特徴

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