理工系を選ぶ女性を特別視しない社会に向けて
この10年ほどでジェンダーについての考え方は大きく様変わりしてきました。理工系分野における女子学生の少なさから「リケジョ」という呼び方が登場した際、この言葉は女性研究者の少なさを強調しており差別的だとの批判が出た一方で、この呼称を前面に出して活動を広げる女性や、理工系を目指す女子学生を支援する動きが出てきたことは面白い社会現象だと言えるでしょう。
それでも、世界に比べると日本で理工系を選択する女性の数はまだまだ少ない状況です。今回は、日本の女子学生の現状と、女性が理工系分野を選択しやすくなるための取り組みについてまとめてみました。
日本の女子学生の現状
残念ながら日本にはジェンダーギャップが存在しています。それは、学問分野に限らず、世界経済フォーラム(The World Economic Forum: WEF)が毎年発表しているGlobal Gender Gap Report(世界男女格差報告書)を見ても明らかです。2024年版の報告書の日本のジェンダーギャップ指数は、146カ国中118位。こうした社会風土は、大学の理工系学部に進学する女子学生が極めて低いことの一因にもなっていると思われます。
文科省が公表している学校基本調査(確定値)によれば、2023年度の大学進学率は57.7%と過去最高を更新しており、これを性別で見ると、男子が60.7%(前年度1.0ポイント増)、女子が54.5%(同1.1ポイント増)と、男女差は0.1ポイント縮小してきています。ところが、学部の選択となると割合が変わってしまうのです。数学や科学といった理工系科目に対する苦手意識が原因でしょうか。
経済協力開発機構(The Organization for Economic Cooperation and Development: OECD)は38の加盟国で学習到達度調査「PISA」を1964年から実施しています(1995年からは4年ごとに実施)。これは、「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の3分野につき、OECD加盟国の15歳を対象として実施する調査です。
日本は数学的リテラシーと科学的リテラシーで1位となっており、読解力でもアイルランドと同列1位になっています。このデータをもとに、公益財団法人「山田進太郎D&I財団」が、男女のスコアの差と工学部進学率の関係を分析したところ、日本は、STEM(科学・技術・工学・数学)分野に進学する女性の割合が極端に低いことが見えてきました。つまり、STEM分野での能力や適性があるにもかかわらず、その能力を生かした進路選択をしていない人が多いということです。
このことは後述する別のOECDのデータにも表れています。日本はPISAでSTEM 分野のスコアが世界ランキングの上位に位置しているのに、OECD諸国におけるSTEM分野での女性大学入学比率は最下位なのです。同団体は、この分析の結果、STEM分野における女性比率の向上には、政府の指針やアクションプラン、産学官連携が必要だとまとめています。内閣府主導の「理工チャレンジ」など、女性のSTEM推進、理工系女性を増やす取り組みを行ってはいるものの、予算配分も含め、国全体としてさらなる後押しが必要であうと指摘しています。
海外にもあるジェンダーギャップ、でも・・・
米工業製品会社のスリーエム(3M)が17カ国で、1000人を対象に行った科学に関する意識調査(State of Science Index Survey)の2022年の結果によると、54%がSTEM分野の仕事にジェンダーギャップが存在し、しかもそのうちの44%は、状況は改善されていない、もしくは悪化していると答えています。
これに対し、同調査における日本の回答は、ジェンダーギャップが存在するが36%、存在しないが26%、わからないが38%でした。ジェンダーギャップが改善していないと考えているのは29%にすぎず、世界の認識とはズレがあることが見てとれます。また、STEM教育を受ける障壁になっているものとして最も高かったのは62%の「STEM分野の教育者の不足」で、「STEM分野を目指す女子学生に対する偏見」を選んだのはわずか13%でした。
ジェンダーギャップに関する認識とは裏腹に、日本のSTEM分野に進学する女性の数はいまだに少ないのが現実です。OECDの調査報告書「Education at a Glance 2021」によれば、2019年、日本の科学分野で学ぶ女性の割合はOECD加盟国36カ国の中で最も低く、STEM分野の中でも自然科学、数学、統計に進学する女性の割合は27%と、OECDの平均の52%を大きく下回っていました。エンジニアリング、製造、建設の分野の女性の割合も、OECD平均が26%であるのに対し、日本は16%と差がありました。
女子学生が理工系を選択しやすくなるための取り組み
壁を感じることなく理工系を選択する女性が増えるためには、どうすればよいのでしょうか。
先述の「リケジョ」という言葉ですが、講談社は「リケジョ(RIKEJO)」を登録商標(登録番号第5304310号)し、2010年9月から理系女子応援サービス「Rikejo(リケジョ)」を開始し、理系進学を目指す女子学生のための進路相談などを提供しています。
高校によっては、理科教育に特化したコースを設けるなど、理系人材の育成に力を入れているところもあります。大学が理工系に女性を積極的に受け入れるとの姿勢を示すために、女子学生の割合を増やす目標を掲げたり、大学入試で「女子枠」を設定したりする動きも出てきています。女子学生に理工系に進学するチャンスを増やす経過処置としてはひとつの策にはなるでしょう。
また、東京大学が女子学生を増やすことを目指し、自宅からの通学が困難な女子学生のために住宅支援を始めたときには話題になりましたが、東大生の団体「#YourChoiceProject」(#YCP)が7月9日に発表した首都圏の県人寮における女子学生の受け入れ状況に関する調査結果によると、約半数の自治体が男子学生専用の寮しか設置(男子専用寮が6割)していないなど受け入れ状況に男女差があることが判明しました。こうした学ぶための環境におけるジェンダーギャップも改善が必要です。
さらに、大学側は女子生徒の数を増やすと同時に、女性研究者が働きやすい環境を整えるために、女性教員の数を増やし、大学の運営に女性の意見を取り入れていくことも必要です。職場という目線から見れば、企業にとっても女性確保は重要な課題です。
今後の人口減少による人手不足を踏まえれば、働き手としての女性確保は必須です。総務省による2023年度の労働力調査では、女性の就業者数の平均が前年比で27万人増の3,051万人となり、女性の就業者数は増加傾向にあるとはいえ、理系人材となると人数は一気に少なくなります。理工系の大学の「女子枠」がどの程度効果を出していくか、今後の大学の取り組みと同時に、企業側からの女性採用に向けた働きかけにも注目です。
先の3Mの調査でも「STEM 分野でのまだ活用されていない労働力として、女性は可能性を秘めている」と回答した割合は80%であり、女性参加への期待もうかがえますが、そもそも理工系の女性が少ない中では人材の取り合いとなってしまいます。
2024年2月に経団連が発表した「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に関するアンケート結果」によると、今後5年程度で理工系女性の採用を拡大する方向と考えている企業が64%もいました。努力義務とはいえ、女性役員の比率を2030年までに30%以上にする目標(東証プライム市場に上場する企業に対する目標)が掲げられていることや、人材の多様性を確保するためと理由はさまざまですが、広い業界から理工系女子の需要が高まっており、キャリアパスが広がってきていると言えます。
企業側も求める人材を獲得するには、理工系に進学する女性が増えなければということで、ボトムアップ的な施策が必要だとして、STEM分野に進学を希望する女子高校生を支援する財団や、女性エンジニアの活動を支援するNPOなどの活動も広がってきています。また、理工系の人材を増やすために企業も職場体験のイベントや交流会などを開催しているので、情報収集してみるのも良いでしょう。
とはいえ、女子学生の意識を変えることも必要です。自分が面白いと思えたら、性別に関係なくチャレンジしてみるべきでしょう。自分の専門性と近い分野で仕事が見つかるかは分かりませんが、女性採用に力を入れている企業が増えてきているので、キャリアを生かせるチャンスは広がってきています。「女性は理数系科目が苦手」「理工系に進んでも資格が取れないと就職につながらない」といったステレオタイプの思い込みを払拭することから始め、理工系で活躍するロールモデルとの接点を持つ、話を聞く機会を増やしていくことが求められます。
「リケジョ」という言葉が「昔はSTEM分野に進む女子学生が少なかったらしいね」と話される日が早期に来ることを願います。
参考情報
女子学生を支援する活動
- 山田進太郎D&I財団:メルカリ創業者が立ち上げた同財団は、女子学生が理系への進学を後押しするさまざまな取り組みを展開しており、この夏には、全国24大学と連携してSTEM分野の大学生活が体験できる中学・高校の女子生徒対象のプログラム「Girls Meet STEM College」を開催。
- 一般社団法人Waffle:STEM分野のジェンダーギャップを埋めることを目的に、同分野への進学・就職を選択する女子学生を応援する活動。
- 講談社:Rikejo(リケジョ)
現役女性研究者からのメッセージ
東京工業大学生命理工学院教授刑部祐里子先生へのインタビュー – Share Your Story
被引用数の多い論文著者にエナゴが実施したインタビューで、理数系の学問の面白さ・楽しさをお話しくださいました。研究の面白さに言及される時の刑部先生は、とても「わくわく」したご様子でした。そして、それは聴き手である私たちにも伝染します。 |
- 3Mによるドキュメンタリーシリーズ『Not the Science Type(理系じゃないタイプ)』
女性科学者によるメッセージ動画
法政大学第19代総長田中優子氏、お茶の水女子大学名誉教授戒能民江氏、憲法学者清末愛砂氏、経済学者浜矩子氏、岡山理科大学非常勤講師市場恵子氏、東京大学名誉教授上野千鶴子氏(順不同)など、学術界で活躍し社会にインパクトを与え続ける女性たちに、参議院議員福島みずほ氏がインタビューする動画シリーズ
参考資料
先端教育オンライン 文科省、2023年度学校基本調査の結果(確定値)を公表
文部科学省ウェブサイト 国際学力調査(PISA、TIMSS)
文部科学省ウェブサイト OECD生徒の学習到達度調査(PISA)の調査結果
3M State of Science Index Survey(ステート・オブ・サイエンス・インデックス・サーベイ)
Kyodo News Japan has lowest share of women studying science: OECD report