STEAM人材が活躍する時代
AIによって人間の仕事が奪われるのか-といったテーマが話される時代、今こそ必要とされるのはどのような人材なのか。その答えの鍵になるのは「STEAM人材」ではないでしょうか。STEAM人材とは、STEMと呼ばれる科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の分野にリベラルアーツ(Arts)を加えた幅広い分野の知識や技能を習得した人となります。以前は科学技術リテラシーを重視したSTEM人材の育成が推進されていましたが、テクノロジーやAIが普及した今では、社会に求められる人材の資質が変化し、「A」の要素を加えたSTEAM人材の育成が注目されています。
社会の変化:STEMからSTEAMへ
2000年代、実社会に応用できる科学技術の知識や技能の習得を促そうというアプローチのもと、アメリカを中心にSTEM教育についての議論が活発化し、STEM教育による人材育成が国の競争力を高めるとして、急速に世界に広がっていきました。アメリカでは2000年代に国を挙げてSTEM教育を推し進め、2015年にはSTEM教育法 STEM Education Act を制定しています。
その後、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)やロボット、AI(人工知能)といったテクノロジーがめざましい速度で発展すると、あらゆる産業分野で今までにはない革新的技術が使われるようになりました。急速な科学技術やテクノロジーの発展により、第四次産業革命(インダストリー4.0とも呼ばれる)が起きていると言われることもあるようですが、私たちの社会・経済はめざましい勢いで大きく変化しています。生活の中の「普通」がどんどん変わっていっているのです。
ではここで、この十数年の間に生活の中の「普通」を覆してきた企業のビジネスを振り返って見ましょう。
すぐに頭に浮かぶのは、Apple、MicrosoftやGoogleといった世界を席巻するIT企業の製品やサービスでしょう。例えば、2007年に発売されたiPhoneは、技術もさることながら、そのユーザーフェースに画期的なデザインを取り入れたことで衝撃的でした。それまでの携帯電話にあった物理的なキーボードをなくし、基本的な操作を液晶画面の中に全て詰め込んだのです。そのデザインは発売から20年近くなる今も使い続けられ、他社の携帯電話にも普及しています。
Googleなどのサービスにおいても、ユーザーを意識したデザインが取り入れられています。かつてはデザインより機能が優先されていましたが、発想の転換を新しい技術がサポートし、それまでは実現できなかった製品やサービスが登場するようになっているのです。祖父母の時代、ほんの50年程前には、パソコン並みの機能を持った電話がポケットに入っているなど想像すらできませんでした。逆に、現代の子供にはダイヤル式の電話機は何だかわからない物体となっていることでしょう。
急速に変化する社会の中、ビジネスの世界では、技術開発やマーケティングに人間本来の創造性やユーザーの目線を意識したデザインを取り入れていこうとの動きが広がっています。こうした変化に対応するには、ユーザーの本質的なニーズを見つけながら変革させていく思考である「デザイン思考(Design thinking)」が求められます。携帯画面のレイアウトやボタンの操作性だけの問題ではありません。ほとんどの業種においてホームページやSNSコンテンツを作成する際、ユーザーのニーズを意識したデザインは不可欠です。「デザイン思考」が注目されるようになったことこそが、芸術的な感性や創造力を育む「A(リベラルアーツ)」を教育に取り込み、STEMからSTEAMへと変化してきた背景にあります。
今求められる「デザイン思考」
かつて、日本の技術力は世界でも有数でした。ところが、今やIT業界のトップにいるのは欧米の企業ばかり。アジア諸国の企業も勢いがあります。日本企業が劣勢になったのには、社会とユーザーの意識やニーズに敏感に対処するのが出遅れたことも一因でしょう。
新しいアイデアを次々に生み出すアメリカでは、工場などがなくても「モノ作り」が始まり、起業につながってきました。日本では戦後、製造業が大きく成長し、安定的な工場生産技術は進んだ反面、個人単位での創造力(クリエイティビティ)はその後育ちにくかったのかもしれません。
また、多くの日本企業は部門ごとに役割が分担されており、部門を超えて、あるいは色々な部門をくっつけて新しいものを生み出すという発想が出にくいということもありますが、製品・サービスの開発に「デザイン思考」が欠けていることも指摘されています。日本独特の企業文化や組織構造と「デザイン思考」に相容れない部分があることや、自由な発想が出にくいということもあるでしょう。
そもそも「デザイン思考」とは、ユーザーが製品やサービスにどう関わるかを理解し、その結果に基づいて具体的な解決策や新しい価値を創造するためのアプローチです。従来のビジネス手法とは異なるため、思考の転換が難しかったり、年功序列や上下関係が根強く残る組織の中では若手社員からの斬新な意見が反映されにくかったりすることも考えられます。
ユーザーのニーズを重視する「デザイン思考」は、多くの企業に新しい視点をもたらす有効なアプローチのひとつですが、課題も残っています。とはいえ、日本でも多くの企業にデザイン思考が重要だとの考えが浸透してきています。
なぜSTEAM人材が必要とされるのか
話をSTEAM人材に戻します。「デザイン思考」とは、想像力や芸術分野で培われる感性とも深く関わるものです。IoTやAIといったデジタルテクノロジーが進歩する時代だからこそ、新しい技術を活用し、人間中心の発想で課題を解決する能力をもった人材の育成が急務となっています。デザイン思考を効果的に活かすには、コミュニケーション能力や問題解決能力を含む、多様なスキルが必要とされることから、技術的スキルや知識を有するSTEM人材にAを加えた、STEAM人材が注目されるようになりました。AIやビッグデータなどのテクノロジーが日進月歩で変化している中、人々の価値観や生活は様変わりしています。大量のデジタル情報を管理するだけでなく、それらの情報を基に問題を解決できる人材が求められているのです。
STEAM人材には、ユーザーのニーズを探り、新しい切り口での解決策を示すにあたり、従来の型にはまらず、失敗しても前進する意識が求められます。ここで気をつけたいのは、一般的に言われる「デザイン」とデザイン思考における「デザイン」には微妙ですが確実な違いがあることです。デザイン思考における「デザイン」には芸術的な表現だけでなく、ユーザーのニーズを拾い上げて形にしていくことなどが含まれており、社会に新しい価値観を創出していくために必要不可欠なスキルだとされています。
STEAM人材の育成-世界におけるSTEAM教育
これからの社会が必要とする人材を育成することを目的に、各国でSTEAM教育が進められています。ここからは、STEAM人材を育成するためにどのような教育が行われているのか、日本と世界の教育事情を見比べてみます。
日本におけるSTEAM教育
かつて、日本は基礎知識の修得を重視した教育で、高度経済成長期を支えてきました。教師は標準化されたカリキュラムに準じた授業を行い、生徒は答えを暗記するのが一般的でした。しかし、第5期 科学技術基本計画(2016年閣議決定)の中に、日本政府が提唱する未来社会のコンセプトSociety5.0が登場するとSTEAM教育のキーワードのひとつとなり、政府によるSTEAM教育を推進する姿勢が明確になりました。
2017年に改定された学習指導要領には、小学校でのプログラミング教育導入を含むICT(情報通信技術)環境の整備とそれらを活用した学習を行うことが示されています。また、文部科学省は2018年に公開した「Society5.0に向けた人材育成〜社会が変わる、学びが変わる〜」の中でSTEAM教育を推進するための教育政策の方向性を示し、経済産業省は2019年に「『未来の教室』ビジョン」を示すなど、STEAM教育の実現に向けた検討が進められてきました。現在は「未来の教室」の取り組みの一環としてSTEAM教育の学習者向けの「STEAMライブラリー」が公開されています。
国内のすべての小学校では、2020年度からプログラミング教育が必修となるなど、ITツールを使いこなせる人材の育成を目指した取り組みが進められています。同様に中高でもさまざまなプログラムが導入されていますが、こうした取り組みが進む一方、具体的なプログラムの内容が特定されていないことや、教員の指導力の不足、ICT環境(パソコンやタブレットの普及)の整備の遅れなどの課題を抱えている自治体や教育現場も多く、日本の取り組みはまだ遅れているのが現状です。
文部科学省の「Society5.0に向けた人材育成~社会が変わる、学びが変わる~」でも、アメリカや中国と比較して日本のSTEAM教育が遅れていることが課題として挙げられていましたが、日本の公立学校で本格的にSTEAM教育が始まったのは2020年と、他の国より遅れている感が否めません。今後の課題への取り組みが期待されます。一部の私立校で独自のカリキュラムを導入してSTEAM教育を進めていることや、プログラミングなどSTEAM教育を推進する学術機関やビジネスとして展開している民間企業が増えてきていることは朗報です。
日本以外の国のSTEAM教育
オバマ前大統領が演説の中でSTEAM教育の重要性を言及したことで注目されるようになりましたが、今ではSTEAM教育の発祥国であるアメリカだけでなく、アジア諸国も積極的にSTEAM教育を推進しています。
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アメリカ
2013年に、2020年までに初等中等教育段階のSTEM分野の教育者を10万人養成し、高校卒業までの間でSTEM分野の経験を持つ若者を毎年50%増加させるとの「STEM教育5ヵ年計画」を発表。2015年にはSTEAM教育法が成立。また、カリフォルニア州サンディエゴにある「High Tech High」は問題解決型学習(Problem-Based Learning: PBL)を実践する学校として世界が注目しています。
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欧州
加盟国の中でも先進的な取組みを取り上げて共有し、実践することでEU 全体のボトムアップを図ることを目指し、2010年に「Europe 2020」を定めています。また、EUが資金を提供し、Horizon Europeにおける科学教育のためのSTEAMロードマップを作成する「Road-STEAMer」プロジェクトを進めています。
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シンガポール
2014年に政府直属のSTEMプログラムを提供するScience Center SingaporeはSTEM Incを立ち上げ、教育省と連携し、学校にSTEAM分野で修士号・博士号を持つスペシャリストを派遣するなどの学習支援を行っています。
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韓国
国家カリキュラムの中にSTEAM教育を組み込み、2007年に英才学校にSTEAM教育を導入しています。理数分野と芸術分野の融合を国家教育政策として位置づけ、初等中等教育を含む義務教育を通して高度なSTEAM教育を提供しています。
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中国
国家戦略としてAI人材教育に力を入れています。小中学校におけるSTEAM教育には民間企業や教育機関も参入しており、世界的に知られている教育ロボットメーカーのMakeblockのようなEdTech企業がSTEAM教育市場に参入し、まさに官民学が一体となってSTEAM教育の環境を整えています。
これらの例からも、諸外国も国策としてSTEAM教育に取り組んでいることは明らかです。こうした国々では、具体的な数値目標を設定したり、スペシャリストを巻き込んだりとさまざまな取り組みが行われています。その結果、世界経済を牽引するに留まらず、学術界での存在感を高めているのです。
最後に
子供のうちからSTEAM教育に触れ、早い段階から科学技術開発において重要な分野を学ぶことにより、論理的思考力や問題解決力を習得することが期待されています。STEAM教育では理数系の分野が多いのですが、日本は世界と比べて理数系の人材が少ないとも言われており、理数系に対する苦手意識をどう克服していくかも課題のひとつです。
ICTやAI技術が急速に発展する社会で活躍できる人材を育成するべく、世界中でSTEAM教育が推進されていますが、まだまだ多くの課題に対応していかなければなりません。日本でも最近はさまざまなICT教材や情報などが入手できるので、参考にしてみるとよいでしょう。
参考
総務省 第1部 特集 人口減少時代のICTによる持続的成長 補論 欧米の事例 インダストリー4.0とは
内閣府 第5期科学技術基本計画
文部科学省 平成29・30・31年改訂学習指導要領(本文、解説)
SkyLabo STEAM教育 X デザイン思考
Smart Manufacturing Summit by Global Industrie 日本の製造業の歴史を紐解いてみる
TUB Tama Art University (多摩美術大学 TUB) デザイン思考とは何か?「デザイン思考基礎」講師:齊藤滋規|NVCA講義プログラム
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