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学術界における母親業を巡るジェンダー格差

学術界におけるジェンダー格差への対策が必要と叫ばれつつ、女性研究者に対する社会的障壁が取り除かれたとは言えない状況が続いています。

女性が博士課程を習得するために懸命に勉強し、希望通りの研究員・教育職員としての職に就き、数年間勤務したところで子供を生む決心をしたとします。彼女は、出産・育児という大仕事と共に学術界のジェンダー格差という現実に直面することになるのです。

学術界においても家庭と仕事の両立は困難

一般企業に比べて学術界の職業環境は柔軟で堅苦しくないと思う人もいるでしょう。しかし、必ずしもそうとは言えません。60名ほどの女性科学者へのインタビューをまとめて2015年にオックスフォード大学出版から発刊された“Woman Scientists: Reflections ,Challenges, and Breaking Boundaries”の著者であるMagdolna Hargittaiは、この調査に協力した女性科学者はほぼ例外なく、それまでの人生で最大の問題として家庭と仕事のバランスをとることの難しさを挙げていると語っています。また、カリフォルニア大学デービス校で神経生物学の準教授を務めるRebecca Calisiは、Scientific AmericanのVoicesに寄稿した文章の中で、現在の学術界の制度がいかに育児をしながらキャリアを積もうとする女性研究者に不公平であるかを訴えています。成果が求められる研究者という職で、出産・育児のために研究の中断を余儀なくされるという状況は、予想以上に厳しいのです。

ジェンダー格差と母親業

ジェンダー格差とは男女間の社会的不平等ですが、数ある原因のひとつは、出産・育児といった母親業による負担が女性に偏っていることです。現在でも育児における伝統的な男女の役割分担が厳然として存続しているため、母親は仕事をせずに育児に専念すべきとの意見も根強く、キャリアを断念して子育てすることを期待されるのは、男性ではなく女性なのです。こうした社会的役割分担を受け入れようとすれば、母親業とキャリア追求の両立は難しくなります。

日本では、産前産後の休暇と子供が1歳になるまでの育児休暇が法律で定められています。職場復帰の難しさや、男女間の育児負担、父親の育児休暇取得率の低さなどが問題視されてはいますが、少なくとも母親の休暇取得と休暇中の経済的支援は保証されています。しかし、世界には米国をはじめ、出産・育児期間中の休暇制度が定められていなかったり、休暇取得中の保険を含む経済的支援のない国もあったり、こうした支援策の欠如は、女性にとって厳しい状況をもたらしているのです。学術界、中でも男女差に偏りがあるSTEM(科学・技術・工学・数学)分野においては、出産・育児による職場離脱による垂直的職務分離の影響が大きいとされています。垂直的職務分離とは、同一職種の階級における男女間の偏り度合い、上位職域と下位職域への配分に性による隔たりがあることを意味しています。つまり、垂直的職務分離が大きいということは、一定の地位以上に上がれる女性の数が少なくなるということです。母親としての負担の大きさと支援策の欠如から、女性がキャリアアップのチャンスを逃してしまうことも一因と考えられます。

母親になった研究者が育児期間中に研究資金や役職の獲得、論文発表などの重要なチャンスを逃すこととなり、長期的に見ると、垂直的分離の拡大、男女の昇進の格差、給与差などが改善されないこととなってしまうのです。これは明らかな問題です。

母親の不利益に関する調査

母親となった女性が、仕事か家族かという難しい選択を迫られることも少なくありません。STEM分野の研究・教育職に就いている841名を対象にした8年間に及ぶ米国ミシガン大学の調査によると、女性は第一子出産後、43%がフルタイム勤務を止め、パートタイム勤務に切り替えるか、STEM以外の分野にキャリアを変更していました。男性が23%であったのとは大きな差が見られます。明らかに女性の方が、自分のキャリアをあきらめるケースが多く、このことがSTEM分野におけるジェンダーバランスの不均衡に拍車をかける一因となっています。

これとは別に英国のバース大学がイタリアのトリノ大学と実施した共同研究でも母親業によるジェンダー格差が示されています。この研究は、トリノ大学の262名の男女の科学者を対象に、10年以上にわたり論文の被引用件数、論文発表数、獲得した研究費について継続的に調査・分析を行ったものです。その結果、幼い子供を持つ母親は、論文の発表数、被引用件数、研究資金の取得額のいずれでも、同様な条件の男性に比べて大きく遅れを取っていることが判明しました。原因としては、学会参加の出張の時間が取れない、研究時間が少ない、共同研究の機会が制約されていることなどが考えられます。これらが、キャリアの向上のために必要なことは、言うまでありません。

解決に向けた学術界の取り組み

学術界における男女平等や女性の参画拡大に向けて、この10年間にある程度の改善は図られてきました。しかし、STEM分野におけるジェンダー格差の問題の解決には一層の取り組みが求められています。ニューヨーク市立大学の心理学者Virginia Valianは、ジェンダー格差や母親が被る不利益は構造的な問題だと考えています。幸いにも、この問題への関心が高まり、関連研究が増えてきたため、より多くの解決策が提案されるようになっています。その例をいくつか挙げます。

  • 学会発表などに出張する機会と研究を実施するための資金を増やす。
  • 育児休暇中の金銭的支援制度、あるいはフレックスタイム制度の導入を確実にする。
  • 担当する授業科目(単位)数、論文発表数、学生指導の質などを含めた、女性研究者の業務状況により注意を払う。
  • Boston University Women in Economics Organization(WEorg:経済学研究における女性の進出を目指し2016年にボストン大学で設立された大学院生を主体とする組織)やWomen in Science at Yale(WISAY:STEM分野における女性や性的マイノリティーの活動を支援し、男女平等を支持することを目的として1999年にイェール大学で設立された団体、500名を超える大学生、院生、ポスドクなどが参加している)のような、ジェンダー格差の改善に向けた取り組みをより広範に立ち上げる。

こうした取り組みが拡大すれば、より多くの女性研究者がキャリアを高め、学術界の階段を上れる可能性が拓けてくるのではないでしょうか。大学や研究機関に限らず、国も巻き込んだ取り組みが強く求められています。


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