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学術界の根深い男女格差

1940年代には、欧米では「天才」は男性に特有な性質だという考えが広くあり、女性は種々雑多な仕事をこなすことに向いていると思われていました。しかし、戦時下で女性が重要な役割を担うケースが増え、特に信号傍受や暗号解読の分野での活躍は大きなものがありました。性別に関らず個人の特質に合わせた活躍の場を与えるというInclusion(インクルージョン)を通じて優れた才能の参画を促すことが、連合国側の勝利の一因となったことを歴史は示しているのではないでしょうか。

インクルージョンとガラスの天井

「インクルージョン」は、直訳では「包括・包含」の意味ですが、「ダイバーシティ」を発展させた組織における人員構成の有り方を意味する言葉として使われるようになってきました。多様な文化や背景、個人的特質をもった人を組織に受け入れること指す「ダイバーシティ」をさらに進めて、受け入れた多様な人が支障なく活躍できるために「異なる社会文化、個人的特質などさまざまな要素から生じる暗黙的な排斥や区別を取り払い、誰もが対等な関係で関わり合い、社会や組織に参加する機会を提供することを目指す」取り組みです。15年ほど前から米国を中心に使われるようになりました。

しかし顧みると、戦時下のインクルージョンは一時的なものだったようです。現に、暗号解読や計算機の発展に貢献した女性たちに対する社会的評価は続かず、間もなく忘れさられてしまいました。第二次世界大戦の終結後、約60年を経て『The Inclusion Breakthrough』(Frederick. A.Miller他著、2002年)、『The Power of Inclusion』(Michael C. Hyter他著、2005年)が出版されるなど、インクルージョンが再び注目を集めています。それでも、女性は科学技術などの先端で活躍しないという思い込みが依然として根強く社会に蔓延していると思われます。こうした思い込みは、学術界、IT業界、金融界などに広く浸透しているようです。学術界では性差による偏見が大きな話題になっています。女性研究者の割合が増加していることは事実ですが、女性が組織の上位職やトップに就くことに繋がっていません。女性がトップの米国の研究関連の組織は、国立小児保健発達局(NICHD)、国立科学財団(NSF)、アメリカ科学振興協会(AAAS)など僅かです。いわゆる「ガラスの天井」があるようです。

日本の女性研究者のプレゼンス

日本でも同じ状況です。研究関連の主要組織に女性トップが見られないだけでなく、女性のノーベル賞受賞者は未だ出ていません。内閣府男女共同参画局の調査によると、研究者全体に占める女性研究者の割合は徐々に増えているものの、2017年3月時点では15.7%に留まっています。諸外国と見るとアイルランドの47.2%を筆頭に、英国38.6%、米国の33.4%などであり、日本は大幅に下回っています。同2017年の大学等などに所属する研究者に占める女性の割合をみると、薬学・看護などの分野では女性が半数以上を占める一方、工学分野は10.6%、理学分野は14.2%に留まっていると記されています。

2017年11月に内閣府が発表した別の調査『科学技術と社会に関する世論調査』によると、女性科学者の割合が少ない理由の上位3つとして、「出産や育児による研究の中断からの復職が難しいと思うから」(68.2%)、「科学者の職場では、女性は孤立・苦労しそうだから」(36.8%)、「女性は、理科、数学、科学などに向かない、というイメージがあるから」(25.1%)が挙げられています。これは、一般の人たちを対象にした調査であり、必ずしも現場の実情を認識した上での回答ではありませんが、こうした理解が家族、友人、教育現場などに浸透している社会では理系の研究者を目指す女性が増えにくいのも事実でしょう。

博士課程大学院生における男女差

米国の状況に戻りましょう。研究者の男女差に関して、興味深い研究が2017年10月に発表されています。インディアナ大学ブルーミントン校の数学教育学の教授であるSarah Theule Lubienskyらによる調査研究は、ある特定の大規模組織(名前は明らかにされていない)の博士課程の大学院生約1300名を対象に行われました。博士課程在籍中に発表した論文数は男性が平均5.9本(内3.7本が単著または筆頭著者)に対し、女性は3.7本(内2.2本が単著または筆頭著者)と大きな差がありました。工学および物理科学のグループではさらに差が大きく、男性が平均7.2本、女性が5.5本ですが、人文科学、社会科学でも男性が上回っていました。調査対象者の一部へのアンケート調査なども踏まえて、この要因として示唆されているのは次の点などです。

  1. 研究助手業務と教育助手業務のバランスで、女性は男性に比べて後者に従事する割合が高く、教育業務が負担となっている可能性がある
  2. 女性は男性と同等に指導教官の指導を受けていると答えているが、男性は女性に対するよりも強く論文の出版を勧められたと答えており、指導の内容に男女差がある可能性がある
  3. 将来の職業として、研究に集中できる学部や民間企業での研究職を目指す割合が男性の方が高い
  4. 女性は、家族へ責任、職務、財政的負担あるいは、多少なりとも存在する社会的に偏った風潮が研究の進展に及ぼす影響を、男性よりも多く受けていると述べている

この研究では論文本数の男女格差の原因分析のためには、さらなる研究が必要だとして断定はしていません。しかし、上に挙げられた諸点から想定できるのは、女性研究者の置かれた環境と本人の意識が相互的に作用しつつ、男女差が構造的に再生産されている状況です。

ここで紹介した米国と日本の研究者の状況を見ると、学術界の男女格差は多くの要因が絡み合いつつ継続していて、根深いものであることが窺えます。


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