学術界に広がるMeToo運動

ハリウッドの女性達が大物映画プロデューサーによるセクハラや性的暴力の被害をSNSで告白する運動として始まったMeToo運動。被害を受けたことがあれば「Me too(私も)」とつぶやいて――との呼びかけに対し、今では世界中、さまざまな業界で多くの女性が声を上げるようになりました。学術界もしかり。米国ではSTEM(科学・技術・工学・数学)分野に進出する女性の数が増加していますが、女性研究者の立場が男性と同等になっているとは言いがたい状況です。そのような中、MeToo運動を科学界に広げた女性がいます。

MeTooSTEM.comを立ち上げた女性

米国ヴァンダービルト大学メディカルセンター(Vanderbilt University Medical Center: VUMC)の神経学者であるBethAnn McLaughlinです。2018年6月にSTEM分野の女性が匿名でハラスメントを告発できるウェブサイトMeTooSTEM.comを立ち上げ、科学界のMeToo運動を牽引してきました。その貢献により、2018年11月、米マサチューセッツ大学が世界を劇的に変えるアイデアを持つ人に贈るMIT Disobedience Award(不服従賞)を受賞しています。

Scienceの記事にはMcLaughlinの似顔絵と「The Twitter Warrior(ツイッター戦士)」というキャッチが書かれています。彼女は、米国科学アカデミー(National Academy of Sciences: NAS)と米国科学振興協会(American Association for the Advancement of Science: AAAS)に、性的暴力あるいは職権乱用で有罪とされた研究者による深刻な影響を示すように求めたのです。これは、彼女の研究への資金提供と学者としての評価を危険にさらす行為でしたが、協会自体の名誉を損なうことにもなる性的暴力を認める指針の承認をAAASに急がせることに成功しました。さらに、国立衛生研究所(National Institutes of Health: NIH)に対しては、性的暴力および職権乱用などで有罪となった研究者への資金提供を取りやめるようにとの呼び掛けを行いました。彼女の研究がNIHからの支援を受けていたにもかかわらずです。McLaughlinのこのような活動は、マサチューセッツ大学だけでなく、さまざまな分野で活躍する女性たちからの賛同を得ています。

とはいえ、現在、McLaughlinのキャリアは危機にひんしています。2014年の秋に大学の終身雇用(テニュア)への申請を提出し、翌年には学部とヴァンダービルト大学メディカルセンター(VUMC)の職位・昇格を審議する委員会からの推薦を受けていました。しかし、2015年12月に彼女が匿名で大学を非難するツイートを発信したとの疑惑が起こると、その時から2017年4月までの1年以上に及ぶ調査期間中、大学はテニュアプロセスを保留しました。この疑惑は、性的暴力の被告となっていた男性教授が、彼の裁判でMcLaughlinが証言を行ったことに対する申し立てでした。VUMCは彼女を処罰することなく調査を終了し、その後に委員会はテニュアプロセスを再開。彼女にはテニュアの資格があると判断し、2017年の夏に彼女のテニュアを一度は承認しました。ところが、医学部長が介入して再検討を促したところ、委員会は満場一致でMcLaughlinのテニュアを否認したのです。この決定には違和感を覚えた研究者もおり、McLaughlinは同年11月に異議申立を行いましたが、未だに大学での彼女の立場は確定されていません。

McLaughlinは自身がこのような苦境にありながら、ハラスメントを受けている女性の立場を改善するための活動を続けています。2018年5月には、5700筆の署名とともに米国科学アカデミー(NAS)にセクハラを認めた研究者を脱退させるように求める嘆願書を提出しまた。この翌月、NASはSTEM分野の女性が差別やセクハラなどを受けていることをまとめた報告書を発表しています。また、2018年8月には、2400筆の署名とともに国立衛生研究所(NIH)の所長にハラスメントの加害者にはどのような報償や恩恵も与えないように求める嘆願書を提出し、所長から謝罪の言葉を引き出しました。

社会問題に対して声を上げることは、とても勇気のいることです。それでも誰かが声を上げなければ何も変わらないのは、どの国も同じです。米国の科学界は、McLaughlinや他の戦う女性たちの努力により、少しずつですが変わってきているようです。

日本の大学のセクハラ対策

米国よりもさらに男性中心で明確な上下関係の根強い日本社会は、科学界に限らず女性が声を上げにくく、先進国の中では女性が活躍しにくい社会であるとの指摘もあります。1999年の改正均等法を受け、国公立・私立大学でセクハラ対策が動き始めたものの、2017年には職場でのセクハラが広く残っていると米国務省の報告書に書かれています。最近では、多くの大学が指針(ガイドライン)を策定したり、セクハラなどの相談窓口や調査委員会を設置したりと対策を行っていますが、相談体制や対応は大学によりさまざまです。しかも、セクハラ以前の問題も起きています。昨年、東京医科大学が入試の時点で女子差別を行っていたことが発覚したのは記憶に新しく、大きな社会問題に発展しました。文部科学省が、他の大学で同様の女子差別問題がないか、医学部医学科がある全国81大学に緊急調査した結果を発表しましたが、その調査は十分とは言えず、政府が積極的に対応していくとは思えないとの冷静な見方もあります。このような環境では、セクハラ・パワハラの被害にあっても泣き寝入りしてしまう女子学生や女性研究者が少なからずいるのです。

米国の大学や研究機関の指針などを見ると、セクハラは犯罪であるとともに研究不正であるという考え方が広がっているようです。国際共同研究の増加を鑑みれば、日本の大学や研究機関もセクハラに関する指針や世界の流れを無視してはいられません。残念ながら、日本ではMeTooSTEMどころかMeToo運動すら広がっていませんが、世界の大学ランキングでもジェンダーバランスなどが考慮されるようになっていることもあり、大学などはハラスメントが対処すべき重大な問題であると認識し始めているようです。

MeToo運動は、セクハラが個人の問題ではなく、社会の問題であると広めた点で大きな意義を持っています。すでに震源地である米国から英国や韓国にも広がりを見せています。日本社会、ひいては日本の学術界にセクハラ撲滅に向けた気運が高まる日が来るのは、そう遠くないと思いたいところです。

 

参考:各大学・研究機関などのハラスメント対策(キャンパス・セクシュアル・ハラスメント・全国ネットワーク)

追加補足:国立衛生研究所(NIH)は、2019年2月28日、大規模なセクシャルシャルハラスメントの調査を行ったことを報告しており、その内容がnatureの記事”NIH revoked funding from 14 scientists over sexual harassment last year”に記載されています。

 

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