学術界・教育界のAI導入への姿勢について考える―前編
英語が母国語ではない(ESL)研究者が学術出版によって研究を世界に発信できるように支援しているAcademic Language ExpertsのCEOであり、学術出版に関連する情報を発信するブログ「Scholarly Kitchen」の執筆者でもあるアビ・シュタイマン(Avi Staiman)は、AIと学術出版に関する調査記事の冒頭で、「AI was most definitely used in writing this article(この記事の執筆にAIが使われたのは間違いない。)」と印象的な一言を述べています。
2023年9月に発表されたシュタイマンの記事は、学術界や研究界の大きな懸案事項の一つを取り上げたもので、学術界ひいては教育界はAIの活用を退けるべきか、それとも受け入れるべきか、という問題の本質を捉えています。彼は、学術雑誌(ジャーナル)が、生成AIコンテンツ検出ツールに飛びつくべきではない理由としていくつかの症例を挙げ、その多くのツールの誤検出率が高いことを指摘しています。
シュタイマンの調査記事に、最も説得力のある提言が書かれていることは間違いありません。
シュタイマンは、AIツールやテクノロジーを活用して、ESL研究者の競争条件を英語ネイティブの研究者と同等にすることで、学術出版における多様性・公正性・包括性(Diversity, Equity and Inclusion : DEI)を促進するとともに、基礎教育のプロセスを支援することを、出版業界に強く求めています。もちろん、AIツールまたはAI技術のいずれを使うにしても、AIの監視と制御を行い、安全性を確保することが必要です。
彼のこの提言には胸のすく思いがします。学術界は、社会が適切なチェックを行いつつバランスを保つことによって、AI技術を受け入れ、創出し、変化させ、発展させることをリードすべきでしょう。
しかし、学術界の一部では、AIを正しい方法で受け入れるために前向きな姿勢を取ることをためらっているようにも見受けられます。一方、他の業界では、想像できるかぎりあらゆる用途でのAIの活用を無謀なまでに歓迎しています。方向性は異なりますが、どちらにも憂慮すべきことはあります。
現在の世代よりもさらにテクノロジーに精通しているであろう未来の世代の学生たちが、できる限り最適なツールやリソースを学習に利用し、学びを生み出す意思を妨げようとするのは、早計と言えないでしょうか。テクノロジーの変化(より良いものに、そして正しい方向への変化)が、生産性、効率性、創造性を高めてくれるのであれば、それに抵抗する必要はないかもしれません。
学術界で起きていること
シュタイマン同様、大学や学会、その他の関連機関は、すべての学術および研究活動にAIを意識的に(あえて言えば教育的に)取り込むための方針を立案することで、よりよい結果を得るための水準を引き上げる必要があると考えています。AIを取り込むことから目を背けてはいられません。AIを利用することが行動規範違反であると責め立て、禁止するようなことは控えるべきかもしれません。
AIは、すでに30年以上にわたって利用されているのです。これまで行ってきた創造的あるいは生成的な活動の多くの場面で利用してきた多くのデバイスは、AI(生成AIでないとしても)を利用しているのだということを理解する必要があります。
AIの利用に関する大学の方針をエナゴが独自に分析したところ、世界のトップ30の大学では、いくつかの例外を除いて、AIの取り込みに消極的であることがわかりました。例外の中では、米国では、ハーバード大学が、AIリソースの一元化サイトやAI研究所を設けるだけでなく、研究者が潜在的にセンシティブな研究にAIを利用するためのAIサンドボックス(AI Sandbox)を設けることで、AI導入を牽引しています。また、イェール大学や英国のラッセル・グループ大学でも、AIの利用を抑制しない方針を策定しています。
国際的なイベントであるWorld Knowledge Forum 2023で、OpenAIのCEOサム・アルトマン(Sam Altman)と、ミネルバ大学の母体であり、教育革新に取り組んでいる企業ミネルバ・プロジェクトの会長兼CEOであるベン・ネルソン(Ben Nelson)の対談が行われましたが、この中で、利害の対立はさておき、アルトマンは、生成AIが教育ニーズに適応する必要がある以上に、教育システムが変化に適応する必要があるという鋭い指摘をしています。
AIで教育の限界に挑む
学術界からの主な反発のひとつは、AIの利用が学術的な執筆や研究における独創的な思考を損なうことにつながるのではないかというものです。
そうであれば、独創性とは何で、どのように評価するのかが問われることになります。
未知のものを探求したり、存在しないものを創造したりする能力が、経験を通じて取得した知識、読んだ物語、見聞した事象によって訓練され、促されることは、誰にとっても驚くことではありません。何を今更言い出すのかとあきれずに、AI、特に生成AIと人間では何が違うのか問い直してみましょう。
AIを、質問と原因を絞り込んで発展させ、人間の生成可能性を高める手助けをするもうひとつのツールとして考えてみてはどうでしょう。最終的に、生成結果が正しいかどうかを見極め、提示された選択肢の中から最良、あるいは最も論理的な結果を選択する力は、まだ人間に残されています。
さらに、このようなテクノロジーは、文章作成や計画を立てることが苦手な学生に公平な機会を与えるのに役立ちますが、こうしたスキルは補助的なものであり、知識を深めるための主要なスキルではないと主張することもできます。であれば、AIツールを使う/使わないという点を比較して評価し、全員の創造性や独創的な思考力をテストしてみてはどうでしょうか。教育機関がAIのサンドボックス(仮想環境)を合法的に使用する機会を提供してくれるのであれば、生成AIツールやカスタマイズされた1対1の査読者を設定することもできます。
科学・学術研究ソリューションを提供するクラリベイト(Clarivate)がAI を活用した学生コンテンツ・エンゲージメントプラットフォームであるAletheaの買収を通じて、より良い学習成果と学生の成功を実現することに焦点を当てています。Aletheaは、学術的なテキスト、評価、研究活動に関するカスタマイズした適応性のある指導を通じて、教室での有意義な学習を促進することを目的としています。また、教員や図書館員が学生のニーズに合わせてカリキュラムの調整ができるように、迅速なペースで洞察を提供できるように設計されています。
なぜ教育者たちは、言い換え(paraphrasing)、編集(editing)といった単純作業にさえAIを活用することに躊躇するのでしょうか。精査や適正評価といった作業を必要としない完璧なツールを探しているのか、あるいは、効率的なAIで学習を補強するための概念を求めているのか―教育者間でのさらなる議論と方針の明確化が必要と言えるでしょう。
教育業界も、技術の進歩、社会情勢やAI導入に対する意識の変化と無縁ではいられません。さまざまな問題や課題があるものの、今まで実現できなかった教育の提供や、教員の労働環境改善などに向け、AIの活用事例は増えてきています。
AIを教育業界でどのように活用していくのか―メリットとデメリットを踏まえつつ、単調作業の自動化や効率化、個々の学生に合わせた学習プランの最適化など、AIが得意とする分野での導入を進めることによって、教員の負担軽減や地域格差の是正が進むことも期待できます。AIの導入を進めることで、教育者が人間しかできないような学生の学ぼうとする姿勢を育てることや心理的な支えとなることにより時間を割くことができるようになれば良いのではないでしょうか。


