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簡潔に分かりやすく?文の長さについての考えを引き延ばす【日本語で書くコツシリーズ③】

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By: 久利 武蔵

Dec 15, 2025|この記事を読むのにかかる時間 : 7分

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同語反復

日本語の場合、一文が長くなると読み手や聞き手にとって、話の結論が予想しづらくなるというようなことを書きました。主語と述語の間に、多くの言葉が挟まれると明確に意味が伝わりづらくなるため、文章の種類によっては簡潔な記述が好まれると。今回は、簡潔で伝わりやすい記述にするための具体的な方法について考えてみます。余分な語や回りくどい慣用表現を割けて文章を短くすることや、繰り返しを避ける、文の構造自体をシンプルにするといったやり方です。

英語の場合は、ひとつの文や段落の中で、同じ単語やフレーズが繰り返し使われることは好まれません。例えばBritish CouncilのLearnEnglishという英語学習サイトには”Avoiding  repetition in a text”( https://learnenglish.britishcouncil.org/grammar/c1-grammar/avoiding-repetition-text )というページがあり、「this」、「that」、「such」、「so」どの単語で同語反復を避ける方法が書かれています。

最初に挙げられている例文は、"The composition of chimpanzee muscle was found to differ from that of humans, which explains their greater strength. (チンパンジーの筋肉の組成は人間のそれとは異なることが判明し、このことがチンパンジーの力がより強いことを説明づけている。)” とあります。

あえて「●●のそれ」と直訳した日本語はいかにもの翻訳調ですが、このように同語反復の回避を心がけることは、日本語の作文にも役立つと思われます。筆者自身、意識しないでいると「●●する方法には、●●といった方法があるでしょう」など書いてしまいますが、話し言葉では許容されるこうした反復を避けるための言葉の置き換えは、スムーズな読みにとって大切でしょう。さらに、話し言葉的な表現をより密度の高いすっきりとした文章にするには、言葉をそぎ落とし、場合によっては文の構造そのものを変えてしまうことが必要な場面もあるでしょう。

 

話し言葉的な脱線

インタビューや対談、会話の文字起こしをしていると、それぞれの話者の話し癖がみえます。対面で話している中では相手の意識に特に残らないような、いわゆるフィラーワード(「えー」「まあ」「あの」「ちょっと」「たぶん」「その」等々)も人それぞれで、一文を言い終わらないうちに文中の言葉や概念を補足的に説明するなど「話の持っていき方」のようなものにも話者なりの特徴が見えることもしばしばです。短い逸脱だけで話題が本筋に戻る場合(日本語なら丸括弧で、英語ならばエムダッシ=em dashで囲いうるような入れ子構造式の注釈)もあれば、言いかけられた文が忘れ去られるような場合もあります。

話は脱線しますが、英語の学術論文の記述の中で特に注意すべきとされるもののひとつがパンクチュエーション=Punctuationです。スタイルガイドは、句読点のほか、ダッシュやハイフン等の記号の使い方を前後のスペースなども含めて規定します1。エムダッシュ=em dash、エヌダッシュ=en dash、ハイフン=hyphenなどの使い方を押さえておくことは、論文に限らずロジカルな英語の文章を書く上で不可欠でしょうが、文章中に割り込みで注釈を入れる際に使われるのはエムダッシュです。

さらに話を脱線させると、日本語論文の記号や句読点の表記ついても学会や学術誌によってルールが設けられています。例えば日本社会学会の機関誌『社会評論』のスタイルガイド『社会評論スタイルガイド』の「記述上約束事2」では、割り込みの注釈を入れる際、丸括弧の代わりに「2倍ダッシュ」を用いてもよいが「全角ダッシュ1つ」は用いない、としています。英数字の混入した日本語文書における、半角ハイフン、エヌダッシュ、エムダッシュ、全角ハイフン、全角ダッシュ、2倍ダッシュ、長音記号(音引き)など、横棒の長さには特に気を付けたいものです。


閑話休題。この記事の筆者は本筋に戻って、本筋から離れたままのスピーチに思いを馳せてみます。途中で脱線して顧みられなくなった文の断片は、発話者が最後まで言い終えた文によって上書きされ、かき消されてしまうのかといえば、必ずしもそうではないでしょう。途中まで言われた言葉は、かえって気になるものです。たとえそれが文の断片であっても。ここで、話し言葉と書き言葉における不完全な文や情報量の多寡などについて考える上で、「語彙密度」という概念を参考にしてみましょう。

 

語彙密度

テキストデータの情報抽出や分析を行うテキストマイニングツールの中には、テキストの「語彙密度(Lexical Density)」を示すものがあります。この語彙密度は「選択体系機能言語理論(Systemic Functional theory=システミック理論)」を提唱した言語学者マイケル・ハリデー(Michael Halliday)が用いた概念で、大まかに言えばテキストの中にどれだけの情報が詰め込まれているかを示すものです。テキストに含まれる単語を機能語と内容語に分けた上で(ここでは両者の定義について踏み込むことは避けます)、その文の文節の数に対する内容語の数を数値化したものです。3

ハリデーのこの指標によると、話し言葉より書き言葉の方が、そして書き言葉の中でもアカデミックな文章の方がより語彙の密度は高くなります。ここで着目しておきたいのは、文節の数が分母となるため、単語数や内容語の数より、よりダイレクトに語彙密度に影響するということです。

2つの文を例にとってみましょう。

① 昨日は雪が降ったので電車のダイヤが乱れ、久利君は遅刻してしまった。

② 昨日の久利君は、雪による電車のダイヤの乱れで遅刻してしまった。

どちらも伝える情報としてはほぼ同じですが、上の文には3つの文節があり(雪が降った/ダイヤが乱れた/久利君は遅刻してしまった)、下の文では文節は1つです(久利君は遅刻してしまった)。単語数に変化があるため単純には計算できませんが文節の数が多くなれば、語彙密度は薄められてしまいます。この例に限れば、読みやすさにさほどの差は観られませんが、しかしどちらがより書き言葉的かと言えば後者でしょう。

私たちが探っているのは、分かりやすく伝わりやすい文章の書き方であって、システミック理論でのテキスト分析ではないため、重要なのは密度の数値ではありません。しかし語彙密度を大きく変え、書き言葉的な度合いを高める「文節の名詞化」などの作業を行っていくことで——もちろん、全体のリズムを考えた上で対象となる文を取捨選択することで——文章をより読みやすく、より情報量の多いものにできるとすれば、日々の作文にテキスト理論の概念などを援用するのも悪くはないかもしれません。


1 たとえば、https://academic.oup.com/amamanualofstyle/book/27941/chapter-abstract/207566302?redirectedFrom=fulltext#541202617

2 https://jss-sociology.org/bulletin/guide/promise/

3 参考 https://www.nihongo-appliedlinguistics.net/wp/archives/274#google_vignette

 

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久利 武蔵

学部・修士課程で人文系分野(文学・映画学)を専攻。書店員、映像翻訳者、音声収録ディレクター、コピーライター等を経て、クリムゾンインタラクティブ・ジャパンではライターとして勤務。好きな洋菓子はモンブラン。