プレプリントの改善でオープンサイエンスの完全性を守る
この記事は、英文校正・研究支援サービスを提供しているエナゴの社員Dr. Krishna Kumar Venkitachalam(クリシュナ・クマール・ヴェンキタチャラム博士)が、Scholarly Kitchenにゲスト投稿した記事の日本語訳をScholarly Kitchenの許可の下で掲載しているものです。原文はこちらをご覧ください。
注:著者は、本記事の技術やテーマに関連するプロジェクトで専門的な役割を担っているため、利益相反の可能性があると公表しています。
オープンアクセスとプレプリント
オープンアクセスウィーク2024(2024年10月21日~27日に開催)は、オープンアクセス環境における重要な構成要素であるプレプリントサーバーが直面する課題について考える良い機会でした(訳者補足:本記事で述べるプレプリントとは、査読前の論文を公開するプラットフォームやそこで公開された論文を指します)。
オープンアクセス運動は、インターネットの台頭とともに1990年代初頭から登場してきました。 オンライン学術出版が現実のものとなったのには、経済的あるいは法的な障壁なしに、誰もが学術論文などの著作物にオンライン経由でアクセスできるようにするという構想に基づいています。
興味深いことに、プレプリントはオープンアクセスよりも前から存在していました。少なくとも1960年代にはオフラインのプレプリント(紙媒体で郵送されるもの)があったのです。1991年に公開されたarXiv(訳者補足:物理学、数学、計算機科学、数量生物学、数量ファイナンス、統計学、電子工学・システム科学、経済学などのプレプリント論文が保存・公開されているウェブサイト)は、オンライン・プレプリントサーバーの先駆けとなり、査読前の記録を共有し、見つけ出すための新しく簡便な方法が広まることとなりました。
プレプリントの二面性
プレプリントは、オープンアクセスの本質と見事に整合しています。
プレプリントは、研究者が即座に研究成果を共有する機会を提供し、科学的発見と普及のペースを加速させています。技術的には、プレプリントサーバーに論文を公開することにより、研究者は学術コミュニティから迅速なフィードバックを得て、それを踏まえ正式な査読の前に研究を改善することができます。残念なことに、科学界はこのプレプリントサーバーの有望さをまだ完全には受け入れていないため、投稿されたプレプリントへのコミュニティによるコメントはごく少数にとどまっています。
査読から出版までのプロセスには時間がとられる可能性が高いので、プレプリントは、このプロセスの前に学術コミュニティが研究に関与できるようにする初期段階の論文と位置づけられます。しかし、プレプリントには審査がないため、不備のある論文がすり抜ける懸念は捨てきれません。
この二面性は、プレプリントの利点を活用する一方で、プレプリント特有のリスクを軽減するバランスの取れたアプローチの必要性を浮き彫りにしています。プレプリントが好ましくないとされる点は、質の低い科学が拡散、流布される可能性が少なからずあるということです。プレプリントがニュースメディアに取り上げられ、検証されていない結果が公表されることも多く、こうした情報拡散がもたらす結果は深刻です。
COVID-19のパンデミックは、プレプリントサーバーのプラス面とマイナス面の両方を示す好例となりました(こちらの論文も参考になります)。プレプリントサーバーは、最新の知見を迅速に広めるのに役立った一方で、共有される情報の質や信頼性に関する論争を巻き起こしました。研究者たちが研究結果をプレプリントのプラットフォームに早々とアップロードしたため、投稿内容が誤って解釈されたり、誤って伝わったり、誤報や陰謀論につながったりすることがありました。科学的な懸念があるとして論文が発表直後に撤回されても、ソーシャルメディア上などで広範な議論を巻き起こしたのです。
新たな脅威と解決策
これまで、論文は誠実で善意のある研究者によって投稿されるものと考えられてきましたが、今や、合法的に見せかけたコンテンツを作成する悪質な営利組織「ペーパーミル(Paper Mill、論文工場)」が、倫理的、法的、道徳的な規制を無視した投稿論文を大量に作成できるようになってしまいました。ペーパーミルは、プレプリントサーバーに偽の研究を大量に投稿し、本物の(偽りのない)研究を見つけにくくしています。
プランSやプランUのようなイニシアチブは、公的・私的助成金による学術出版物の完全かつ即時のオープンアクセスを提唱することで、従来の出版状況に大きな影響を及ぼしています。プランSやプランUは、標準的な慣行としてプレプリントの利用を推進しているので、投稿数の点で問題をさらに複雑化させる可能性があります。
出版社や学術雑誌(ジャーナル)は、剽窃・盗用、倫理と研究公正(研究インテグリティ)、言語の質、メタデータなどの側面から投稿論文の確認ができる自動スクリーニングと研究公正のチェックを採用することで、対策を強化しています。こうした動きは、学術出版の品質の高さを維持する点で大きな前進であり、査読の前に劣悪な投稿を排除するのに役立っています。
さらに、いくつかのプレプリントサーバーは、投稿論文のテーマがジャーナルの目的と一致しているか、不快あるいは非科学的な内容でないかを確認するためのスクリーニングプロセスも設けています。
こうしたスクリーニングは主に2つの段階で構成されているのが一般的です。ひとつは、社内スタッフが投稿の詳細を確認するもの。二つ目は、研究の公衆衛生への潜在的な影響を評価するボランティアの専門家による評価です(少なくとも生物医学のプレプリントサーバーの場合に実施)。このプロセスは、従来の査読ほど厳密ではありませんが、共有されるコンテンツの品質と安全性を維持するのに役立ちます。
出版社やジャーナルの自動スクリーニングや研究インテグリティの確認には、多くのプレーヤーが関わっており、さらに多くのプレーヤーが出現してきています。
であれば、プレプリントサーバーにも同様のチェックを導入してはどうでしょうか。
スクリーニングシステムは、スタッフやボランティアチームがより迅速かつ効率的な方法で投稿論文をスクリーニングするのに役立ち、プレプリントプラットフォームに掲載される投稿の質を向上させることができます。さらに一歩進めれば、スクリーニングを通過したプレプリント論文に、従来の出版社により短時間で投稿するための「green channel」を与え、質を落とすことなく出版プロセスをスピードアップすることもできるでしょう。
こうした取り組みは、プレプリントの信頼性を高めるだけでなく、出版社の負担を軽減し、プレプリントとは異なる特徴である査読に集中できるようにすることができます
実現に向けて
この構想を実現するためには、業界全体の協力が不可欠です。研究者、出版社、そして政策立案者が、すべてのプレプリントプラットフォームに自動スクリーニングと研究インテグリティの確認を導入するために手を携えて取り組む必要があります。
資金提供機関・団体は、ツールの開発・調整、そして効果的かつ公正であることを保証するイニシアチブを支援すべきです。大学や研究機関もまた、プレプリントにおいて研究インテグリティを維持することの重要性について研究者を教育し、高評価で「検証済み」のプレプリントサーバーの利用を奨励する役割を担っています。
もちろん、スクリーニングや研究インテグリティの確認は研究インテグリティのための特効薬ではありません。これらのシステムを導入するには、技術や自動化に伴う問題に対処しなければなりません。システムは、トレーニングデータからバイアスを拾ったり、異なる研究分野への適用性に欠けたり、精度が最適なレベルに達しなかったりする可能性があります。
こうした問題に対処するには、自動チェックと人間によるチェックを組み合わせたバランスの取れたアプローチが不可欠です。それにより、スクリーニング作業の大部分を効率的に管理できるようになれば、経験豊富な査読者は微妙な対応が必要な処理に適切な注意を払うことができるようになるのです。
自動チェックを実行するには、十分な資金と技術が必要です。プレプリントサーバーの多くは、慈善団体や商業的なパートナーからの一時的な資金提供に依存しているため、資金的な持続可能性の面では明らかに不安定な状況に置かれています。人による管理のもとで自動チェックを実行すれば、サーバーの運用負担を増大させる可能性があるので、質を確保することと迅速な研究普及を続けることのバランスをとる必要があります。
解決策としては、資金提供者からの寄付金や、オープンな研究インフラを維持するための国からの支援などが考えられます。小規模なプレプリントサーバーは、コスト面でさらに厳しい状況に置かれ、プラットフォーム間で不平等さが生じる可能性もあります。プレプリントプラットフォーム間で技術的な専門知識とリソースを共有するために協力すれば、個々のサーバーの負担を減らすことができるでしょう。
ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、Verixivという新しいプレプリントサーバーを立ち上げ、投稿論文に対し公開前に膨大なチェックを施すことで未来に向けた第一歩を踏み出しました。ただし、現状でVerixivは財団が資金提供した研究論文のみを受け付けており、このような取り組みが、より広い範囲に拡大できるかどうか、またそのために必要な資金が得られるかどうかは、まだ不透明です。
さまざまな課題はありますが、自動スクリーニングと研究インテグリティの確認の導入は、長期的には、唯一の拡張性のある解決策であると思われます。このような対策は、運用者がより高い研究品質と研究インテグリティを維持するのに役立つものと言えるでしょう。こうしたチェックを支える技術が進歩すれば、プレプリントサーバー運用者のスクリーニング作業負荷も軽減されるはずです。
結論
プレプリントが学術コミュニケーションにおいてますます不可欠なものとなるにつれ、自動化によるスクリーニングプロセスの強化が不可欠となってきています。対策を導入することによって、研究インテグリティと信頼性を損なうことなく、オープンアクセスおよび迅速な研究の普及を追求することができるのです。改善により、プレプリントサーバーは、悪質業者による論文の氾濫に屈することなく前進し、その機能を果たすことができるでしょう。
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Krishna Kumar博士作成のエナゴ記事はこちら
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