即時オープンアクセス義務化への準備はできているか?
即時オープンアクセス(OA)とは、学術雑誌(ジャーナル)に論文が受理・出版されると同時に、誰もが無料でアクセスできるインターネット上で論文を公開し読めるようにすることです。
2018年9月に、欧州の研究助成機関が助成した研究成果を完全かつ論文発表直後からオープンアクセスとするためのイニシアチブcOAlition Sが、すべての研究をオープンアクセスにすることを目指すプランSを発表して以降、研究論文のOA化が進んできました。
発足以降、cOAlition Sに参加する助成機関はヨーロッパ、米国、オーストラリア、南アフリカに広がり、2022年8月には米国バイデン政権が、遅くとも2025年末までに連邦政府から助成を受けた研究の成果は出版と同時に無料で読めるようにするとの方針を打ち出し、翌2023年5月のG7広島サミットおよびG7仙台科学技術大臣会合の共同声明には、公的資金による研究成果の即時オープンアクセスの支援を含むオープンサイエンスの推進が盛り込まれました。
日本でのOA化に関する基本方針
日本では、前述のG7会合を踏まえ、競争的研究費制度における2025年度新規公募分からの学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた国の方針「統合イノベーション戦略2023」が2023年5月に閣議決定されました。
これに基づき、日本学術振興会がOA化に関する実施方針を定め、科研費をはじめとする研究資金の助成を受けた研究論文は、原則としてオープンアクセスとすることとしました。その後、2023年10月には、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)有識者議員懇談会が議論のとりまとめとして「公的資金による学術論文等のオープンアクセスの実現に向けた基本的な考え方」を公表し、この理念を踏まえ、2024年2月には「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」が決定されています。
この基本方針には、「2025年度から新たに公募を行う即時オープンアクセスの対象となる競争的研究費を受給する者(法人を含む)に対し、該当する競争的研究費による学術論文及び根拠データの学術雑誌への掲載後、即時に機関リポジトリ等の情報基盤への掲載を義務づける」と記されていますが、2025年度という期限が近づくにつれ、OA化への準備が不十分であるとの調査結果が出てきています。
調査結果から見える準備の遅れと財政的支援の必要性
科学技術や学術振興に関する基礎的な事項を調査・研究する国立の試験研究機関である科学技術・学術政策研究所(National Institute of Science and Technology Policy: NISTEP)が実施した「科学技術の状況に係る総合的意識調査 (NISTEP 定点調査 2023)」には、2025年度に開始となる基本方針につき、研究者の認識について質問した結果が記されています。
この調査は、2023年9月から12月にかけて、約1,500人の研究者と約800人の有識者の計2,300人を対象に実施されたもので、これによると、即時オープンアクセス義務化方針を知っていると回答したのは、大学の自然科学研究者全体では36%、国研等の自然科学研究者、重点プログラム研究者、人社研究者では約40%のみでした(資料P. 79)。
大学マネジメント層および国研マネジメント層になるとそれぞれ73%、66%と認知度が研究者よりも高くはなるものの、大半の学術関係者が即時OAの義務化方針について知らないことが浮き彫りとなっています(資料P. 79)。新方針を進めるには、研究者・マネジメント層の認識を高めていく必要がありそうです。
出典:NISTEP、科学技術の状況に係る総合的意識調査 (NISTEP 定点調査 2023)報告書より
論文のオープンアクセス化として、どのような方法が適切であるかについて最も多かった回答は、「オープンアクセスに対応しているジャーナルでOA化するのが望ましい」でした(資料P. 85)。
ただし、高額な論文掲載料(APC)の負担が大きいことから、所属機関や専門分野のリポジトリを用いるのが良いとの回答も多くなっています。このことは、論文の即時オープンアクセス義務化方針に必要な政策上の支援に関する質問への回答の上位3つが、①APCの助成制度の整備、②日本の研究者が論文をオープンアクセスとして発表できるプラットフォームの整備、③機関リポジトリの運用・機能強化のための支援となっていることからも、即時OA化の義務化への円滑な移行には財政的支援やプラットフォームの機能強化が欠かせないことが見て取れます(資料P. 87)。
オープンアクセス化実現に向けた環境整備への課題
日本における科学技術・イノベーション基本計画の実行計画と位置づけられている「統合イノベーション戦略2023」には、公的資金によって生み出された研究成果は広く国民に還元されるべきものであるとして、今後の取り組み方針の中に「論文の著者が自ら論文、研究データ、プレプリントなどの研究成果をリポジトリに蓄積し公開できるグリーンOAの実現に向けた環境整備を実施」(資料P. 127)を掲げています。
科学技術・イノベーション推進事務局は即時OA化の実現に向けた説明会などを開催していますが、具体的な政策については情報の共有が進んでいるとは言いがたい状況です。多くの研究者がオープンアクセス化を理解しきれていない現状で、研究者が自分の研究成果をリポジトリに保存するよう説得できるのか疑問だと指摘する声も上がっています。
オープンアクセス化が遅れれば日本の研究者が他国の研究者に遅れることになるので、OAの政策転換に対する意識を高めていく必要があるとされる一方、OA化に必要なコスト、購読料やAPCの高騰が大学や研究者などの費用負担を増大させるなどの悪影響をもたらす可能性があることも懸念されています。
科研費ではオープンアクセス化のための投稿料・掲載料を直接経費から支出することができるとしていますが、研究室への競争的研究費への支援が減少傾向にある中、APCは研究費を圧迫しかねません。
内閣府が2024年4月に公開した資料「日本の学術論文等のオープンアクセス政策について」には、APCが2012年から2022年の11年間に8.3倍に増えていることが示されており、APCの高騰が、安価なAPCで適切な査読を行わずにOA形式で論文を掲載するハゲタカジャーナルへの投稿が増える原因になっているとも見られています。
同様に、購読料の高騰が、購読料支払いを回避して論文をダウンロードできるサイト「Sci-Hub」の利用が急増している一因であるとして、こちらも問題視されています。また、研究成果が主要な学術出版社(学術プラットフォーマー)の市場支配下に置かれており、著名な学術ジャーナルの多くは海外ジャーナルという構造的な問題も指摘されています。
文部科学省は、オープンサイエンスに係る全学的な方針に基づく事業計画を策定する大学等を対象に、オープンアクセスに関するシステムの強化やOA化の実施を支援するための「オープンアクセス加速化事業」の公募を行っていましたが(2024年3月26日~2024年5月8日)、OA論文を出版するためのプラットフォームの構築・強化やAPC補助金システムの整備が急がれます。
国立情報学研究所によると、日本の学術機関リポジトリの数は年々増加しており、2024年3月31日時点で日本の大学における公開機関リポジトリ数は785となっています。機関リポジトリを持つ大学の数は増加しているので、所属研究者を対象としたプラットフォームの使い方の周知を含めて、積極的に活用することが必要でしょう。
まとめ
さまざまな状況を踏まえると、2025年度以降の即時OA化義務化の実現に対しては、予算対策と同時に環境整備に関する課題も山積みです。2025年度までの残された時間の中で、オープンサイエンス拡大の今の時代に適した研究成果の公開方法およびそのための支援方法についての試行錯誤は続きそうです。
参考資料
US government reveals big changes to open-access policy (nature.com)
G7科学技術大臣会合 – 科学技術・イノベーション策 – 内閣府 (cao.go.jp)
議事次第 令和5年10月19日 – 総合科学技術・イノベーション会議 – 内閣府 (cao.go.jp)
統合イノベーション戦略2023 – 科学技術政策 – 内閣府 (cao.go.jp)
Asia tipped to follow US lead with open access mandates
オープンアクセス|科学研究費助成事業(科研費)|日本学術振興会 (jsps.go.jp)
国立大学図書館協会資料委員会 緊急ワークショップ 2025即時OA対応を考える
内閣府、「公的資金による学術論文等のオープンアクセスの実現に向けた基本的な考え方(案)」を公表:公的資金を受けた学術論文等の即時オープンアクセス実現に向けた提言
オープンサイエンス促進に向けた研究成果の取扱いに関するJSTの基本方針ガイドライン
研究データの公開と論文のオープンアクセスに関する実態調査2020-オープンサイエンスとデータ駆動型研究の推進に向けた課題-
統合イノベーション戦略推進会議(第18回)において「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」が決定
2.研究力の総合的な強化 オープンサイエンス 内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局
論文のオープンアクセスとプレプリントに関する実態調査2022:オープンサイエンスにおける日本の現状
科学技術の状況に係る総合的意識調査 (NISTEP 定点調査 2023)報告書