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トランプ政権の予算に研究者がっかり

2月12日、トランプ政権が総額4兆4000億ドル(約478兆円)規模の2019会計年度の予算教書(2018年10月~2019年9月)を議会に提出し、予想どおりとはいえ科学者たちを失望させました。連邦政府の財政赤字が9840億ドルにも達するなか、国防費と移民法執行費用が増加された一方、科学の基礎研究に関しては20%以上削減されています。主要科学研究機関への予算は昨年レベルもしくは更なる削減となっており、研究者たちには厳しい状況が続きます。
■ 削減される研究開発費
アメリカ国立衛生研究所(NIH)、国立科学財団(NSF)、エネルギー省(DOE)への予算は2017年と同水準。食品医薬品局(FDA)と航空宇宙局(NASA)の少なくとも宇宙探査に関しては増額されていますが、DOEのエネルギー高等研究計画局(ARPA-E)の月面探査ロケット打ち上げ部門、NASAの5つの地球科学計画、国際宇宙ステーションの予算削減に加えて、環境保護庁(EPA)、海洋大気庁(NOAA)、内務省(DOI)の地質調査所(USGS)の一部の研究計画は見直しを余儀なくされそうです。また、疾病予防管理センター(CDC)の予算も削減されました。 出典:AAAS (American Association for the Advancement of Science): The 2019 Science Budget Backs Off Some Cuts, Not Others https://www.aaas.org/news/2019-science-budget-backs-some-cuts-not-others
■ 地球温暖化に関する研究は目の敵
トランプ政権が誕生してからの予算は科学界に衝撃を与えてきました。「壊滅的」とも言われた昨年の予算案より「マシ」とは言われるものの、特定の分野や研究プログラムを中断または断念に追い込むものとなっています。特に、地球温暖化に懐疑的なトランプ政権のもと、環境保護庁(EPA)管轄の環境科学研究やエネルギー省(DOE)管轄の応用技術研究も昨年以来の予算削減に苦しんでいます。EPAの予算は、2018年に31.5%削減され、2019年も1990年代前半以来の低い額となりました。同様に気候変動の研究を進めてきた国立海洋大気庁(NOAA)の予算は昨年比20%の削減となり、NOAAが主導する「シーグラントプログラム(National Sea Grant Program)」などの中断を余儀なくされています。温暖化研究費の削減は航空宇宙局(NASA)にもおよび、NASAの全体予算は2017年比で1.3%増の199億ドルとはなったものの、地球科学プログラム予算は6%削減されています。さらに、NASAの予算には国際宇宙ステーション(ISS)の民間運営への移行策を講じる予算も含まれているとされており、アメリカが進めてきた宇宙研究の将来の在り方にも影響をおよぼしそうです。
 予算削減は人員削減などにつながる
研究機関が使える予算の削減は、研究員や職員の削減に直結します。環境保護庁(EPA)の科学技術部門に割り振られた予算が2017年度の71400万ドルから44900万ドルに削減されたことに伴い、常勤職員の数は2017年度の2124から2019年度の1481に減少 すると見られています。また、国立科学財団(NSF)の予算は2017年と同じレベル(75億ドル)にとどまりましたが、天体望遠鏡のような研究基盤となる設備投資や計測機器などの購入予算は56%削減されるなどの細かい調整が入っており、人件費以外にも研究推進費にさまざまな影響が出るものと予想されます。
■ 研究費とはどのぐらいの額なのか
ところで、アメリカ政府予算の研究費削減による影響は心配ですが、そもそも研究費とはどのぐらいの規模で、政府予算の中からはどのぐらいの額が拠出されているのか、あまり知られていないのではないでしょうか。文部科学省がまとめている『科学技術指標(2017年8月発表)』によれば、2015 年の日本の研究開発費総額は18.9兆円。世界第1位の規模のアメリカは同年51.2兆円でした。日米ではかなりの差があります。科学技術予算の対GDP比率で言えば日本が0.65%、アメリカが0.80%です。この研究開発費のうち大学部門に割り振られたのは、日本は 3.6 兆円、アメリカは、ここでも世界トップの規模で6.8 兆円。さらに研究費の内訳を比べると、日本の大学で使用される研究開発費のうち政府負担分は48.4%、残りの約半分(48.1%)を私立大学(授業料集中などの自己資金)による負担が占めているのに比べ、アメリカは政府の負担割合が58.5%と多くなっています。他に他国と比べると非営利団体部門の割合が8.6%と多いことも特徴的ですが、政府負担の割合が大きいことから、アメリカ政府予算の削減が研究開発に与える影響が懸念されるのです。
■ 対岸の火事とは言いきれない
そして、このアメリカの研究開発費が削減されることは、日本人研究者にとっても対岸の火事とは言いきれません。それは、先に述べたように米国の研究開発費の半数以上が政府からの拠出金であることが問題につながるからです。ひとつには人件費が削減され、研究職の口が減る可能性があげられます。もうひとつは、研究規模への影響です。国立科学財団(NSF)、エネルギー省(DOE)、国立衛生研究所(NIH)などの省庁や研究機関は、自らが研究を行うとともに、大学や民間研究機関に多額の研究開発資金を提供していますが、これが削減される可能性があります。政府負担の他に、ビル&メリンダ・ゲイツ財団らによる多様な研究資金が併存しているとはいえ、各省庁とその傘下の国立研究所や研究開発機関が推進している基礎・応用および研究開発は大きな存在感を有しています。特にNSFは、アメリカの大学が政府支援で行っている全ての基礎研究の約24%を支えているのです。研究費の削減は科学的進歩を後退させ、イノベーションリーダーとしてのアメリカの地位を脅かすとする意見も出ています。今や研究者が国境を越えて研究に従事する時代。アメリカの科学者が直面している問題は、アメリカの大学や研究機関で研究を行うチャンスを狙う他国の研究者にとっても、影響がないとは言えないのです。
■ 共同研究への影響も
日米共同研究に少なからず影響が出ることも懸念されます。研究活動自体が単一国の活動から複数国の絡む共同活動へと様相を変化させている傾向が顕著となっている昨今、世界中で国境を越えた国際共同研究、その結果の論文共著が増えています。世界の論文に占める国内外の割合を見ると、2015 年時点の国内論文の割合は 74.4%、国際共著論文は 25.6%となっています。国際共著は拡大傾向にあり、2015 年(出版年)の日米の国際共著率は日本31.3%、アメリカ 41.1%でした。他国を見るとイギリス 63.7%、フランス 60.3%、ドイツ 57.3%と、欧州の方が高い傾向はあるものの共通して増加が見られます。そして日本の国際共著相手国・地域の第1位はアメリカ(34.0%、2013-2015年)です。 近年、分野によっては中国のシェアが増えつつありますが、まだまだアメリカは日本の国際研究の共著相手国として最も存在が大きな国なのです。
■ 油断禁物な状況が続く
トランプ政権が提出した予算教書には強制力はありませんが、議会審議のたたき台となります。今後、予算教書を受けた議会による検討が行われ、議会がどう判断するかはまだわかりません。この予算案が非常に極端な科学機関への予算削減であることから、批判も多く、このままでは通らないであろうと期待する声もあります。とはいえ、アメリカおよび他国の研究者にとっては油断できない状態が続きそうです。

参考記事:
The 2019 Science Budget Backs Off Some Cuts, Not Others
Trump science budget sows confusion
Trump Budget Would Slash Science across Agencies

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