中国系研究者を狙い撃ちか?

がん治療・研究に特化した研究施設であり、がん研究では世界トップを走るテキサス大学MDアンダーソンがんセンターに米連邦捜査局(FBI)の捜査が入り、研究情報の窃盗の疑いでアジア系の教授を解雇したことが報じられました。このニュースについて説明します。

テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの教授解雇

テキサス大学MDアンダーソンがんセンターで、2019年4月に研究者5名が相次いで同センターを去りました。同センターの発表によれば、2018年8月に米国国立衛生研究所(NIH)から数名の研究者に情報漏洩および論文査読における整合性が疑われるとの指摘を受けて調査を進めたところ、疑わしいと指摘された3名の懲戒免職の手続きに動き、そのほかの2名は違反が認められたものの免職には当たらないとしました。免職対象の3名のうち2名は解雇される前に辞職し、残る1名は調査中となりました(4月時点)。NIHもMDアンダーソンがんセンターも個別の嫌疑の詳細や3名の情報を明らかにしていませんが、情報の漏洩先は中国であり、嫌疑ありとされたのは中国系の研究者と報道されています。

内部情報を基にした報道によると、嫌疑の対象になったうちの一人は疫学部教授のXifeng Wuです。彼女は中国生まれですが、テキサス大学で博士号を取得し、米国籍を所有していました。数々の業績をあげ、MDアンダーソンがんセンターの疫学部長として、中国の研究者やがんセンターと密接な関係を築いてきました。中国の研究機関との共著論文も多数発表しており、その数は26研究機関、87本に及びます。しかし、2014年頃からMDアンダーソンがんセンターから中国の研究機関に情報が漏洩しているのではないかとの疑いがもたれるようになり、当センターはセキュリティを強化しましたが、FBIが2017年夏に研究および専門情報の盗難の可能性の調査を始めると、その調査途中の2019年1月にWu博士は辞職してしまいました。3月には中国に戻り浙江大学医学院公衆衛生学部の学部長の職に就いています。Wu博士の嫌疑が正当であったのか、辞任の理由が何であったのかは明らかにされていませんが、情報窃盗として容疑が固まるには至りませんでした。とはいえ、米国内の研究施設からの情報漏洩や知的財産盗難については警戒感が高まっており、同センターも秘密情報の窃盗については処分を強化すると言及しています。

事件の背景

こうしたケースはMD アンダーソンがんセンターに限りません。NIHが2018年8月に疑惑を指摘した研究機関は数十箇所に上り、中国をはじめとする外国が絡んだ情報漏洩の摘発を狙ったようです。米国上院の予算委員会でNIHの高官が2019年6月行った報告では、外国政府と秘密裏に関係している疑いにつき、HIHが研究資金を提供している研究機関のうち61箇所にFBIの協力を得て予備調査を行った結果、うち16機関に法律違反の可能性があると述べています。NIH高官は別の機会に「本来は秘密扱いとはならない基礎研究であっても、将来的には特許申請に結びつくものが含まれている可能性はあるので、そのような情報を外部に流すのは実質的に情報を盗むことと同義である」との趣旨の発言をしています。こうしたことを踏まえてメディアは、今回の事件は中国との貿易戦争を背景に、米国政府が学術関連の情報の取り扱いについて、中国および中国系の研究者に圧力かける意図があったと分析しています。

米国のあせり?

トランプ政権による中国との貿易戦争は、上乗せ関税の応酬のニュースが目立ちますが、中国における国家主導の経済体制と並んで、米国が重視している争点のひとつに知的財産の保護があります。中国の知的財産の問題は、ブランド品の贋作の輸出や、国内での外国特許や著作権の侵害ですが、その手口は巧妙化の一途をたどっています。中国政府は11月24日に知的財産権侵害への罰則を強化すると発表していますが、ここにきて米国が特に研究情報の漏洩に強い姿勢を示している背景には、科学技術における中国の躍進への警戒もありそうです。

ここ20年ほどで中国の科学技術における発表論文数は大幅に増加しています。米国国立科学財団(NSF)が発表した報告書『SCIENCE & ENGINEERING INDICATORS 2018』によれば、科学技術分野の中国の論文発表件数は2003年から2016年に5倍に増加しています。一方、米国は同期間に約1.3倍になっただけであり、2010年以降は横ばいで、2015年に前年よりやや減少し、2016年には中国に抜かれています。こうした状況に、米国が焦りを感じていることは否定できないでしょう。

実際、中国政府が科学研究に潤沢な予算をつぎ込み、研究を促進するにともない、中国人研究者の論文発表数は増加してきました。中国の大学の格付けも年々上昇しており、まさに米国に迫っているのです。米国側に、中国の科学研究のプレゼンスの拡大を何とか抑制したいとの思いがあっても不思議ではありません。今回紹介したMDアンダーソンがんセンターの事件も、米国のあせりが下敷きになっているのではないでしょうか。

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