研究報告ガイドラインの発展と学術出版への影響、今後の展開

はじめに

根拠に基づく医療(Evidence-based medicine: EBM)運動は、1980年代初頭に登場し、そこからの10年間勢いを増していきました。この運動は、「EBMの父」とされるカナダの医師デイヴィッド・サケット(David Sackett)の発案に基づくもので、看護や助産などのさまざまな分野の臨床実践全般にわたって広がっています。

EBMは、臨床医が各分野の根拠(エビデンス)を検討し、取り入れることで、患者にとって最善の治療法を決定するためのメカニズムを提供することを目的としています。「個々の患者のケアに関わる意思を決定することにおいて、最新かつ最良のエビデンスを、良心的、明示的な態度で、思慮深く用いること」と定義されるEBMは、主に個人または臨床医のグループを対象としたものでした。しかし、この分野がより洗練されるにつれ、EBMは組織(団体)や政府の保健関連省庁が医療政策を決定し、経済的制約の中で最良の治療と考えられるものに資金を直接振り分けるためのツールとなってきました。

研究報告ガイドラインの発展

研究の透明性を向上させるための構造化されたチェックリストを提供する研究報告ガイドラインは、研究報告における矛盾(不整合)への対応として登場しました。ランダム化比較試験 (またはランダム化対照試験、Randomized Controlled Trial: RCT)に大きく依存する高度な分析方法やデータ提示方法が開発され、エビデンスに基づくレビューがRCT自体よりも信頼できる根拠になると、こうしたレビューがヘルスケア分野のジャーナルの主な特徴となりました。この状況は今も変わっていません。こうしたレビューのひとつの側面とされているのが、レビューにおける研究の品質評価です。品質にはかなりのバラツキがあり、出版されたRCT報告の中に、無作為化の手法あるいは適切に記述された対照群に関する重要な情報が欠落していたものもあったことから、1990年代の初めに、現場でのよりよい施策、特によい報告方法を推奨する動きが登場することとなりました。

よりよい報告基準の策定に向けた動きを推進したのは、主にカナダを拠点とするアイルランド人疫学者、デイヴィッド・モハー(David Moher)でした。RCT報告に関心を持っていたモハーらは、1996年にCONSORT声明を発表し、RCT報告を学術ジャーナルに提出する著者が順守すべきチェックリスト(CONSORTチェックリスト)を提供しました。これは、報告における完全性を確保し、RCT報告全般において直接的あるいは間接的にRCTを実施する際の基準を向上させることにつながっています。このような報告ガイドラインがあれば、科学者は報告段階でRCTの重要な側面をすべて説明できるようにしておかなければならないことを承知の上で、それを念頭に置いて研究をデザインすることになるでしょう。

CONSORT声明は、最初に発表されて以降、漢方薬、鍼灸、有害事象報告などの分野においてRCTを広めながら、繰り返し改訂されてきました。CONSORT声明およびチェックリストは EQUATOR NetworkウェブサイトのCONSORT掲載ページで閲覧・入手することができます。

EQUATORネットワーク(Enhancing the QUAlity and Transparency Of health Research:健康研究の品質と透明性を強化するネットワーク)は、報告ガイドラインの策定と普及を行うために、2006年に設立されました。現在、EQUATORネットワークには計660の報告ガイドラインが登録されていますが、研究者が一般的に使用しているものは一部に限られています。CONSORTに続き、最も広く認知されている2つのガイドライン-STROBE(Strengthening the Reporting of Observational Studies in Epidemiology, 2007年策定)とPRISMA((Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses, 同じく2007年に策定)が導入されました。CONSORTと同様に、PRISMAもRCTに特化したものとなっているため、CONSORTがカバーしている項目と同様の内容をカバーするための改訂と適応範囲の拡大が行われています。

研究報告ガイドラインが策定され、研究のあらゆる段階でより完全な報告を行うように推進していることから、研究の透明性が格段に向上しました。研究の報告方法の標準化を進めることにもつながっています。例えば、ヘルスケア分野で著名な幾つかの国際的ジャーナルは、著者にEQUATORネットワークを提示し、例外なく適切な報告ガイドラインを使用して原稿を作成するよう求めています。この結果、例えば臨床試験や系統的レビュー(システマティックレビュー)を報告する論文では、参加者や論文を追跡するためのCONSORT声明やPRISMA声明に関連したフローチャートが使われることが一般的となっています。

CONSORT声明について特筆すれば、RCTが臨床試験のウェブサイトに登録されているかどうかを著者に確認するチェックボックスを設けることで、RCTの実施と報告に関する実践を大幅に改善しました。すべての主要な学術出版社および各社が出版するジャーナルは、将来的にすべてのRCTが何らかの臨床試験登録サイトに登録されることを求めるAllTrialsに署名しているので、登録されていないRCTの報告がAllTrialsに署名済みのジャーナルに投稿された場合には、それだけで却下(リジェクト)される危険性があります。

研究報告ガイドラインの導入により、学術ジャーナルの編集や査読プロセスがとてもうまく進むようになりました。編集者や編集長は、投稿された論文がRCTあるいはシステマティックレビューといった特定のデザインに従って書かれていれば、投稿段階で原稿を迅速に評価することができるのです。適切な研究報告ガイドラインに準じているとの証拠がない場合には、原稿をリジェクトするか、ガイドラインに基づいて修正することができます。査読プロセスを経る投稿論文が研究報告ガイドラインを使用していることは、査読者が原稿と一緒に提出されたチェックリストを見て、その内容が遵守されているかどうかを確認することができるため非常に役立ちます。

技術の変化と新たな課題

研究報告ガイドラインの策定と同時期に発展し、ガイドラインの策定に影響を与えたのがインターネットの普及です。インターネットは1960年代に登場して以降、さまざまな形で存在し、次第に洗練されてきました。インターネットが発展し、学術界で広く利用されるようになってきた1991年、World Wide Web(WWW)が構築されるという大きな進展がありました。これにより、学術研究と学術出版は大幅に促進されることとなったのです。システマティックレビューが個々の研究者の手に委ねられることでスピードアップし、システマティックレビューのプロセスが非常に円滑に進むようになりました。そして、学術ジャーナルへのシステマティックレビューやメタ分析の論文の投稿が増えたことが、PRISMA声明の策定の原動力となりました。

WWWの発展のもうひとつの直接的な影響は、学術研究の共有が容易になったことで、これがオープンアクセス運動の大きな推進力となりました。しかし、学術界に恩恵をもたらしたオープンアクセス運動とWWWは、ハゲタカ出版社の台頭も生み出しました。ハゲタカ出版は学術出版業界にとって重大な問題であり、基準を維持するための努力を損なうものです。研究報告ガイドライン、特にPRISMA声明は、ハゲタカジャーナルが学術出版を汚し、システマティックレビューに紛れ込むことがあるので問題だとしています。PRISMA声明はハゲタカジャーナルについて具体的な意見を表明してはいませんが、システマティックレビューにハゲタカジャーナルが入り込まないようにするための学術関係者向けのアドバイスは入手することができます。

RCTの実施と報告に関して、ハゲタカジャーナルは、CONSORT声明を参照していると厳密さを装っているにもかかわらず、参照していないことが分かっています。実際、主流の学術ジャーナルでさえ、CONSORT声明の報告基準を遵守していないことを非難されたことがありますが、ハゲタカジャーナルは、CONSORT声明が要求する厳密性と透明性を欠く低品質なRCTを公開していることが知られています。COVID-19治療に関するRCTを評価した研究には、CONSORTチェックリストの遵守率の中央値が54.3%と、報告の質が最適ではないことを示しています。

学術出版に関連する主な最近の変化は、人工知能(AI)、特にChatGPT、Microsoft Co-Pilotやその他さまざまなツールといった大規模言語モデル(LLM)の開発が進んだことです。AIの使用は、人間が文字入力を行うことなしにテキストを生成することや、学術業界が折り合いをつけつつある盗用・剽窃の可能性など、学術出版にさまざまな問題をもたらす一方で、チャンスをもたらすことも否定できません。現在、大手出版社は、投稿、査読、出版プロセスの多くの側面での助けとなるように、独自のAI技術開発を進めています。

研究報告ガイドラインについては、CONSORT声明やPRISMA声明が適用される場合、研究者がチェックリストを完成させ、フローチャートを作成するプロセスを自動化するのにAI機能を利用することができます。研究報告ガイドラインに従って、対象ジャーナルが指定したとおりに抄録を生成するためにAIを使用することも可能です。また、査読段階では、編集者と査読者が遵守事項をチェックするプロセスを自動化することができます。

とはいえ、研究報告ガイドラインを順守しながらAIを使用することの実用的かつ倫理的な側面には考慮する必要があります。どのようなAIモデルでも、研究報告ガイドラインのチェックに使用する場合には正確性(精度)を確認しておくことが必要です。倫理的には、AIモデルにはバイアスのリスクがあり、一部の研究トピックが他のトピックよりも優先されたり、資金規模あるいは研究の実施国にバイアスがかかったりする可能性があるのです。さらに、AIを開発した人によっては、データの共有や所有権に関する問題が生じる可能性があることにも留意しておくべきです。

研究報告ガイドラインの今後の方向性

研究報告ガイドラインの策定が、出版される研究の質の向上につながっていることには疑いの余地がありません。研究報告ガイドラインが有用で高い評価を得ていることは、EQUATOR ネットワークで利用できるようになっている膨大な数の研究報告ガイドラインや、最も普及しているガイドラインである CONSORT チェックリストと PRISMAチェックリスト が、範囲を広げながら更新を続けていることからも明らかです。とはいっても、あくまでも仮定なので、改善点を定量化することができれば面白いことでしょう。また、理由はいくつかありますが、投稿論文の撤回数が増え続けていることに対して報告ガイドラインがどのように関与しているかはわかっていません。

研究報告ガイドラインの使用と発展が減速する可能性は低いと見ています。少なくともいずれの研究報告ガイドラインでもカバーされていない研究分野は、ないはずです。現在、研究デザインでカバーしている範囲はRCTから定性的研究にまで広がっています。一部の研究デザインは複数のガイドラインでカバーされていますが、EQUATOR ネットワークに掲載されている660の利用可能なガイドラインに、さらなるガイドラインが追加されるかどうかは、今後の状況次第です。

将来的には、研究者間の混乱を避けるために、類似のガイドラインを統合し、研究の特定の領域での報告に関してより標準化されたアプローチを導入することになるかもしれません。しかし、それはガイドラインを作成した人たちの協力意欲次第です。すでに述べたように、報告および査読の両段階でのAIの導入が研究報告ガイドラインの使用に影響を与えることは避けられません。

最後になりますが、研究報告ガイドラインの導入は、研究と学術出版の双方に好影響を及ぼしてきました。今後も、研究報告ガイドラインの発展、利用は続き、研究者や編集者は自身の責任においてガイドラインの存在を認識し、有効に活用していくことが求められています

翻訳にあたり参考にした資料

厚生労働省『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』 eJIM もう一歩進んだ「情報の見極め方」

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