大学発ベンチャーの事例
前編・大学発スタートアップベンチャーの今では、経済産業省の調査報告を基に、日本における大学ベンチャーの現状と政府支援についてお伝えしました。後編では、2025年時点でのいくつかの事例と大学発ベンチャーが抱える課題について取り上げます。
大学発スタートアップの状況
経済産業省の「令和6年度産業技術調査(大学発ベンチャー実態等調査)報告書」によると、大学発スタートアップ数のトップは東京大学(468社)で、京都大学、慶應義塾大学、大阪大学と続きます。2023年度からは2位の京都大学と3位の慶應義塾大学の順位が反転していますが、いずれも昨年に比べて企業数は大幅に増えています。複数の大学が関与しているケースでの重複カウント、実態把握におけるタイムラグ、さらに経済産業省の定義に基づく調査の結果であることも踏まえると、大学が公認している数とは多少の差が出ている可能性もありますが、国立大学系からの大学発ベンチャーが強い傾向は健在です。

出典:経済産業省 令和6年度 産業技術調査(大学発ベンチャー実態等調査)報告書 スライド17
興味深いのは、右表で示されているように一部の大学で顕著な伸びが見られていることです。企業数では24位(47社)の関西大学は前年比で500%を超える伸びで増加率1位となっています。本記事では、企業数順位に比べて変動の激しい増加率順位の中で高順位を保っている情報経営イノベーション専門職大学ほか、いくつかの大学発ベンチャーの取り組みを見てみます。
情報経営イノベーション専門職大学
2020年4月に開学した情報経営イノベーション専門職大学(iU)は、情報経営イノベーション関する専門知識・スキルの習得に特化した大学です。「ICT(注:Information and Communication Technology、情報通信技術)テクノロジーやビジネススキルを活用して社会課題を解決するエンジニア、コンサルタント、起業家として、世の中に新しいサービスやビジネスを生み出すイノベーターを育成」することを目的に、産業界で活躍してきた実務家を教員として迎え、起業に必要な知識とスキルを徹底的に学ぶためのカリキュラムを提供します。
在学中から産学連携プロジェクトに携わることができるだけでなく、学内外から企業についての助言や出資を得ることができる、卒業生が起業する際には大学キャンパスで法人登記ができるなど、起業にチャレンジできる制度が充実しています。卒業後の進路のひとつとして「起業」を念頭に入れたカリキュラムを提供していることが起業意向の強い学生を呼び込み、学生の「起業」を全面的にバックアップする―その結果が、先述した大学発ベンチャーの実態などに関する調査で国内大学における前年比増加率で好成績(令和4年度および5年度報告で1位、令和6年度年度報告では4位)を記録し続けている実績につながっていると言えそうです。
東京科学大学
2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学が設立されました。
東京医科歯科大学は、大学での研究成果又は人的資源等を活用して起業されたベンチャー企業について、「東京医科歯科大学発ベンチャー」の称号を授与することで、研究成果の社会還元を促進することを目的として、2012年度に「東京医科歯科大学発ベンチャー企業認定制度」を導入しました。
例を挙げると、2024年6月に「東京医科歯科大学発ベンチャー(第14号称号)」として認定、設立された株式会社 東京医歯学総合研究所は、同大学大学院の摂食嚥下リハビリテーション学分野で発明されたマウスピース型人工喉頭「Voice Retriever」のさらなる研究開発、社会実装、技術の活用を進めています。
また、同大学の共通支援組織と位置づけられている「医療イノベーション機構」は、医療福祉への貢献・各種社会的課題の解決に向け、大学が有する知的資産の一元化、社会実装、大学発スタートアップの創出支援、共同研究の推進などを含めた大学発イノベーションの実現に取り組んでいます。このような大学と企業、医療機関をつなげるイノベーションハブがあることは、学生がスタートアップを身近なものとして捉えることに役立っているのでしょう。
東京医科歯科大学と統合した東京工業大学の事例も紹介します。東京科学大学設立前、2018年度の東工大発のベンチャー称号に認定(第T094号)されていた株式会社Synspectiveは、革新的研究開発プログラム「ImPACT」の研究成果である小型合成開口レーダー衛星(小型SAR衛星)を使い、地球全体のモニタリングデータを収集し、情報を分析して提供する事業を展開しています。東工大で研究されていた「折りたたみ可能な平面展開アンテナ方式」の技術を採用した小型SAR衛星の開発、システムの社会実装を目指した研究開発を進め、2020年12月には実証衛星「StriX-α」の打ち上げ、2021年2月には日本初となる100kg級小型SAR衛星による画像取得に成功しました。2024年12月に東京証券取引所グロース市場へ新規上場するといった急成長を遂げています。
こうした個々の大学での研究だけでなく、大学間での連携も進んでいます。
東京科学大学、東京大学、早稲田大学は東京圏におけるスタートアップを支援する大学プラットフォーム「Greater Tokyo Innovation Ecosystem(GTIE)」の主幹機関として起業活動支援を行っており、このプラットフォームには数々の大学がスタートアップ創出共同機関/共同機関として名を連ねています。
北海道大学
地方の大学でも特徴を生かした大学スタートアップが立ち上がっています。
北海道大学発ベンチャーの中には、正規のポストが不足することで就職難になるポストドクター(ポスドク)のセカンドキャリアの場を提供し、ポスドクの能力を活用して社会に貢献することを目指している会社もあります。
例えば、合同会社エゾリンクは、エコサイエンスコンテンツを開発し、社会の総合知として生態学の研究成果を社会で活用するため、地域に根差した環境教育、教育旅行事業、地域活性化コンサルなどを行っています。
別の例として研究者個人による大学発ベンチャーを紹介します。北海道大学遺伝子病制御研究所 がん制御学分野の園下将大教授が立ち上げたのは、ショウジョウバエを用いて迅速・安価な新規治療薬探索プラットフォームを提供する株式会社FlyWorksです。園下教授は、膵がんのさまざまな遺伝子型を模倣した初のモデルハエライブラリーを開発し、新規治療薬候補を同定することに成功(国際特許出願済)されています。この研究成果を基盤としてFlyWorksを立ち上げ、疾患・脳梗塞・リウマチ・糖尿病などの各種疾患に関する創薬支援受託サービスや自社開発品ライセンスの提供を行っています。
北海道大学は、起業に関心のある研究者や教職員、大学院生を対象とした相談窓口を学内に開設しているほか、起業に必要な姿勢やスキルをもった人材を育成するためのアントレプレナーシップ育成プログラムを導入しています。さらにスタートアップ創出本部を設置し、アントレプレナーシップ教育及び大学の知的財産権等を活用して設立したスタートアップ企業等への支援および人材育成を行っています。
こうした取り組みが上述の大学発ベンチャーを生み、2024年度大学発ベンチャー数でも第12位(147社)という結果に結びついていると見られます。同大学のホームページによると2025年5月時点では80件が北大発の認定スタートアップ企業の称号を授与されており、今後も大学および地域特性を生かしたベンチャーの登場が期待できます。
大学発スタートアップの広がり
ここに挙げたのはわずか数例ですが、大学発スタートアップは多種多様化し、その数は着実に増えています。
政府が2022年11月に発表した「スタートアップ育成5カ年計画」では、全国の大学に対して「1大学につき50社の起業、イグジット1社」という目標が掲げられていましたが、大学を挙げての起業支援、企業との連携などによって成功事例が増えてきています(注:イグジットとは、ビジネスにおける投資資本を回収するための出口戦略。資金調達して操業した会社や事業の株式を売却(M&A)、あるいは上場して資金を回収すること)。
多くの大学がベンチャー創出に注力する中、日本独自の技術の開発やディープテック分野の発展が期待されています。興味深いのは、経産省の調査報告に記された海外における大学発ベンチャーの設立状況との比較における日米の大学発ベンチャー数の設立数と存続率の違いです。設立数ではアメリカに圧倒されるものの、存続率では逆転しているのです。
下表で見られるように、米国における大学発ベンチャーの設立状況(左)の直近5年の存続率は17.7%であるのに対し、日本の存続率は106.8%となっています。アメリカではGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)のようなスタートアップが国の経済を牽引するまでに成長していますが、直近5年間の大学発ベンチャーの設立数だけ見ると2020年をピークにやや減少気味であるのに比べ、日本のベンチャー設立数は増え続けているだけでなく、高い存続率を維持しています。

出典:経済産業省 令和6年度 産業技術調査(大学発ベンチャー実態等調査)報告書 スライド14
日本では中長期的な研究開発に強みがある大学発ベンチャーが多いことが、アメリカのように大量には生まれにくいものの、生き残る可能性が高い要因になっていると言えるかもしれません。
ただし、存続率の高さは市場における新陳代謝の低さの裏返しだと取られることもあります。大学発ベンチャーは研究開発型事業など、成果が出るまでに時間を要する事業も多い上、設立から新規株式公開(IPO)までに創業から5年以上と長い時間を要するとはいえ、ビジネス界は弱肉強食の世界なので、今後は設立数が伸びると同時に解散あるいは大学発ベンチャーではなくなった企業といった退出数も増えていくかもしれません。

出典:経済産業省 令和6年度 産業技術調査(大学発ベンチャー実態等調査)報告書 スライド46
大学発ベンチャーの課題
大学発スタートアップが注目され、企業として存続できる土壌が整うことは、これからの日本のイノベーションにプラスの影響をもたらすと期待できます。
とはいえ、大学別の大学発ベンチャー数では東京大学が不動の1位を維持し続けている状況です。東京大学と同等の投資や起業支援体制を築くのが難しい大学も多々あり、資金調達と共に支援体制の強化および人材育成も課題です。事例として紹介した情報経営イノベーション専門職大学では大学のカリキュラムの中に経営についても学べるプログラムが含まれていますが、一般的な大学では会社経営を教えることのできる人材を外部から確保してくることも必要でしょう。大学発ベンチャーを推進するには、大学・研究者と経営者・実業家との二人三脚による仕組みが必要です。
また、ディープテック・スタートアップの課題としては、研究開発および事業化、あるいは社会実装するまでに長期間を要するとともに、多額の資金が必要といったことが挙げられます。不確実性が高いことで既存のビジネスモデルに適応することが難しい面もあるので、個々の大学発ベンチャーに適したビジネス戦略が必要とされます。起業数が増加するのは喜ばしいことである反面、競合することも増えてきます。資金調達のタイムラインを考慮しつつ研究開発の成果を出していくことが求められる中で、他者との競争に勝ち抜かなくてはならないのです。
政府は大学発ベンチャーの抱える課題を解決するための予算を確保し、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を経由して事業の発展段階に応じた支援を提供してはいますが、その資金規模は他の先進国と比較するとまだまだ小さいものです。政府資料によると、OECDがまとめた2020年度のベンチャーキャピタル投資の国際比較(対GDP比)では、日本の投資額の対GDP比は0.03%であり、G7諸国の中ではイタリアに次いで低いものでした。
さらに、人材確保の壁が立ちはだかっています。安定雇用を求めて大企業への就職を望む若者が多い上、大学発スタートアップで事業を運営、伸ばすことができる経営人材も不足しがちです。調査結果にも研究投資を優先するために人材採用の予算が足りない、人材の発掘・育成に時間がかかるといった意見が記されています。人材の育成まで含めた施策を講じている大学も出てきていますが、特に経営人材の不足への対応は急がれます。
最近では、企業との連携も見据えて大学発ベンチャーを戦略的に支援する大学も出てきていますが、関連するあらゆる支援業務を専門に行う担当部署/担当者を設けるといった体制を整えているわけではありません。支援体制側にも課題があるのは明らかです。大学発ベンチャーが一層発展していくためには、社会実装に適したシーズの発掘、研究開発、技術移転の各段階での支援、そして起業後の成長支援まで含めた一連の流れが整うことが必要でしょう。政府の重点的な支援強化策に基づくさまざまな支援策や公募による資金提供といった取り組みが、大学発ベンチャー課題解決につながることが期待されます。
大学発ベンチャーの未来
大学発ベンチャーには数々の課題がありますが、最も重要なのは、起業するというチャレンジ精神を育むことかもしまれません。今回ご紹介した事例の他にも、さまざまな研究成果を生かした大学発ベンチャーが活躍していますので注目してみてください。そして今、研究に従事されている方は、自分の研究が大学発ベンチャーにつながる可能性を秘めていると覚えておいてもらえると良いと思います。経済産業省のAKATSUKIプロジェクトのように人材発掘・育成するためのプロジェクトや関連する情報を以下に付けておきますので参考にしていただければ幸いです。
参考
経済産業省 大学発ベンチャー 令和6年度産業技術調査(大学発ベンチャー実態等調査)報告書
東京科学大学ニュース 東京科学大学認定ベンチャーである株式会社Synspectiveが東京証券取引所グロース市場へ新規上場しました
公募情報ほか
国立研究開発法人 科学技術振興機関 大学発新産業創出基金事業
文部科学省 大学発スタートアップ創出シンポジウム2025
事例
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 新たにディープテック分野のスタートアップ11社を採択しました ―社会課題の解決につながる革新的な技術の確立や事業化を加速します―
経済産業省 大学発ベンチャー チームビルディング事例集
こんな記事もどうぞ
| 東京工業大学生命理工学院教授刑部祐里子先生へのインタビュー – Share Your Story
2022年に研究計画がGTIEに採択された東京科学大学生命理工学院の刑部祐里子先生へのインタビューです。
|



