日本政府がAI国力の強化を目指し、AI基本計画骨子案(たたき台)を策定

人口知能(AI)の開発と利用が世界で急速に進む中、AIの利活用が十分に進んでいるとは言えない日本の状況を打破するべく、日本政府は2025年9月12日に初の「人工知能基本計画骨子(たたき台)」を公開し、AIの開発と利活用を政府として後押ししていく考えを示しました。本記事では、AI基本計画(たたき台)のポイントについて概説し、AI促進による科学研究への影響について考えてみます。

人口知能(AI)基本計画とは

人工知能基本計画(以下、AI基本計画)とは、2025年6月4日に施行された「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)」に基づく国家戦略として位置づけられた、AIの研究開発や利活用を促進するための基本的な計画です。2025年9月12日に内閣総理大臣を本部長とする「人口知能戦略本部(AI戦略本部)」の初会合が開かれて議論がスタートし、AI基本計画骨子(たたき台)を公開しました。この会合の開催にあたり、当時の石破茂首相は「AIは、社会課題の解決や産業競争力の強化を実現する技術であり、安全保障上も極めて重要」と述べています。AI基本計画は、AIの技術開発や活用の推進に関する国の作戦のようなもので、今後、有識者や調査会などの意見も踏まえて計画案を作成し、パブリックコメント(意見公募手続き)を経て2025年内に閣議決定することを目指しています。

AI基本計画策定の背景

政府がAI基本計画の策定を急いでいる背景には、日本がAIの開発および利活用で国際競争に出遅れている現状があります。安全保障やさまざまな産業の競争力の強化にはAIが欠かせないとして、アメリカと中国を筆頭に各国で開発が進められていますが、AI戦略本部会合の資料には、日本のAI利活用率と投資額が米中に大きく遅れを取っていることが示されています。

特に、大規模言語モデル(LLM)の急速な発展に後押しされているChatGPTなどの対話型生成AIは、すっかり日常生活に浸透しているように見えますが、生成AI利用率でも個人・法人ともに米中に大きく水をあけられており、民間投資額(世界14位、約9億円)に至っては米国(世界1位、約1,091億円)の約1/121です。

しかも、国内で利用されている生成AIは米国で開発されたものが主流であるといった開発力の問題や、フェイク画像が簡単に生成できるといった利用に関する懸念など、憂慮すべき課題も多々あります。

出典:人口知能戦略本部(第1回)資料2-1 ⼈⼯知能基本計画の⾻⼦(たたき台)の概要について

日本政府はAIを使わない」ことが最⼤のリスクであると明言し、「反転攻勢」をコンセプトに⽇本のAI投資・利活⽤を推進しようとしています。

日本のAI戦略の基本構想とAI基本計画

日本のAIに関する基本構想として「世界で最もAIを開発・活⽤しやすい国」を⽬指すとの国家戦略のもとで策定されているAI基本計画には、「イノベーション促進とリスク対応の両立」「PDCA(計画・実⾏・評価・改善)と柔軟・迅速(アジャイル)対応」「内外一体の政策展開と国際連携」の3原則と、「AIを使う」「AIを創る」「AIの信頼性を高める」「AIと協働する」の4方針が掲げられています。

平成31年に内閣府が発表した「人間中心のAI社会原則」が堅持されてはいますが、AI基本計画では人間とAIの「協働」を推進し、制度や社会の仕組みを継続的に変革していくことの重要性が強調されています。生成AIの登場から最近の急速な利用拡大により、これまでは人間が担ってきた業務をAIが支援または代行するようになったことで「人間とAIの協業」が注目されていることを踏まえたと見られます。

もはやAIの導入は単なる技術的な変化に留まらず、労働市場(雇用)、教育、産業の在り方といった人間の活動、さらには社会全体に影響を及ぼすものとなっており、産業構造や教育・雇用制度の見直しが必要であると認識されているのです。

AIの発展と科学研究 – 「勝ち筋」とされる3つの領域

AIの発展は科学研究の進め方や在り方にも大きな変革をもたらしています。科学研究のプロセス全般にAIを導入することによる自動化の試みはさまざまな研究分野で取り入れられています。

特に注目したいのは、AI基本計画の「AIを創る」の具体的な取組例の中に「日本の勝ち筋となるAIモデル等の開発推進」として、フィジカルAI(ロボット制御)、AI for Science(科学研究加速)、創薬AIの3つの分野が明示されている点です。既に技術革新が進んでいるLLM開発ではなく、日本の強みを生かせる分野に戦略的に資源を配分することで、競争力を確保したいとの考えが垣間見えます。これらの3分野に関連する研究やビジネスにとって、AIの利活用の促進は国際競争力を強化する絶好の機会になると期待されています。

1. フィジカルAI

世界的に高く評価されている日本の製造業、ロボティクス、精密機械技術と生成AIを組み合わせる取り組みです。自律型ロボット、工場の生産ラインや物流倉庫の自動化、災害現場での探索、介護支援ロボットなど、物理的・身体的な(Physical)動作におけるAI導入は、日本の技術的蓄積が生かせる分野であると見込まれています。実社会の課題解決に直結するAIの活用が期待できます。

2. AI for Science

AI for Scienceは、分野に関わらず科学研究のあらゆる段階にAIを取り組むことで、従来の科学研究の方法を劇的に変え、新たな発見を見出す可能性を高め、研究の範囲やスピードを飛躍的に向上させようとの試みです。AIやロボットを組み合わせて実験の効率化を図ることができれば、実験精度や再現性の向上、人為的ミスを削減することも可能であることも踏まえ、各国でAI技術や同技術の研究開発を推進することによるAI for Scienceに向けた環境整備が進められています。2025年10月6日に文科省が打ち出したAI for Scienceの指針には、AIの利活用を進めることで日本の強みを活かした研究力を世界のトップ水準に引き上げるとのねらいが示されています。あわせて、2030年代には全国の研究者がAIを使って科学研究を進められる社会の実現を目指すと明記するなど、国としての研究インフラ・研究システムの抜本的な改革を目指しています。

3. 創薬AI

新素材開発といった分野では大量のデータ解析や物質探索が、生命科学・医療分野では創薬や治療技術の開発で大量のデータ処理が必要です。日本の研究機関が長年蓄積してきた高品質で信頼性の高いデータの活用が進めば、材料探索や化合物設計、新薬開発などのプロセスを劇的に加速させることも可能です。特に、複雑で時間がかかる医薬品の研究開発では、AI技術を用いてプロセスを効率化、加速させる取り組みが注目されており、AIの需要が急速に高まっています。具体的にいえば、AIを用いたデータ解析や医薬品候補となる化合物の特定、相互作用の予測などが挙げられます。従来の医薬品開発は、長い期間と膨大なコストがかかるにも関わらず、成功確率が低いという問題を抱えています。AIを導入することで、より効率的かつ効果的に新薬を創出できる可能性が高まります。

AIを活用した革新的な科学研究の推進

2025年8月、文部科学省(以下、文科省)が大学や研究所でAIを活用して革新的な科学研究を推進する方針を打ち出しました。

令和8年度(2026年度)予算案の概算要求では、「『AI for Science』による科学研究の革新」を目標に、研究予算やAI駆動型研究基盤の整備などを積み上げて355億円を盛り込んだのです。前年度の予算額189億円からの増額率は87%になります。巨額の投資を続けている米中に比べるとまだ規模は小さいながらも、日本の研究力の底上げと国際競争力の向上に繋げようとしています。

文科省は、AI for Scienceを推進し、実験データの収集や分析、シミュレーションなど幅広い分野でAIを活用して技術革新を促そうとしています。また、スーパーコンピューター「富岳」の後継機「富岳NEXT」の開発・整備や、国内外で研究データを送受信するための学術情報ネットワーク(SINET)の運用にも予算を配しています。現実にどの程度の予算が確保されるかが実効性を左右することになりそうです。

最後に

AI基本計画は、かなり差し迫ったスケジュールで協議が進められようとしていますが、「AI関連技術の特性、動向、社会情勢等を踏まえ、必要に応じて本計画を⾒直し、変更を⾏うこととし、当⾯は毎年変更を⾏う」と記されています。一般的に、政府の計画の見直しは5年、10年のスパンとなりますが、AI基本計画では毎年見直しが必要となっていることは現実的です。今後の議論に注目です。また、AI基本計画には、AIの協働を重視するとして著作権や(文章作成)責任の所在に関する堅固な枠組み構築が盛り込まれている点にも留意しておくべきでしょう。

急速に発展したAIは国の科学力を左右するほどの影響力を持っています。AIに対して国がどのようなビジョンを持ち、いかにして社会実装を進めようとしているのかを理解しておくことは大切です。AIの利活用にはデータの質や標準化、人材育成、倫理・プライバシー問題、規制、実装など、依然として多くの課題が存在していますが、今後も研究能力を高め、より大きな成果を達成するための「協業」が広がっていくことは容易に想像できます。

今後、AI基本計画が強調する「イノベーション促進とリスク対応の両立」がどのように進められるか注目していきましょう。

参考

首相官邸 人工知能戦略本部 令和7年9月12日 総理の一日

e-GOV 法令検索 令和七年法律第五十三号 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律

内閣府 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)

文部科学省 AI時代にふさわしい科学研究の革新~大規模集積研究基盤の整備による科学研究の革新~(意見等のまとめ) 令和7年7月1日 研究環境基盤部会

令和6年版科学技術・イノベーション白書 第4章 AIの多様な研究分野での活用が切り拓ひらく新たな科学

文部科学省 AI for Science の推進に向けた基本的な考え方について 2025年10月

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