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論文査読に患者が参加!? 「患者参加型査読」の登場

通常、研究者から投稿された論文を「査読」し、ジャーナル(学術誌)で出版・公表する価値があるかどうかを検討するのは「査読者」と呼ばれる同分野の専門家(≒学者)たちです。理論物理学の論文であるならば理論物理学者が、分子生物学の論文であるならば分子生物者が査読者として選ばれ、その役割を担うことになります。当然といえば当然のことかもれません。
ところが現在、臨床系の医学においては、その常識に変化の兆しがあります。被験者、つまり研究の対象としてだけでなく、論文の査読に、患者や介護者を参加させる試みが活発になりつつあるのです。そうした新しい査読システムは「患者参加型査読(patient peer review)」と呼ばれています。
2014年11月26日、オープンアクセスのジャーナルをウェブ上で出版していることで知られる「BioMed Central」は、2016年6月に『Research Involvement and Engagement(研究への参画実践)』という新しいジャーナルを創刊することを発表しました。同誌では、査読を含む編集過程のあらゆる場面で患者たちと緊密に協力することを謳っています。
「BioMed Central」はこの新ジャーナルの意義を以下のように説明しています。
『Research Involvement and Engagement』は、ヘルスケア(医療)および社会的ケアに関する学際的なジャーナルであり、患者が研究の全段階に広く参画し、実践することに焦点をあてます。本誌は、患者や学者、政策立案者、サービスのユーザーといった重要な利害関係者すべてによる共同プロデュースというこれまでにない体制をとります。本誌の論文はすべて、学者と患者、両方によって査読されることになります。どちらの査読も、編集上の決定において同等の重要性をもつことになります。
同誌は共同編集主幹として、ワーノック大学のソフィー・スタニチェブスカを迎えました。スタニチェブスカはロイヤル・カレッジ看護研究所の「国民参加研究プログラム(Patient and Public Involvement Research Programme)」のリーダーです。また、イギリスでは有名な患者の権利運動家であり、2回のがんなど深刻な病気から生還したリチャード・ステファンスとも協力するといいます。
このジャーナルでは、通常、1本の論文が少なくとも1人の学者と1人の患者によって査読されることになります。学者でない人々による科学研究への貢献を引き出すことがねらいです。医学を含む科学研究に、患者を含む一般市民を参加させるという試みは「PPI(public and patient involvement:一般市民や患者の参画)と英語圏では呼ばれており、多くの分野で試行錯誤がなされているのですが、医学研究において患者参加型査読を全面的に打ち出したジャーナルは『Research Involvement and Engagement』が初めてです。
とはいっても、「素人(lay)」に科学論文を査読することなどできるのか、という素朴な疑問を誰でも抱くでしょう。『サイエンス』誌のブログ『サイエンス・インサイダー』は、その疑問に対する疑問をスタニチェブスカ氏に尋ねています。
「私たちは、その専門分野に応じてある論文を読む“患者査読者(patient reviewer)”を選ぶつもりです。患者査読者の専門分野はしばしば、彼らの医療上の経験につながるのです」とスタニチェブスカは強調する。ある病気を経験することによって、患者は“在野の専門家(lay expert)”になるのであり、同ジャーナルはこれを利用するのだ、と彼女は言う。Biomed Centralなどのメディアがこの新しいアプローチの成功を評価できるように、同ジャーナルは、採択した論文に対する査読/批評(reviews)のすべてを、無料かつオンラインで読めるようにすることを目指している。
また、患者参加型査読を編集過程に取り入れたジャーナルは『Research Involvement and Engagement』だけではありません。有名な医学誌『BMJ(英国医師会雑誌)』は2013年、その査読に患者の見解を取り入れ始め、そのウェブサイトに患者査読者のためのガイドラインを掲載しました。
私たちはみなさんに、ご自身についての詳しいことを私たちの編集データベースに登録することをお願いします。編集者たちが論文それぞれについて適切な査読者を見つけるためにこのデータベースを利用します。あなたが抱えている病状、あるいは抱えていた病状、あなたが介護者として、もしくは患者の権利運動家として経験したことすべてをリストアップしてください。〔略〕もし『BMJ』に適切な論文が投稿されたら、編集者はデータベースを検索し、査読のお誘いをメールで送ります。あなたは論文のタイトル、著者たちの名前、その中身の短い要約を読みます。あなたは査読のお誘いを受ける権利も断る権利も持っています。もし査読できないのであれば、どうぞお知らせください。もしほかの査読者を教えてくださるのならば、とても助かります。
『BMJ』は「患者査読者」に対しては、専門家の査読者とは異なる疑問に答えてもらうことを求めている、という。同誌のウェブサイトはその例として、「この研究はあなたやほかの患者・介護者にとって重要なことですか?」、「患者や介護者にとって、抜けている部分、もしくは強調されるべき部分が何かありませんか?」など5つの疑問を挙げています。
『サイエンス・インサイダー』では、前述のリチャード・ステファンス氏が興味深いことをコメントしています。「学者(academic)」と「患者(patient)」はしばしば重なる、ということです。
多くの臨床研究者は当然ながら自分自身の医療問題を抱えている。そして患者はたとえば統計学など技術的なスキルを必要とする仕事に就いていることがしばしばである。そうしたスキルは、論文を査読するときには有益になる。「学術的な研究論文を共同で執筆し、臨床試験や調査を共同で計画し、臨床試験管理チームに参加する患者の数はますます増えています」とステファンスは言う。「だから世界中で、患者たちの中で発展する技術基盤があるのです。当然ながらイギリスでも」。ステファンスは、患者たちのなかにはすでに臨床試験の有用性を査読し、学術論文の執筆に力を貸している者もいる、と付け加えた。
医学研究は医学研究者だけがするもので、患者はその研究対象にすぎない、という考え方は時代遅れになるかもしれません。この動きはいまのところイギリスで最も盛んなようですが、研究成果を国際的に発表したいのであれば、「患者参加型査読」を採用しているジャーナルへの投稿を目指してみてはいかがでしょうか?

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