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新たな国際的研究拠点 欧州に注目

国際的な研究の経験を積みたいと考えている研究者は大勢いるため、研究職のポジション争いは熾烈であり、特に若手研究者が職にありつくことはとても困難です。それでも自国以外の国際的な研究機関で経験を積めば、母国に戻って研究職に就ける可能性は高くなります。それだけではありません。異なる文化的背景を持つ研究者たちとの研究に参加することで経験を重ね、新しいスキルを獲得し、幅広い人脈(ネットワーク)を形成することも可能です。かつて米国は、国際的な研究の場として人気が高かったのですが、近年は欧州の人気が高まっています。

欧州で研究するメリット

欧州は、さまざまな理由から研究者に人気となっています。その理由をいくつか挙げてみましょう。

世界的な大学の存在
欧州には世界でも有数の大学や研究機関があります。2018年には、査読付きの科学およびエンジニアリングの論文の25%が欧州連合(EU)の研究者から出版されたものでした。EUの後には中国(21%)、米国(17%)が続きます。欧州の研究者は、研究成果を出して出版しなければというプレッシャーはあるものの、責任を持って研究を進めていると言えます。

ファンド(研究資金)
研究には資金が必要です。EU諸国は研究およびイノベーション(技術革新)に割り振る予算を増額しており、さらに欧州最高レベルの研究を奨励する欧州研究会議 (European Research Council, ERC)の研究助成金には、どの国の研究者でも申請することができます。ホームページの情報によれば、その助成金の給付規模は過去10年間で総額約120億ユーロに達しています。唯一の申請条件は、研究の大部分がEUの研究機関によって実施されることです。欧州には多数の有名大学や研究機関が点在しており、スイスのチューリッヒのように生活費の高い都市にキャンパスがあって若い学生にとって費用の工面が大変な大学もあれば、一方で、ベルギーのルーヴェンにように比較的済みやすい都市を拠点とする研究機関もあるので、助成金の獲得にEU内の研究機関でと条件が付いていたとしても選択には困らないでしょう。

契約
ドイツのように博士課程(PhD)学生が雇用契約を締結することができる国もあります。雇用契約に加えて、年金の支給といった追加保証や、指導教官と学生を守るために就業規則のある大学もあるそうです。

学問の自由
欧州の研究機関は、他国の研究機関と比べて学問の自由を認める傾向が強いようです。実際に、国レベルで学問の自由を推進すべく議会に働きかけています。

オ―プンアクセス
「プランS」と呼ばれる研究の成果を自由に入手できるようにする動きは、欧州12の国々の研究機関や研究助成団体などのコンソーシアムから始まりました。欧州委員会(EC)と欧州研究会議(ERC)はこの動きを支援しており、コンソーシアムは、オープンアクセスの学術雑誌(ジャーナル)もしくはオープンアクセスレポジトリを通じて迅速かつ無料で論文を公開する研究に対して助成を出すとしています。プランSが動き出せば、欧州での科学研究は他の地域よりも進むと予想されています。

研究インフラ
欧州では効率的な研究インフラが整っています。他国であれば数か月かかることもあるような試薬の入手も、欧州内では1週間程度で入手が可能です。

文化的経験
学術的なメリットとは別に、欧州にはさまざまな文化圏で貴重な経験を積めるという魅力があります。多くの国は隣接している国々に簡単に旅行できるので、欧州各国の多種多様な文化や料理を体験することができます。EU内の国で仕事を見つける幸運に恵まれたなら、事前に必要な言語のコースを習得しておき、言葉の苦労を減らすこともできます。

なぜ米国は魅力を失ったのか

欧州の人気が高まる一方で、米国の人気が下がっています。主な理由のひとつとして入国の困難さが指摘されているように、米国滞在のビザを取得するのが非常に難しくなっていることが影響しているようです。研究資金の削減も無視できません。トランプ政権は、米国外の国に設置していた全米科学財団の事務所(北京、ブリュッセル、東京)を閉鎖しただけでなく、気候変動への世界的な取り組みである「パリ協定」から離脱し、関連する研究プロジェクトであるNASAの炭素観測衛星運用ミッションへの支援を止めてしまいました。こうした政策の決定は、研究費の予算削減から研究を進めるために必要な人材の解雇にまで及んでいます。

国際研究に参加するメリット

他国で研究に従事することには多くのメリットがあります。さまざまな文化の中で研究者としての経験を積むことができるのです。以下に主なメリットを書き出してみます。

新しい技術を習得できる:自国では普及していない新しい研究技術を学ぶことができます

最新式の実験装置を使用できる:欧州の国々は研究に特化した潤沢な資金を持っているので、最新の実験装置・機器を購入している大学や研究機関もあり、それらの最新機器を使って研究を進めることができます

多文化環境での経験を積める:世界各地の研究者が欧州に集まってきているので、多種多様な文化的背景を持った研究者と交流することができます

人脈形成のチャンス:研究の参考にしたり引用したりした論文の著者に会ったり、協業したりするチャンスがつかめるかもしれません。自分が読んだ論文の著者と国際的なネットワークを持つことは、研究者としてのキャリアにとって大きな意味を持ちます。

世界中の研究者と共同研究:世界中の研究者と出会い、共に研究することは、研究者としてのキャリアの可能性を広げることにつながります。綿密な研究を行うには良好な研究協力体制が必要であり、その点でも欧州は最適です。実際、欧州委員会(EC)は“Open Innovation, Open Science, Open to the World” と称したビジョンを発表しており、欧州以外の国との科学研究協力を促進していくこと、また、他の国々に対して研究助成金プログラムにおける競争力を持つことを目指しています。

広い視野を持つ:異なる視野から物事を見ることができるようになります。他者の問題の解決方法を見たり聞いたりすることで、考え方を深めることができます。

このようなスキルを獲得した研究者は、優秀な研究者を探している研究室にとって「欲しい」人材となり、研究者にとっては価値あるスキルとなるでしょう。

欧州は世界の研究者のハブ(中心拠点)になるか?

上述のような状況を踏まえると、欧州は国際的な研究拠点として非常に魅力的です。国レベルでの後押しや支援があることも、欧州の将来にとって科学とイノベーションが重要であると位置づけられていることも強みとなります。このような状況を実現させるため、欧州各国が頭を突き合わせ、科学研究を推進するために確保できるリソース(財源や人材)について検討を重ねています。そして、欧州の努力は、資金調達だけでなく、発表論文へのフリーアクセスの推進、研究を発展させるために研究者らが必要とするものが入手できるような体制づくりでも実を結んできています。

このような欧州の環境下で実施される研究が、世界の問題を解決する日がくることでしょう。

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