松沢哲郎・英語論文・論文 英語・アカデミック 英文 数字
コンピュータースクリーンに1から9までちりばめられた数字を小さい順から指差していく。これは、チンパンジーの話だ。「天才チンパンジー」としてメディアにもたびたび取り上げられているアイ、そしてその息子アユムらの知性の研究を通して、ヒトの心や行動の進化を探っている京都大学霊長類研究所所長の松沢哲郎教授。一連の研究成果は2度にわたり国際ジャーナルの最高峰Natureに掲載され、また「比較認知科学」と呼ばれる新しい学問領域を切り開いた。
   松沢氏の英語との向き合い方はシンプルだ。科学者には実際の研究業績がすべて。英語がヘタでも業績それ自体が雄弁に物語り、世界中が耳を傾ける。この世の森羅万象を読み解きたいという衝動が学問をする理由である以上、英語でつまずいている時間はない。偉大な研究業績を打ち立て、科学界の発展に貢献し続けてきたトップ研究者だからこそ持ちうる、確信に満ちた英語観をうかがった。
取材・構成=古屋裕子(クリムゾンインタラクティブ)
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松沢哲郎・英語論文数字・数字の英文・東京工業大学

私は理学博士ですが、もとは京都大学の文学部哲学科の卒業です。大学では山岳部に入って、年間120日くらい山登りに明け暮れていました。私の最初の英語体験は、大学4年のときに30人のヒマラヤ遠征隊の一員として行ったインド・ネパールです。人生で英語を最初に使ったのが、夜のニューデリーでした。まあ、普通の平均的な日本の大学生ですから、たいしてしゃべれない。インドの人が大挙して押し寄せて口々にわめいていたけど、何を言っているのかわからなかった。

ヒマラヤから帰って、大学院入試に向けて英語で書かれた哲学の原書を熟読しました。当時の京大・大学院の英語の入試問題はめちゃくちゃ難しかった。辞書の持ち込みは不可。西洋哲学史の3巻本をほぼ丸暗記したのに、試験問題を一読してわかったのは、それが英語だということと(笑)、スピノザという人名だけ。「ザーイズム(theism)」と「ア・ザーイズム(atheism)」という何度も出てくるキーワードがあって、これがわからないと解けない。でも私の人生の中でそういう単語に出会ったことがない。何度も何度も読むと、行間からじゅわーっと意味が見えてきました。じつは「シイズム」という発音で、答えは一神教と多神教だけど、多分そうだろうと文脈から理解しました。

哲学の英語なんて、丸暗記してもわからないです。哲学は非常に論理が込み入っているから、「読み解か」なければいけない。科学の論文も論理的だけど、すごくシンプルですよね。二十代のはじめに哲学のテキストを読み解く訓練を積んだことは私の英語の基礎体力を鍛えたし、この経験に比べれば科学の英語論文を読んだり書くことはどうということもなかったという気がします。

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(写真提供:松沢哲郎氏)

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私は、この世界がどんなふうになっているのかを知りたい、この世界の森羅万象を読み解きたい、という動機で学問をしています。京大の哲学科に入り、山登りをやるようになって、書物ばかり読んでいる哲学が私のやりたい哲学ではないと悟った。私が向き合いたいのは、山登りをしている自分が見ているこの岩、この雲、この雪であり、白い紙の上の黒いパターンではなかった。そこで出会ったのが、哲学科の中の心理学研究、とくに視覚の心理学でした。この世界は人間が目を通して脳という器官で認識している。人間がこの世界を知るということはどういうことなのか、「知る」っていうことを知ることを対象にするときっとおもしろいぞ、と。大学院ではネズミの視覚と脳の研究を行い、修士を卒業して京都大学霊長類研究所の助手になり、その1年後にチンパンジーのアイに出会います。

私の最初に書いたアカデミックな英語論文は、1985年にNatureに載りました。アイの研究成果をまとめた「Use of numbers by a chimpanzee」です。Natureに掲載が決まったとき、それはやっぱりうれしかったですよ。アラビア数字というわかりやすいメディアを使って、鉛筆を見せたらチンパンジーがその数を数字で答えるということを実証した。Natureが採用してくれたのは、チンパンジーが数を理解するという、世界中誰も知らなかったこの事実にインパクトがあったからです。アイというチンパンジーのおかげだともいえます。この論文はネイティブチェックを受けていません。今読み返してみると、英語、変だったかもしれないね(笑)。
 
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アイの論文を発表したあと、30歳代半ばに丸2年、アメリカのペンシルベニア大学に留学し、「心の理論」研究の創始者として高名なデイビッド・プレマック先生という心理学者に師事しました。学識が深い先生は、私の英語がまずくても、一を言えば十を理解してくれた。先生との論議に思い悩んで夜も眠れないときもありましたが、それは英語の表現が出てこないというより、あのとき先生にああ言われたけど、もっとこう切り込めばよかったとか、自分はこれを言いたかったんだという、学問の正味のところでの「身もだえ感」のほうが大きい。
英語にまつわる恥ずかしい体験は、日常生活にあります。子供たちをつれてアイスクリームスタンドへ行って、バニラが買えなかった。Vanilla、ヴァナイラってうまく発音できなくて。また、私の住んでいたフィラデルフィアの郊外の町からニューヨーク・マンハッタンのコロンビア大学に手紙を出すときに、郵便局で「Manhattan」が通じなくてね(笑)。でも、これは自分の発音の洗練が足りないだけであって、知性に問題があるとはこれっぽちも思っていないから、それを気に病むことはありませんでした。

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(写真提供:松沢哲郎氏)

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私は、英語しか使えない英語のネイティブにもハンデがあると思います。ヨーロッパで行われる国際会議では、登壇する話者の母語に合わせて、議論がフランス語になったりドイツ語になったりもする。軽やかにマルチランゲージ。相手の話をよく聞こうと思うと、その人の言葉に合わせたほうがいいわけで、その調節能力のなさという意味で、アメリカ人はプアです。言語だけではなく、英語のみで育った人の視野や価値観の多様性には限界がある。私は、日本人としてのメンタリティや価値観が、私の研究をユニークでオリジナルなものにしていると感じます。

たとえば、私は日本にいる限り毎日アイやアユムと過ごし、一緒に暮らす中から発見をつむぎ出していきますが、欧米の研究者から見ると、異様なほどチンパンジーとの距離の近い、チンパンジーに溶け込んでいくような研究者だと思われているでしょう。欧米のキリスト教的価値観で言うと、チンパンジーは黒くて大きなサル以外の何物でもないんですよ。どうにもならないほどはっきりと、「人間と動物」という二分法がある。一方で、輪廻転生も受け入れられる日本人的な生命観では、自分は犬にもなるだろうし虫にもなるだろう、でもその虫が来世で人間になることもあるだろう、だから人間と動物を峻別する必要はなくて、実際に人間だって動物だし、生きとし生けるものの命がつながっているということを、比較的自然に受け入れられますよね。

欧米のアプローチだと、チンパンジーの赤ちゃんを母親から引き離して、人間の家庭で育てて、同じ環境で育ったチンパンジーと人間を観察する、といった研究になっちゃう。でもそれでは、人間にはお父さんとお母さんがいるのに、当然チンパンジーの赤ちゃんにはいない。異種の生き物の中に放り出されて心細い思いをしながら必死に生きていくチンパンジーのさまを見ることになるのであって、本来の親に育てられた子供の、自然に育っていくようすを見ることにはならない。私たちのプロジェクトのように、研究者自身がチンパンジーの日常生活に参加して、そこから見えてくる親子関係を観察するというのは、欧米の発想からはなかなか出てこないですね。
 
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サイエンスの競争は、英語学習のもっともっと先で起こっています。学問の世界で一番大事なのは、ユニークでオリジナルな実際の研究成果です。自分より英語のヘタな人は、アメリカ国内にだって掃いて捨てるほどいるよ。英語がヘタだということは何の問題もない。英語はヘタでもすばらしい研究をしていたらみんなが固唾をのんで聞いていますよ、耳を済ませて。よく学生にも言うけど、1篇でも論文を書いてから外国に修業しに行ったほうがいいよと。立派な論文が一本あるだけで、周囲の自分に対する耳の澄まし方が全然違う。
また、しっかりした目標をもつことも大事でしょう。その目標に向かって進めるだけの体力・知力を備えて、「弓」をぎりぎりまで引き絞って、そして、あるとき決然と出て行けばいい。私の場合は、最初に出て行ったインド・ネパールが、ヒマラヤ8000m初登頂というはっきりとした目標があった。あの未踏の山の頂上に行くんだと。そのために全知全能を注ぎ込む。今もそうです。チンパンジーがこの世界をどういうふうに見ているのかを知りたい。チンパンジーを丸ごと知りたい。人間を知りたい。目標がクリアであれば、英語でつまずいている時間はないですね。

松沢哲郎・数字の英文・東京工業大学 松沢
1950年生まれ。愛媛県出身。74年に京都大学文学部哲学科を卒業、大学院進学後、76年京都大学霊長類研究所に助手として勤務、78年からチンパンジーの知性を探る「アイ・プロジェクト」 に携わる。2000年、チンパンジーの母子の研究も始めた。人間の心や行動の進化的起源を探る「比較認知科学」と呼ばれる新しい学問領域を開拓。93年、同所教授になり、06年に同所所長に就任。中国チベットのシシャパンマ峰(8027m)の登頂を果たすなど、登山家としても知られる。著書に「おかあさんになっ たアイ・チンパンジーの親子と文化」(講談社)、「進化の隣人 ヒトとチンパンジー」(岩波書店)など多数。
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