研究に役立つ「片付け」
オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。多くの研究者が書斎や情報整理に苦労していると思います。ミューバーン教授が、ご自身の仕事に関連する書籍やコンピューター内のファイルの片付けについて話してくれました。
みなさんこんにちは。今回は研究者の生活に役立つ「片付け」について話したいと思いますが、その前にいくつかニュースをお伝えします。
- 2018年12月に出版した『How to Fix Your Academic Writing Trouble: A Practical Guide(仮訳:アカデミック・ライティングの問題を解決する方法)』は、5 年経った今でも好評ですが、ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM:Large language Models)を使ったコンテンツを生成できるAIモデルは今や私たちの生活の一部となっています。そこで、論文執筆に LLM を倫理的かつ有効に組み込む方法を示す『How to Fix…』の第2版を作成したいと考えています。残念ながら、共同執筆者の内Shaun Lehmann (ショーン・リーマン)とは難しそうですが、Katherine Firth(キャサリン・ファース)とまた一緒に仕事ができそうで楽しみです。彼女のResearch Degree Insiders ブログをまだ見たことのない方は、ぜひ読んでみてください。本書に関するフィードバックや、第2版への期待、内容についてアイデアをお持ちの方は、inger.mewburn@anu.edu.auまでご連絡ください。 第 2 版の出版に関するニュースに興味がある方は、メーリングリストに登録しておいていただければ情報をお送りします。
- 博士課程の研究におけるNeurodiversityのメーリングリストに参加してくれたすべての方、特に私にフィードバックと励ましをくれた方々に感謝します。学術研究に関する大規模な国際調査を間もなく開始できると思います(倫理承認プロセスに入ろうとしているところなので、うまくいくことを祈っています)。この調査では、グループ間の経験を比較できるように、ニューロダイバーシティ(神経多様性)の人だけでなく、すべての学者を調査することを目指しています。調査結果は、すべての学者向けの生産性に関する本(仮題『The Distracted Academic』)と、自閉症研究者のHelen Kara(ヘレン・カラ)による、特に博士課程におけるニューロダイバーシティに関する本に入れる予定です。研究の進捗状況、本のニュース、研究への参加に興味がある方は、メーリングリストに登録してください。
では、ここからは本題の「片付け」の話です。
私は長年、近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法(英書はLife changing magic of Tidying Up)』のファンです。私は「こんまり®メソッド」に緩く沿いながら、「物」が多すぎず、すべてが適切な場所にある整理整頓された家を維持しています。もちろん、私も近藤麻理恵さん自身もそうであるように、理想どおりにはいかないことはよくありますが、こんまりメソッドに準じて生活していると、物事がそれほど手に負えなくなることはありません。学術に関わる仕事をしている日々の中でも、こんまり®メソッドの片付けアプローチが役立ったので、自宅の書斎の整理整頓にもこの方法を取り入れてみることにしました。
なお、「片付け」そのものが自分には向かないと思う方は、今すぐこのブログを読むのをやめてください。
多くの人は、整頓具合から他人に評価されていると感じていることでしょう。誰かに恥をかかせたり、あなたも私のようになるべきだと言ったりするつもりはありません。今の自分が幸せなら、自由に豊かに生活してください。でも、秩序の乱れや乱雑ぶりにイライラしている場合、特にそれが学業や学術研究に影響を及ぼしていると考えている場合には、読み続けてください。
デスク周りの整頓
世の中には2種類の人がいます。山積みにする人(山積み派)と、ファイリングする人(ファイル派)です。
以前の私は、山積み派でした。机の上に書類を積み上げては自分の仕事を物理的に「可視化」していましたが、ペーパーレス化により、後で検索できるように情報を整理・保管するファイル派に変わりました。デスクが片付いていると、山積みのやるべきことに気を取られることがなくなるので、考えがうまくまとまるようになりました。(まだまだファイル派としては不完全ですが、ゆっくり向上させています。それについては後ほど説明します。)
デスクを物理的に整理整頓するため、私は 1960年代の素敵な大きなアンティークの木製のトレイを未処理物入れとして置いておき、この中に書類、記入用紙、領収書、人からもらったもの、イベントで収集したものなど(紙だけではありません)を入れています。まだ置き場所が定まっていないものはすべて、いっぱいになるまでこのトレイに放り込み、後からすべてを片付けます。私の職場のデスクのスナップ写真の手前に写っているのがそのトレイです。
私は職場でファイルキャビネットを使用したり、紙の記録を保管したりしません(ただし、自宅には紙の記録を保管しています)。これについては人によって異なるかもしれませんが、ほとんどの大学は領収書や契約書の紙のコピーを必要とせず、それらを保管するための安全なデジタルインフラを提供しています。そのため、私の職場のトレイにあるすべての紙は最終的にデジタル化されて SharePointやTeamsにファイル保存し、紙そのものはリサイクルするかシュレッダーで処理しています。
完全なペーパーレス化には約10年かかりました。オーストラリア国立大学(ANU)で働き始めたとき、私は職場のプリンターに接続しないという最終ステップに踏み込み、画面上で読むように自分を追い込みました。
よく人は、すべてを画面上で見るのは無理だと言います。私もそれは理解していますし、私自身も最初は嫌でした。物理的に(紙に出力して)読むことの利点は数多くあります。私は紙の本を決して手放すつもりはありませんが、他の種類の学術的な読書に紙を使用する必要はありません。雑誌記事を印刷し、紛失したり誤ってファイリングしてしまったり、再度印刷したりするのは無駄が多く、非効率的です。
ほとんどの人は画面上で読むことに慣れることができます。また、コンピューターが内容を読み上げてくれるウェブサイトやツールもあります。紙の配布をなくしても以前ほど問題ではありません。
以前は授業のプリントや委員会用のファイルの印刷を人に頼んでいたので、私だけがほぼペーパーレスでした。しかし、パンデミックによるQRコードの復活は、ペーパーレスの夢の完全な実現につながりました。 GoogleドライブやDropboxなどのサービスには、ダウンロード用の素材を保管するための無料のオプションが用意されています。無料のQRコード作成ツール (QRコードジェネレーター)や、Canvaのような簡単にデザインができるオンラインツールもあります(Canvaには優れたデザインテンプレートもあります)。
私は、複数の関連リンクのURLを共有するために、1つのURL を提供するオプションとしてLinkTreeを気に入っています(ぜひ、ThesiswhispererのLinktreeをご覧になってください)。 LinkTreeは、SNSやブログ、ホームページなどの複数のリンクをまとめた一覧を作成できるサービスです。情報を提供したい人たちが携帯電話を持っていないのではと心配な場合には、LinkTree アカウントを作成しておくと良いでしょう。私のチームのほとんどはプレゼンテーションプラットフォームのMentimeterを使用しており、お互いの携帯電話でプレゼンテーションを表示したり、操作したりすることができるようにしています。
私が言いたいのは、「私たちにはテクノロジーがある」ということです。印刷物を完全になくしたいと思えば、なくせるのです。
ペーパーレス化を真剣に考えるなら、研究資料や読み物を保存する方法、そしてメモを取る方法について真剣に理解しておく必要があります(このことについて私はANUでクラス全体に教えています)。誰もが情報を管理するためのさまざまな戦略を必要としています。私は、個人知識管理(PKM : personal knowledge management)は個人に合わせたものである必要があると強く考えているので、自分に合ったシステムを構築することが不可欠です。これを行うための最良の方法は、他の人のシステムに興味を持つことです(私のデジタル読書システムについては、こちらのブログ記事をご覧ください)。
まずは、情報を処理するための数々の技術(テクノロジー)を書き出してみることで、個人知識管理の設計を始めることができます。これは私がクラスで行っている演習で、どこにギャップがあるかを理解するのに非常に役立ちます。始めるための大まかなスケッチ(下図)を見てください。
整頓されたコンピューター
机の上の書類の山が片付いたら、次はコンピューターの中です。コンピューターに保存した情報も整理するべきなのですが、つい最近までこれが本当に苦手でした。
最初にペーパーレス化を試みたとき、デジタルでファイルを作成するのに費やす時間を削減したかったので、非常に単純な構造にしておきました。仕事に関連するものはすべて「ANU」というフォルダーに入れておき、年に一度、すべてのファイルを年番号を付けたサブフォルダーに移動するという整理の仕方をしていました。同様に、プロジェクトファイルはプロジェクト名の付いたフォルダーに入れておき、その他のファイルはすべて「life things」という大きなフォルダーに入れておきました。必要なファイルを探す際には検索に頼っていたのです。
この一見整理されているように見えるファイリング手法はうまく機能しましたが、コンピューターの内部がまるで大きな洗濯かごであるかのように何でも放り込んでいたので、どんどん保存ファイルが増えていき、探すのがますます面倒になってきました。そこで参考にしたのが、昨年読んだデジタル・ファイルを整理するためのシステムであるTiago Forte (ティアゴ・フォーテ)の新しい著書『The PARA Method』です。この本には優れた整理方法が紹介されていますが、「こんまり®メソッド」と同様に、これに固執しすぎても長続きはしません。私は、厳密に従うのではなく、一般原則を緩く守るように努めています。
コンピューター内を整理整頓するという最小限の努力でも、大きな成果が得られたことがわかりました。洗濯かごと化したコンピューター内部に汚れた靴下ときれいな靴下が混在していることに気付いた場合は、ティアゴ・フォーテのシステムを見てみることをお勧めします。ポッドキャスト On The Reg の「Is productivity the new Veganism?(仮訳:生産性は新しいヴィーガニズムか?)」というエピソード(2023年9月収録)でティアゴのシステムについて話しているので、それも参考にしてみてください。
ちなみに、私は今でも、わざわざ電子メールをファイルする必要はないと思っています。領収書と嬉しいフィードバックを保存するためだけにフォルダーを作ってあります。実は、Outlook の使い方に関するクラスに参加して驚異的な検索スキルを身につけることができました。使い方を学ぶことは価値のある時間の投資であると断言できます。
整理整頓されたオフィス
私のオフィスの主な「混乱」の原因は本です。多くの学者や学術関係者と同じように、数えきれないほどの本を持っています。
去年の夏、私は姪のアビにお金を払って、蔵書をアルファベット順に整理してもらいました。彼女は素晴らしい仕事をしてくれたのですが、それでも私は必要な本を探し出すことができるようになりませんでした。アルファベット順に並べる整理方法は私にとってはうまくいかなかったのです。というのは、本の内容を覚えていても著者を忘れてしまったり、表紙だけは覚えているのに他のことを忘れてしまったりすることが多々あるからです。人間の脳はコンピューターではありません。私たちは物事を関係的に、また多くの場合は感覚によって記憶しています。それが、そもそも図書館(書籍などの記録媒体を整理したライブラリー)を生み出した理由です。
そこで私は図書館の整理方法にインスピレーションを求め、デューイ十進分類法を書斎の本棚に導入してみようと考え、「LibraryThing」を活用することを思いつきました。 LibraryThingは、読書の進捗状況やライブラリー全体の状況を把握する無料アプリですが、15 年ほど前に初めてこのアプリが登場したとき、夢中になって家にある本をすべてカタログ化しましたが、その後は忘れていました。なぜ仕事の本もカタログ化しなかったのかはわかりません。おそらく、その作業が労働時間内に収まりきらない大仕事になってしまうと思ったのだと思います。仕事関連の書籍の整理に自分の時間を費やしたくないのですが、そんなときの助けとなってくれるのが、最低賃金で喜んで働いてくれる姪です(アビ、ありがとう!)。
私は重要な情報を他人のサーバーに委託保存するのは好きではありませんが、LibraryThingを使った当時でも問題ないと判断しました。若干の改善余地はあるものの、夢のような機能を無料で提供してくれます。タイトル、著者、ISBN のすべて、または一部の情報を入力するだけで、LibraryThing が完全な記録を作成してくれます。入力後に、著者、タイトル、カバー(表紙で整理できるなんて気がきいているでしょう!)で分類・表示できますし、並べ替えることもできます。電子書籍も登録できるので、所有している全部の書籍とその詳細を完全に記録することが可能です。
さらに嬉しいのは、LibraryThing は魔法のようにデューイ 10 進分類を自動的に生成してくれるので、ラベルを作って各書籍に張り付けておけば、本棚の蔵書も図書館のように整理することができます。下の写真を見てください。それぞれの本にラベルを貼って、本棚に並べるのです。
私の書棚を整理するのに姪のアビが行った素晴らしい作業を私のインスタグラムに投稿すると、友人のChris Wallace(クリス・ウォレス)教授からアビに作業依頼がきました。クリスのオフィスでも5日近くかかりましたが、私のオフィスよりもレベルアップした整理ができたようです。一部を写真でお見せします。
こうした事例を見れば、自分の本棚を図書館並みに整えることが可能だと分かってもらえるでしょう。親族や知り合いの若者に長期休みの間のちょっとした小遣い稼ぎの機会を提供することもできます(蛇足ですが姪っ子のアビは、研究者が値札すらつけたままにしがちなことを面白がったり、イライラしたりしながらも、「たいした時間はかからないから、とにかくやってみなよ」と言っていました)。
片付けについてならいくらでも続けられますが、ここでやめておきます。みなさんも片づけを楽しんでください!