ResearchGate 170万本の閲覧制限から見える著作権問題
2017年11月、科学者・研究者向けのソーシャル・ネットワーク・サービス「ResearchGate」が、エルゼビアやワイリーといった複数の大手出版社の申立てに応じ、オンラインに掲載していた約170万本の論文へのアクセスを制限するという処置を講じた、と報じました。学術ジャーナルに掲載された論文を誰もが無料で見られるようにしようという、オープンアクセスへの追い風が強まる中で発表された今回の措置。ResearchGateに何があったのか。学術論文の著作権問題について考えます。
何が問題なのか?
ResearchGateは2008年にボストンで設立、現在はドイツのベルリンに本部を置く営利団体で、1400万人以上の会員を有する世界最大級の学術ソーシャルネットワークを運営しています。世界有数の金融機関ゴールドマン・サックス、医学研究支援などを目的とする公益信託団体ウェルカム・トラストをはじめとした団体や、ビル・ゲイツ個人による出資を受けていることでも知られています。
ResearchGateのサイトは科学者・研究者向けのFacebookとも呼ばれており、会員は論文や要約等をアップロードして共有したり、他の研究者をフォローして最新の研究成果を確認したりできます。近年、このようにネットワーク上に論文を公開して共有するオープンアクセス化が、急速に拡大しました。研究者らが、時間や費用をかけずに必要な論文を自由に入手できるようになることを切望し、それを可能とする技術が発展することで、オープンアクセス化が進んでいるのです。
しかし一方で、従来であれば学術ジャーナルを買わずには読めなかった論文を無料で入手できてしまうわけですから、発行元である出版社にとっては、経営の危機に立たされると言っても過言ではありません。こうして、出版社は所有する論文の著作権に対する問題(著作権侵害)を指摘。このような状況の中、ResearchGateは著作権侵害や責任ある共有を求める出版社連合(Coalition for Responsible Sharing: CRS)との協定違反を理由に、厳しい監視下に置かれることになったのです。
著作権侵害の申立て
2017年9月、国際STM(Scientific, Technical, Medical)出版社協会がResearchGateで増え続ける論文共有に懸念を示し、論文の公開/非公開を判定するシステムの導入を提案しましたが、ResearchGateはこれを受け入れませんでした。そこで、著作権を有する出版社は、ResearchGateに対して、著作権侵害に該当する論文の削除を求める通知を送付することにしました。大手出版社5社(ACS、Elsevier、Brill、Wiley、Wolters Kluwer)が設立した連合であるCRSは、10月初めからResearchGateに対して著作権侵害にあたる掲載論文の削除通知を送り、この求めに応じた形で、ResearchGateはサイトから該当論文の即時ダウンロードをできないようにしたのです。
CRSによれば、同サイト上では、出版社が著作権を有する論文約700万本が自由に閲覧できる状態で公開されていたということです。2017年10月、CRSに参加している米国化学会(ACS)とエルゼビアはついに、ResearchGateに掲載されている論文の著作権の正当性を明らかにするため、ドイツの地方裁判所に訴訟を起こしました。裁判の結果によって、ResearchGateはオンライン上の掲載論文を削除するか、損害賠償を支払うことになるでしょう。
著作権侵害が浮き彫りにしたのは――
ResearchGateが、少なくとも170万本の著作権侵害に該当する論文へのアクセスを制限したことにより、研究者達は論文をオンラインから自由に入手することができなくなりました。これはつまり、著者に論文の提供を直接求める必要に迫られるということです。論文を提供するかしないかは、著者自身の責任で判断されることとなるのです。
CRSの広告担当者であるJames Milne氏は、ResearchGateが200万本近くの論文へのアクセスを制限したことは前向きな一歩であるとしつつ、それでもなお、研究者以外からのアクセスを防ぐには十分ではないと述べています。今後は、ReserachGate以外の他のプラットフォームにおいても、論文共有に対するセキュリティ対策が強化されるかもしれません。実際、今までもオープンアクセスにおける著作権侵害は問題視されてきました。エルゼビアは、2013年に論文共用サイト「Academia.edu」に対し、2800通の掲載論文削除通知を送りつけています。また、ACSとともに海賊版論文サイト「Sci-Hub」を提訴することも行いました。
オンラインアクセスにおける著作権侵害の問題から明らかになってきたのは、学術出版業界における論文の適正な使用許可契約の欠如です。これまでは学術ジャーナルが論文の発表場所としての地位を確立してきましたが、オープンアクセスの台頭により、ビジネスモデルそのものを考え直さざるをえない状況です。出版社は近い将来、出版社と著者(研究者)双方の公平性を保ちつつ、論文購読料の確保とオープンアクセスの推進という相反する課題への対策を両立させる必要がありそうです。
オープンアクセスに向けた新しい試み
学術出版社がこれからの論文発表のあり方を模索する中、オープンアクセスの流れは止まりません。新たな動きをいくつか紹介しましょう。まずは「Free the Science」という試みです。これは、非営利団体である電気化学会が、長期的なビジョンに則って、学術研究の情報交換に斬新な変化をもたらそうとするものです。その他に、アムステルダム大学の歴史学者Guy Geltner教授が率いる非営利の学術ネットワークであるScholarlyHubも知られています。こちらは研究者が自身の手で構築したプラットフォームに論文を掲載するという仕組みになっています。
このように、オープンアクセスにおける著作権問題は存在するものの、学術研究の情報交換を促進しようとする新しい試みも広がりつつあります。CRSの見解に賛同する研究者もいれば、オープンアクセスを歓迎する研究者もいます。今後、どう変化していくのか。少なくとも学術出版社は、大きな転機を迎えていると言えるでしょう。
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