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ディエゴ・ゴメスの悲劇―著作権と学術発展の狭間で

著作権法とは「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」(著作権法第一章 総則、第一節 通則、第一条 目的より)として制定された法律です。内容は概ね多くの国で同じで、著作物および著作者の権利を守っています。

著作権の保護は著者および出版社にとって重要ですが、研究者の間では科学の発展への貢献ならびに後続の育成のために、データや研究論文を含めた情報の共有化が図られています。そんな中、コロンビアで「論文をインターネットに共有したことで投獄」という訴訟問題が起きたのです。

■ コロンビアの大学生に起きた悲劇

コロンビアの大学院生(生物学部)のディエゴ・ゴメス(Diego Gomez)は、論文を「共有」したことにより、投獄されるかもしれない事態に陥りました。両生類(カエル)の生態学の研究を行っていたゴメスは、ある科学者の論文が保全生物学の研究に有用だと考え、インターネット上で文書を共有するサービスScribdにアップロードしたところ、2013年、論文の著者に著作権違反で訴えられていたことを知りました。有罪判決が出た場合、8年間の禁固刑と罰金が課せられるという裁判の始まりです。

コロンビアには学術情報を共有するシステムがないため、ゴメス自身、論文へのアクセスが難しいことを痛感しており、他の研究者にも情報を共有したいという思いからの行動でした。コロンビアには著者の権利に関する例外や出訴期限はあるものの、デジタル化に対応したものにはなっていませんでした。

悪意の有無と経済的損失が証明されれば、著作権侵害と判断されかねません。ゴメスの目的は学術情報の共有であったため悪意があったとは考えづらく、またゴメスが問題の論文をウェブに掲載した時点では無料ダウンロードが可能でしたが、後になってサービスが有料になっているのに気づき、掲載を取り下げているので、経済的利益を得ているとも思えません。

論文のオープンアクセスを推奨する研究者は増加しており、ゴメスの情報共有は犯罪ではないと見なす人が多いと考えられます。実際、コロンビアの人権団体であるKarisma財団と電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation: EFF)やクリエイティブ・コモンズ(Creative Commons)は、ゴメスを擁護しています。EEFは、教育、イノベーション、世界の科学の発展のためにオープンアクセスは必須との前提に立ち、著作権法は知識と文化を広げる情報へのアクセスを促進するべきものであるため、そのような動きを阻害する状況にある国は法を改定すべきである、と述べています。

■ 研究の促進か、著作権の侵害か

ゴメスの著作権侵害のケースは、科学界でデータを共有する必要性と著作権侵害を防ぐ必要性との狭間で起きた出来事と言えます。研究論文の利用を促進するサービスであるKudosの最近の調査によれば、調査回答者の57%が、著作権の縛りがあるにもかかわらず、学術共同ネットワークであるSCN(Scholarly Collaboration Network)*1に研究成果を掲載し、66%がこのような研究者のためのネットワークを利用していると答えています。同時に、83%が出版社あるいはジャーナルの著作権法を順守し、方針に従うべきだと考えていることも示されました。このような研究者の要望に応じて、研究者が合法的に研究論文を共有できるようにしている出版社もあります。

ゴメスのケースは、論文を共有したことで刑務所送りになるとは考えづらいことから注目されましたが、この訴訟により、世界中で情報共有をできるようになった時代における著作権のあり方と、学術情報の共有による研究の促進という、相反する二つの問題が浮き彫りとなりました。科学者が研究を進める上でデータの共有は不可欠とされる一方、著作権法を順守することももちろん重要です。従来の紙媒体を念頭に商業的な視点から書かれている著作権は、現代の研究者が置かれている状況にマッチしづらくなっているのです。

*1 SCNs (Scholarly Collaboration Network)
Academia.edu,ResearchGate,Mendeleyなどの登録制の研究者向けネットワークサービスで使用されるプラットフォーム。世界の学術商業出版社で組織されるSTM協会が、SCNsでの論文共有における自主的な原則案「Voluntary principles for article sharing on scholarly collaboration networks」をまとめている。日本語でも「学術共同ネットワーク(Scholarly Collaboration Networks)における論文共有に関する自主的原則(2015年6月8日改訂)」が公開されている。

■ 求められる研究倫理

4年にわたる審査の結果、2017年5月24日、ディエゴ・ゴメスに無罪判決が言い渡されました。しかし検察官はこの判決に対して上告しており、すべて解決とは言えないようです。ゴメス本人は「この訴訟は、国にとって非常に重要な判例です。便益を得るためではなく、純粋な学術目的で情報を共有するための前例となるでしょう」と発言しており、今回の判決が学術界におけるスタンダードとなるのか、今後も注視されます。

研究者同士がオンライン上で論文を共有することで、出版社は購読料の減少という厳しい現実に直面するかもしれません。しかし多くの研究者は、情報がネットワーク上で共有されることが望ましいと考えています。ゴメスの訴訟に際し、「学術出版は国際的にオープンアクセス化されるべきだ」との支援メッセージが多く発せられたことからも、研究者が求める方向は明らかです。

インターネットの爆発的な普及により、著作権の適用範囲は見直されるようになってきています。日本では著作権法改正案が2014年4月に成立し、「電子出版権」が創設されました(2015年1月1日施行)。これにより、出版社は著者に代わって海賊版を差し止める請求ができるようになりましたが、デジタル化のあまりのスピードに、法律は後から付いていくのが精いっぱいです。
情報の即時的な共有が学術と文化の発展に寄与する半面、著作権問題に加えて、デジタルであるがゆえに可能になった盗用や剽窃など、研究倫理も新たに問われる時代になりました。研究者側の注意と対策も必要となっています。


<参考記事>
Electronic Frontier Foundation: Colombian Student Faces Prison Charges for Sharing an Academic Article Online
STAT: For sharing a scientific paper, a young researcher faces jail time
Newsweek: COLOMBIAN STUDENT FACING PRISON FOR SHARING RESEARCH PAPER ONLINE

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