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過去最大の論文撤回が発生

投稿された研究論文に不正が発覚した場合など、すでに発表された論文であっても撤回されることがありますが、研究不正の撲滅に向けた取り組みが強化されるのに伴い、撤回される件数も増えてきました。そして、従来の事例を大きく上回る極めて大規模な論文撤回が発生しました。一体何が起きたのでしょう。

JFASにおける大規模撤回

査読付きオープンアクセス学術雑誌(ジャーナル)のJournal of Fundamental and Applied Science (JFAS)で、434本の論文が撤回されたのです。このジャーナルは、アルジェリアのエル・ウェッド大学(El-Oued University)科学技術学部が発行しているものです。

これまでの大規模撤回としては、シュプリンガー社が、2017年にがん研究を扱うオープンアクセスジャーナルTumor Biologyに掲載された107本の論文を、査読プロセスに不正が認められたことを理由に撤回した事例や、2016年に同誌で25本の論文が撤回された事例があります。(シュプリンガー社とTumor Biologyの契約は終了となり、現在はSAGE社が出版している。)2017年当時の107本は、ひとつのジャーナルが撤回した論文の数としては史上最多でしたが、今回の事例の434本は記録を大きく上回り過去最大となっています。

学術論文の撤回・訂正などを報告・分析する学術情報サイト「Retraction Watch」に今回の大規模撤回の経緯が記されています。2018年6月に引用文献データベース Web of Science(以下WOS)を提供するクラリベイト・アナリティクス社が、JFASは品質基準を満たしていないとして掲載誌リストから削除したことがきっかけでした。3号にわたり掲載されていた434本の論文は、チェコのUniversal Society for Applied Research(USAR)が自ら主催したICCMIT2018(International Conference on Communication, Management and Information Technology:通信、マネージメント、情報技術に関する国際会議)に寄せられた論文を、JFASにまとめて寄稿したものでした。ジャーナル発刊後、すべての論文がWOSから閲覧できるようになっていたわけですが、JFASがWOSの掲載リストから外されたため、USARが著者との契約に基づき、WOSで公開されている他のジャーナルへの再投稿をするため、論文の一斉撤回をJFASの編集部に求めたのです。

Web of Scienceとジャーナルと研究者の関係

Web of Science (WOS)は学術文献・引用索引データベースとして最有力なもののひとつであり、被引用件数やインパクト・ファクターなど、論文の評価にかかわる指標も提供しています。学術関係者の多くは、研究者の採用や昇格における参考データとして、同サービスの提供する指標を重視しています。そのため、研究者にとっては自分の論文を投稿するジャーナルがWOSに掲載されていることが、ジャーナル選択における重要事項となっており、それは自分の研究者としてのキャリアにおいても大切なことなのです。2018年に、がん分子標的治療領域の医学雑誌OncotargetがWOSの掲載リストから外れたときにも、同誌に論文を発表した研究者から当惑と失望の声が上がり、研究者に対する影響が懸念されました。それだけに、今回の大量撤回に理解を示す人もいるようです。

大量撤回の影響

しかし、学術界は、論文検索データベースの掲載リストから投稿先のジャーナルが外されるという事態にどう対処すべきかについて模索している段階であり、最良の解決策はまだ見えていません。もちろん、論文検索データベースに掲載されないジャーナルの評価は下がると予想され、評価の低いジャーナルに論文を発表することは、研究者の評価にマイナスの影響を与える可能性が否めません。それでも、今回USARが取ったような、他誌への転載を目的とした公開後の論文の大量撤回は正しいと言い切れるでしょうか?本来の論文撤回の主な原因は、研究不正です。そのため、まったく理由を知らずに大量撤回と聞くと、査読プロセスの不正か、あるいは再現性の問題によるものか――など、前向きな理由は頭に浮かばず、ネガティブな印象です。日本でも、悪質な研究不正や捏造で論文が撤回され、世間の耳目を集めた事例は少なくありません。大量撤回は科学に対する信頼を揺るがすことに繋がりかねないのです。

撤回件数の増加は脅威となるか

撤回論文数の増加は、学術界が自らを律し、科学研究の質的向上に向けた努力の結果だという意見もあります。近年、Retraction Watchなどにより、論文撤回データベースが立ち上げられてきたのも、そうした努力の表れでしょう。ある調査によると、論文撤回数の増加は、ジャーナル発行数と発表論文数の増加に比例しているとのことです。最近では、あるジャーナルで撤回された論文が他のジャーナルで発表に至る可能性も広がっています。論文撤回については、冷静かつ客観的に見ていくべきなのでしょう。


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