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ポータブル査読(査読結果の転送)の試みは進んだか

論文の出版が研究者にとって重要であることは言うまでもありません。研究者が投稿する論文のほとんどは、査読を経て出版されることになります。査読者は、提出された論文を批判的に読み、学術雑誌(ジャーナル)に掲載するか不掲載とするべきかの意見を編集委員に提出します。その過程で、補強すべき点を執筆者に指摘することもあります。査読が行われていない論文は、研究の信頼性や発想に疑念を持たれかねないため、査読の意義は大きいのです。しかし、査読を行うには多大な労力と時間がかかり、平均的に約80日かかるとも言われています。少しでも早く研究成果を発表しようと競いあっている執筆者にとっては長い待ち時間であるとともに、新しい発見・発明が世の中に出るのを遅らせる要因ともなっていると指摘されています。また、増え続ける研究論文数に対して、従来の査読制度では対応が追いつかないということも問題となっています。そのため、査読制度そのものを見直そうとする動きが起こっており、そのひとつが「ポータブル査読」です。

ポータブル査読とは

査読結果を転送する ポータブル査読 という取り組みが、徐々に普及し始めています。ポータブル査読とは、論文を受け付けたジャーナルが、査読後に不掲載と判定した場合、該当論文を他のジャーナルに査読結果を付けて転送し、出版につなげる仕組みです。ポータブル査読と似たものに「カスケード査読」と呼ばれるものがありますが、カスケード査読が同じ出版社が発行するジャーナルまたはインパクト・ファクターの低いジャーナルへの転送が行われるのに対し、ポータブル査読は出版社の枠を超えて他社のジャーナルへの転送も可能にする取り組みです。

査読コンソーシアムの登場

ポータブル査読の実現には、複数の出版社の協力が不可欠です。そこで、2007年に神経科学分野のジャーナルの出版社が集まってNPRC(Neuroscience Peer Review Consortium)というコンソーシアムを立ち上げました。あるジャーナルに提出した論文が、紙面上の制約や、そのジャーナルには向かないなどの理由で不掲載になったとしても、執筆者がコンソーシアムに登録された他のジャーナルでの発表を希望する場合、その論文は査読結果と共に転送されます。論文を受け取ったジャーナルは、改めて査読をし直す時間と手間を短縮することができます。論文が出版される可能性を高めるという点では執筆者にとっても嬉しい仕組みです。このコンソーシアムには、神経科学分野の学術ジャーナル出版社なら無料で参加することができ、現在では60誌以上のジャーナルが登録されています。査読結果の転送は、執筆者がコンソーシアム参加者に直接依頼することで開始されます。コンソーシアムは情報交換のサイトは提供していますが、斡旋や転送の条件などの折衝には関与しません。NPRCが開始されて10年ほどたち、査読制度の効率を改善する試みは広がりつつあります。

分野を超えた査読コンソーシアムの結成とBMC Biologyの方針

2013年、分野を超えた4組織(eLife,BMC,PLOS, EMBO)が査読コンソーシアムを結成しました。PLOSとEMBO、eLifeが出版するジャーナルおよびBMC Biologyで査読結果の転送ができるだけでなく、生物学のオープンアクセスジャーナルBiology Openも参加することになりました。BMC(BioMed Central)は生物医学分野のオープンアクセス出版社で、約300誌の学術ジャーナルを出版しています。代表格であるジャーナルBMC Biologyは、先述のNPRCにも登録されていますが、査読のさらなる効率化を目指し、2018年末にポータブル査読への取り組み方針を発表しました。要点は次の3つです。

  • BMC傘下の他のジャーナルへの紹介

BMC Biologyで不掲載と判断された論文について、同ジャーナルの編集者は別の発表先候補をBMCの他のジャーナルの中から選定し、執筆者に提案する。転送処理の間の時間を利用して、執筆者は論文を改定することもできる。移管手続きに関しては、「トランスファー・デスク」が執筆者を支援する。

  • BMC傘下以外のジャーナルへの転送

執筆者がBMCおよびシュプリンガー・ネイチャー傘下のジャーナルへの転送を希望しない場合は、NPRCの登録ジャーナルから転送先を選ぶこともできる。この場合においても、執筆者の要望に応じて査読結果と査読者の情報(ただし査読者の了承が必要)が転送先のジャーナルに引き継がれる。

  • 査読結果の受け入れ

BMCおよびシュプリンガー・ネイチャー傘下以外のジャーナルの査読結果に基づき、論文をBMC Biologyに掲載することを検討する。外部の査読結果を受け入れるに当たっては、論文がBMC Biologyに適したものであることを前提に、査読者の情報およびすべての査読結果を入手することを必要としている。

査読結果を転送することに加えて、査読者の情報の共有を方針に含めているのはBMC Biologyが初めてです。BMC Biologyで不掲載とした論文を他のジャーナルで出版するために、従来の取り組み以上に積極的に後押しする姿勢を明確にしていると言えるでしょう。

ポータブル査読は、出版社の枠を超えて論文の転送を可能にすることで、内容自体の不備ではなく投稿論文とジャーナルの方向性の不一致などにより不掲載となって埋もれていく論文を出版するチャンスを拡げることにつながり、また査読に要する期間と労力を大幅に削減するという効率化も図れます。となれば、査読者にとっても、執筆者にとっても、さらに出版業会全体にも改善と言えるでしょう。今後、このような試みがどのように普及していくか、注目されます。


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