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撤回された論文のデータベース公開

1年間に何本ぐらいの論文が学術雑誌(ジャーナル)から撤回されていると思いますか?なんとその数は年500~600本にもおよび、しかも、過去数十年の撤回数は確実に増えているというのですから驚きです。撤回の理由は研究不正や意図していないミスなどさまざまですが、不正と判断される多くは、データの捏造・偽造・盗用に起因しています。しかし、論文が撤回された場合、なぜ撤回となったのか明確な理由が分からないままということも多々あります。そこで、この状況を打開すべく、2018年10月末、論文撤回を監視するサイト「Retraction Watch」が18,000本の撤回論文のデータベースをオンラインに公開し、 撤回論文 の閲覧および検証を行うことを可能としたのです。

論文撤回の判断とその後の処置

多くの出版社は論文撤回規定を設けており、学術雑誌の編集委員はその規定に従って、どの論文を出版するかを決定します。倫理規範に反することが指摘されたことに対し、該当論文の著者全員が撤回に同意すれば問題ありませんが、著者のひとりでも同意しない場合には編集委員が撤回するかの最終判断を行います。学術出版規範委員会(Committee on Publication Ethics : COPE)による論文撤回ガイドラインには、編集者は著者の同意なく論文を撤回できると記されています。論文が撤回となると、印刷誌では撤回されたことを伝える注釈が次の号に掲載されるなどの処置が取られますが、オンラインでは、文章の上に「撤回 (Retracted)」の透かしが表示されることはあっても削除されないなど、出版社や公開媒体によって対応が異なるようです。そのため、どの論文が撤回されたのか気づかないまま引用してしまうことが起こっていました。そこに登場したのが、撤回論文のデータベースなのです。

Retraction Watchと撤回論文データベース

2人の科学ジャーナリスト、アイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)とアダム・マーカス(Adam Marcus)が始めたRetraction Watchは、学術雑誌に掲載された後に撤回された論文について報告・分析するだけでなく、学術界の問題点への鋭い指摘を投げかけているブログです。

そのRetraction Watchが公開した撤回論文データベースは、論文の著者・国・学術雑誌などさまざまな指標で撤回論文を検索できるので、撤回された原因を探ることも可能です。このデータベースによれば、1970年代以降に撤回された論文の数は18,000本を越え、2000年以前には年100本以下だった撤回数が、2014年には約1,000本に増えています。この数だけ見ると増加傾向は明らかですが、撤回される論文は1万本に4本程度と、割合はあまり変わっていないようです。実際、2003年から2016年の間に、1年間に発表される論文の数は、倍以上に増えているので、相対的に撤回論文数も増えていると言えます。とはいえ、著者も学術出版社の編集者も安易には論文を撤回しないことを考えれば、撤回数の増加は軽視できない問題でしょう。学術雑誌Scienceの記事は、論文の投稿から審査・公開までのプロセスが改善されてきたことも、撤回数が多くなった一因と示唆しています。

また、Retraction Watchは、撤回論文の中から2018年10月時点で閲覧数の高かった論文をリストする“Top 10 most highly cited retracted papers(閲覧回数の高い撤回論文Top10)”の公開という取り組みも行っています。撤回されたと知らずに論文を閲覧していた経験を有する人もいると思いますが、事実、このリストの中には撤回された後に引用回数が増えた論文もあるとRetraction Watchは述べています。

このデータベースはどのように役立つのか

一般的に言って、研究不正の調査には時間がかかる上、透明性が確保されるとは言いがたいこともあります。一例をあげると、別記事でもとりあげたコーネル大学のブライアン・ワンシンク(Brian Wansink)博士の論文は、米国医師会雑誌(the Journal of American Medical Association : JAMA)から結果の信頼性が低いことを理由に撤回されましたが、不正内容の詳細は公開されませんでした。論文が撤回されたこと自体が明示されないこともあるので、撤回された後でも引用されてしまうことがあるのです。

撤回を承知した上での引用は問題ないのですが、撤回を知らずに該当論文を引用してしまうのは問題です。引用したい論文が撤回されていないことを確認するため、また、撤回されていたとすれば、なぜ撤回されたのか理由を探るため、この2つの目的のためにデータベースは役立つのです。さらに、撤回された論文を閲覧することができれば、疑わしいデータや操作された画像を把握することも可能です。何が問題なのかを確認することからさらに踏み込んで、公開された研究の完全性を確認することもできるでしょう。このように、撤回論文データベースは、研究者にとって非常に有用であり、結果として研究の透明性の向上につながることが期待されます。

撤回論文が増えている背景には…

研究者は自分の論文が倫理ガイドラインに準じているか注意しつつ研究を進め、その結果を記した論文を投稿します。一方の学術出版社の編集委員は、良質な研究論文を公開することにおいて重要な責任を担っており、査読システムを通して信頼のおける研究論文を出版するための努力を重ねています。信頼性の低い研究、不正の疑われる研究、既に公開されたデータの利用、倫理不正などについて明確な証拠が得られ、厳格な対応が必要と判断した場合には論文を撤回するわけですが、故意による不正、盗用や重複発表(二重投稿)は増加傾向にあるようです。論文発表へのプレッシャーや、研究資金の獲得競争、研究者としての生き残りレースといった研究者を悩ませている人為的な問題が、不正増加を後押ししているとも言われています。一方で、剽窃・盗用を検出するソフトの利用が不正の発覚増の一因となっているとも考えられます。ソフトが以前は見過ごしていた不正をも発見するからです。また、撤回理由の中には、「誠実な誤り(honest error)」も含まれますが、この点については、英語を第一言語としない国からの投稿が増えていることが一因と言えるかもしれません。前述のScienceの記事にもあったように、投稿論文数が増えたために相対的に撤回数が増えているのも確かなのです。

研究者や大学教育機関、および学術出版社の努力に加え、科学コミュニティも科学研究の透明性と公正性を促進するために、たとえば「Center for Scientific Integrity」などを設置し、指導やトレーニングを行うなど、研究不正を防ぐための取り組みを進めています。このような状況において、論文撤回データベースは、撤回論文についての最新情報を提供するだけでなく、論文の信頼性に対する懸念を表明するプラットフォームとして利用され続け、その重要性を高めていくことでしょう。


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