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研究室の主宰者(PI)への道

Principal Investigator(PI)は、研究室の主宰者、研究室代表、研究責任者とも呼ばれますが、独立した研究室を持ち、研究の実施から研究室(または研究グループ)の予算管理までを担う責任者のことです。多くの研究者がPIを目指して日々研究に励んでいますが、終身雇用にもつながる可能性のあるPIとなるのに必要なのはどのような行動でしょうか。
あるポスドク(博士研究員)のAさんの経験談から見てみましょう。

PIへの道のりは長く……

AさんはPIになって自分の研究室を率いて研究プロジェクトに取り組むことを夢見ていました。PIになれば、自分の研究を率い、その分野で名を馳せることもできると思ったのです。Aさんは、テニュアトラック*に乗って職位をつかむべく、ポスドクとして3か所で勤務し、何年もキャリアアップにつながると思われた仕事に従事してきました。しかし、それでもPIに手が届かず、失望とともに将来への不安を感じています。しかも周囲を見まわすと同じような状況にいる研究者がたくさんおり、なかなかテニュアトラック制度になる望みがかなわず、ポスドク職を渡り歩いています。

一般的なアドバイス

なぜPIになるのが難しいのでしょうか。研究者が能力不足なのではなく、競争率が高すぎるのです。Aさんはテニュアトラックに乗るために必要なアドバイスを聞いてみましたが、耳に入ってきたのは予想した通り、ポスドクがよく聞く一般的な内容でした。
1. 人脈を作る:自分の研究分野のできるだけ多くの人と話し、そして協力しあう。
2. 論文を発表する:研究に励み、実験を行い、データを集め、論文を執筆・発表する。

本当に役立つアドバイス

もっと有用な情報を得るため、Aさんはできるだけ多くのPIから直接話しを聞いて、その結果を自分なりに分析し、PIになるためにすべきことをまとめてみました。その結果分かったことは、熱心に研究して論文発表や学会発表をし、学生を指導するだけでは十分ではないということです。研究者としての根本的な活動に加え、早い時期からPIであるかのような動き方をする必要があるのです。Aさんは優秀な研究者です。研究室で長時間実験を行い、データを収集し、PIに進捗と課題を適宜報告していました。しかし、その状況から一歩も踏み出すことはなく、研究助手のような働きに終始してきてしまいました。いきなり新しい研究室に入って、そこで主導権を取れとAさんに言うつもりはありませんが、Aさんは自分の研究プロジェクト(そして自分の経歴)にもっと主体的に取り組むべきでした。そのことも踏まえたアドバイスが以下になります。

  1. 着実に研究を進め論拠を固める:科学者として当然、自分の仮説を立証する証拠が、しかも多くの証拠が求められます。データの批判的な解析も必要ですが、そればかりに偏ってもいけません。一定の結論を示すデータがあり、それを支える統計が得られたら、発表すべきです。確かな論拠をもとに、着実に研究を進めるのです。
  2. 主体的に取り組む:PIの研究助手の立場に甘んじていてはいけません。自分の研究では主体性を発揮すべきです。他者からの問いかけを待つのではなく、また安易にPIに回答を求めるのではなく、自問自答しながら研究を進めるようにします。自分で自由にできる研究資材などがなければ判断が難しいとはいえ、あらゆる物事についてPIの判断や指導を仰ぐのではなく、自分で考えることが大切です。PIになったら、指導者の助けなしに、研究プロジェクトを管理していくことが求められるわけですから、それを念頭に主体的に研究に取り組むよう心がけます。
  3. PIとなることを意識する:自分のPIを管理監督者と捉えるのでなく、自分がPIとなることを意識し、将来の同僚と思って関係を作っていくと良いでしょう。
  4. 自分に自信を持つ:PIが常に正しいとは限りません。研究の方向性については自分の直観を信じ、自信を持つことも必要です。
  5. スケジュールを管理する:納期を守ります。研究資金の提供者は進捗報告や成果発表がスケジュール通り実行されることを求めています。いつも提出延期や支援金の増額が許されるわけではありません。
  6. 事前に対策を練る:将来の計画を立てます。ポスドクになる時点で、ポスドクの後、何をするのか、そのためにどんなステップを辿るべきかを考えておきます。
  7. 論文を発表する:論文を発表することで、研究プロジェクトが完了し、そのために費やした時間と研究費に意味があったことを示します。
  8. 失敗から学ぶ:科学者であればうまくいかない実験もあります。研究者にとって粘り強さは強みとなります。失敗により、それまでとは異なるもっと有意義な何かを見出すことができる場合も少なくありません。研究者のキャリアにおいても同じことが言えます。

この先どうするべきか

Aさんは、これまでの自分のキャリアパスを振り返ってみて、大いに落ち込みました。しかし、前述のアドバイスを見て、前向きに進む決心をしました。選択肢は、もう一度やり直すのか、研究経験と自分の適性を活かして他の道を探すかです。どんなチャンスに出会えるのかはわかりませんが、Aさんは、この先どうするのであれ、上のアドバイスを念頭において進んで行こうと考えたようです。ポスドクのポストを探すとともに、別の道も検討しながら、そのために求められるスキルを確認して足りないところを補っていくことでしょう。

研究環境やテニュアトラック制度の定着度合いによって違いがあるとはいえ、PIになることは容易ではありません。今も多くの研究者が、安定した地位につき、腰を落ち着けて研究に打ち込むためにPIを目指しています。限られた研究者のポストをめぐる過剰な競争など、研究者をとりまく問題が少しでも早く改善されることを祈るばかりです。

*テニュアトラック制度とは、教授などの大学の終身雇用職位に向けて経験を積むことができるような仕組みであり、米国とカナダなどの多くの大学が導入しています。テニュアトラックでは、段階的な職位ごとに定められた任期を務めると、レビューを受け、該当職務に対する貢献度を評価されます。自立した研究環境で実績を積ませ、適格であれば終身雇用の専任職に採用することで、雇用の安定性を確保しようとする試みです。日本では文部科学省が普及を行っていますが、まだまだ課題も残っています。


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