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悩ましい進路-ポスドクか就職か

博士号の取得者にとって、学術研究を追求する研究者としてのキャリアを選ぶか、一般的な企業への就職を選ぶか――進路は悩ましい問題です。今回は、進路の悩みを巡って、考えるべき点を洗い出してみます。

ポスドクが直面する現実

博士課程終了後、その延長でポスドクになることを選択肢と考える人もいるでしょう。しかし、誰もがポスドクになれるわけでも、ポスドクになれば安泰というわけでもありません。ポスドクとは、博士号取得後に任期制の職に就いている研究者ですが、大学や研究機関によって契約内容や将来性はさまざまです。ポスドク自体を不要とする分野もあり、ポスドクの枠自体が減少するに伴い、椅子取り争いは激しくなっています。さらに、研究資金の制約が主な原因で、多くの大学はポスドクの在籍期間に上限を設け始めています。任期付である以上、業績があげられなければ任期切れとともに雇い止めとなることも予想され、次の仕事が見つかる保証もありません。先の見えない不安定な身分で研究を続けなければならないのです。その上、かつてはポスドク経験者のほとんどが研究職に就くことができましたが、最近では事情が変わり、ポスドクの任期を終えてからの職探しに苦労する人が増えています。

日本では、科学技術の振興を目指した国の方針に基づき、1996年から2000年にかけて押し進められた「ポスドク1万人計画」を受け、大学や大学院が大幅に定員を増やしたのに伴い、博士課程に進む人が急増したことがあります。しかし、博士課程修了者の受け入れ先ポストは増えなかったため、多くの博士課程修了者が就職できない事態に陥ってしまいました。こうした背景は、博士号取得者および博士課程への進学にも影響を及ぼしたと見られ、文科省の研究グループが2019年4月に発表した資料によると、2013年度の日本の博士号取得者数は100万人当たり121人と、他国と比較して少なく、博士課程への入学者は2003年をピークに減少傾向となっています。

日本以外ではポスドクは終身ポスト獲得に有利

ポスドクが任期付きではない正規の研究職または教職に就くまでの準備(トレーニング)期間との考えが定着している欧米では、事情が異なります。米国では、ポスドクの多くが学術機関での職を得ており、その率は少なくとも75%に達している(2013年)とされています。現在“tenure track(テニュアトラック)” ポジションにいる、あるいはすでにテニュアを取っている研究者への聞き取りを行ったところ、回答者の70%が現在のポストを獲得するためにはポスドクとして経験を積むことが「必要だった」か「経験していることが望ましい」と答えています。このテニュアトラック制度とは、一定の任期中に行われる厳しい審査に合格すれば雇用保障(終身雇用)が与えられる制度であり、米国ではテニュアトラック制度が学問の自由を保障する制度と位置づけられています。研究者としてのキャリアパスが整備されていれば、ポスドクの期間中に、研究を深め、論文を発表し、人脈を作ることにも余裕が持てます。これらの経験すべてが将来のキャリアにつながるのです。

日本でも、文科省が「テニュアトラック普及・定着事業」を進めており、終身雇用への道を開く制度と期待されていますが、ポスドクの雇用環境問題の改善にはまだまだ課題が多そうです。

研究職に残るか、学外に就職するか

文科省の科学技術・学術政策研究所の「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査(2015年度実績)」によると、ポスドクを継続して国内の大学や研究機関で研究活動に従事していたのは11,118人(69.9%)、教員などに職種変更したのは4,536人(28.5%)でした。この調査からは、2015 年度におけるポストドクター等の延べ人数は 15,910 人、前回調査(2012 年度、16,170 人)から微減の傾向にあることも見て取れます。

ポスドクを継続し、研究者への道を歩むのも一つの選択ですが、研究職を続けるよりも民間企業などで専門性を生かしつつ働くことが向いている人もいるでしょう。仕事に関する情報を集め、学術界から出るという選択をすることも重要です。最近では、民間企業への就職・転職に向け、研究の専門性のマッチングを手伝ってくれるサービスも多々あります。研究職の椅子を巡る競争に疲れたら、大学の外に目を向けてみると自分のキャリアを評価してくれる企業や研究機関が見つかるかもしれません。

また、収入の面でも民間企業などに就職したほうが、よい条件を得られることがあります。文科省が2007~2008年に約1,000人のポスドクを対象に行ったアンケート調査をまとめた「ポストドクター等の研究活動及び生活実態に関する分析」によれば、当時のポスドクの任期は平均で2.7年。平均月給は約306,000円と記されています。この雇用条件については半数程度が満足しているとしつつ、分野によって金額に開きがあり、40%程度が不満を抱いていたことも記されていました。最近の給与額などに関する公式発表は見当たりませんでしたが、給与だけでなく労働環境や保険などの社会保障も含めて検討することをお勧めします。

残念ながら、最近の研究費の削減なども鑑みれば、大学や研究機関のポストが増加する見込みは薄いと言わざるを得ません。一方の民間企業の中には、ポスドクに限った採用枠を設けるなど、徐々に雇用を増やす動きも出てきています。研究職に拘らず、別の職にも検討を広げてみるとよいでしょう。ただし、民間企業への転職は、年齢が高くなると難しくなります。キャリアの分かれ目は35歳という話もありますので、転職のタイミングには注意してください。

ポスドクとなって研究職を続けるか、民間企業への就職に踏み切るか。いずれの選択をするにせよ、決断したら時間と労力を割いて取り組むことになります。思い通りにいかないときもあるでしょうが、それを乗り越えていかねばなりません。自分が本当に望んでいる生き方とはなにかを見据えた上で、進路を決めていくことが必要でしょう。


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