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科学技術基本法の改正で変わること

国会での審議なんて学術研究には関係ないよ……と言われるかもしれませんが、今国会は要注意です。というのは、今国会に科学技術基本法の改正案が提出されると見越されているからです。はたしてどのような「改定」が検討されているのか、近年の日本の科学研究の危機的状況を解消することにつながるのか。改定で変わることを見てみます。

1995年に議員立法で成立した科学技術基本法は、日本の科学技術・イノベーション(技術革新)創出の振興を目的として設定されたものです。科学技術の振興に関する施策を計画的に推進するため、基本計画(科学技術基本計画)、研究推進のための総合的な方針、研究設備・環境の整備および研究者の育成などに関する定めを示しています。1996年から5年ごとに策定するよう定められていますが、近年は特に時代にそぐわない課題がいろいろ出てきているので、それらを踏まえた改正法案を2020年の通常国会に提出し、2021年度からの第6期科学技術基本計画に反映させるとしています。よって、今回の改正は日本の学術研究に大きな影響を及ぼすと考えられるのです。

2019年11月20日、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の有識者による作業部会は「科学技術基本法」の改正に向けた報告書『科学技術・イノベーション創出の総合的な振興に向けた科学技術基本法等の在り方について』 を公表しました。政府はこれを受けて具体的な法改正作業を進め、今年1月からの通常国会での法改正成立を目指しています。今回の改正が実現すれば、これまで対象としていなかった人文科学の振興が追加され、さらに、イノベーション創出の概念が明確化されることになり、今後の日本における科学・技術政策のあり方などに大きな影響を与える可能性があると言われています。

改正の柱のひとつは、従来の基本法の対象が「人文科学のみに関わるものを除く」とあるものの修正です。科学技術基本法の第一条を見ると、冒頭に「科学技術(人文科学のみに係るものを除く)の振興に関する施策」と規定されています。今回の改正でこの規定をやめようとしています。日本学術会議 は、人文・社会科学を含む科学・技術の全体について長期的かつ総合的な政策を展開することの必要性を指摘しています。これは、近年、地球規模の環境問題や人口知能(AI)、ゲノム編集技術の発展といった現代社会の課題に対応するためには人文・社会科学の研究も不可欠になっているとの意見が増えていることが背景にあります。環境問題の解決には、自然環境と人間活動の結びつきを理解する必要があるため、生物学、地球科学、社会科学、人文科学など多分野からのアプローチが求められます。また、AIによる自動運転を実用化する場合、法律や行政の知識が必要となるため、イノベーションの段階から人文・社会科学も一緒に研究に携わる必要が出てきます。改正法となる「科学技術・イノベーション基本法」(仮称)では、AIの自動運転による事故の扱いなど、人文・社会科学系の知や解釈を重視するとしています。実際、2016年にはグーグルの自動運転車が公道での走行実験中に接触事故を起こし、法的責任に関する問題が指摘されました。このとき、米運輸省道路交通安全局はグーグルの自動運転車が搭載する人工知能(AI)を連邦法上の運転手とみなす方針を明らかにしましたが、運転手の有無や介入の仕方によって運転責任が変わってくることなどを鑑みれば、自動車に関する法令につき抜本的な議論が必要となることでしょう。同様に、ゲノム編集の研究でも、法学あるいは倫理学的な視点が必要になってきます。2019年に中国研究者が遺伝子操作した受精卵から双子が誕生したという衝撃ニュースが世界を駆け巡り、日本の国会でもゲノム編集技術について審議 されましたが、厚生労働省は従来通り研究指針で規制する考えを示しました。つまり、日本では遺伝子を改変した受精卵による妊娠・出産させることを研究指針で禁止しているのみで、ゲノム編集による改変は網羅的には規制対象となっていないというのです。受精卵の操作については倫理的な問題も議論されていますが、他のゲノム編集技術も日々刻々と進歩し、同じく2019年には日本でゲノム編集された食品が解禁になっているなど、既にゲノム編集が身近なところに迫っていることから慎重な議論が必要となっています。このような状況を踏まえ、文理融合の研究とそのような研究を推進する研究者の育成が急務となってきているのです。

もうひとつの改定の柱は、現行の基本法にはないイノベーションの概念を導入するとして、科学技術・イノベーション(STI)を明確に定義付けていることです。近年の科学技術・イノベーション(技術革新)政策の動向を踏まえ、科学技術振興を基本理念とした現行法とのズレを修正するために必要な規定を追加するとしています。「イノベーションの創出」が重要であることを前提とすることで、イノベーションのプロセス全体を通じて自然科学と人文・社会科学が連携することが期待されます。日本の学術研究の将来が不安視される中、科学技術レベルの向上とイノベーションの創出は重要です。政府は、科学技術イノベーションは経済再生の原動力であり、科学技術イノベーション政策を強力に推進していくと表明。一方の学識者は、今回の改訂で「イノベーションの創出」が書き込まれようとしている点は評価しつつ、基本法本来の目的である科学・技術振興、とくに基礎研究振興の視点が後退しないか注視する必要があると指摘 しています。大学や国立研究所がイノベーション創出のため「成果の普及」を義務づけられた場合、産学官連携への国家動員が強まる危険性を懸念する識者もいます。また、従来の自然科学中心の科学技術振興に加えてイノベーションにまで範囲を広げることで、自然科学における最先端技術に大きな予算が配分されている現状の科学技術予算の範囲は大幅に変わると予想されます。政府は、平成28~32年度の第5期基本計画 及び統合イノベーション戦略でも重要な分野や効果の高い施策への重点的な資源配分を図り官民の研究開発投資の拡充を目指してきました。科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律等の見直しでは、産学官連携を活性化するために国立研究開発法人の出資規定の整備 を行うことも検討するとしていますが、予算配分は研究者にとって影響が大きいだけに今後の動きにも注意が必要でしょう。

今回の科学技術基本法改正により、日本の学術界のサイエンス至上主義が見直され、人文社会科学の存在感が増すことを期待します。

参考:
文部科学省 科学技術基本法について(外部リンク


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