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米NIH、「捕食ジャーナルで論文公表しないで」

前回記事の後半でお伝えした通り、米国の研究費の支出機関である国立衛生研究所(NIH : National Institute of Health)は、2017年11月3日、関係各所に対して同研究所の助成を受けた研究は「明確かつ厳密な査読プロセスを持たないジャーナル(学術雑誌)」での論文発表を控えるように、という通達を発行しました。要するに、本誌で何度も取り上げてきた「捕食ジャーナル(predatory journal)」では論文を発表しないでください、ということです。

通達を出した目的は「発表された論文の信頼性を守るため」であり、NIHが研究費を支出した研究については、「評判のよいジャーナル」で論文発表することを奨励する、と述べています。

NIHは、自分たちが研究費を支出した研究の結果として執筆された論文のなかで、学術機関が推進する「ベストプラクティス(最良の実践)」に従っていないジャーナルで発表されているものが増えていることに気づいている、といいます。学術情報のウェブサイト「リトラクションウォッチ」が、NIHの外部研究助成部門の担当者にインタビューし、「この通達を出すに至る問題が何か起こったのですか?」と尋ねたところ、担当者は「いくつかの最近の記事で、一部のジャーナルや出版社の行動に懸念を持つようになりました」と述べました。具体的な件数については「共有できる数字はありません」と答えています。

担当者のいう「いくつかの最近の記事」がどの記事なのかははっきりとしませんが、NIHの関連ページに書かれた文章には、ウプサラ大学の研究者らが2016年に発表した論文と、『ニューヨークタイムズ』が2017年10月に掲載した記事がリンクされています。

NIHの外部研究助成部門次長マイケル・ローワー博士は公式ブログで、このことは、NIHが研究費を支出している研究については「大きな問題ではないかもしれない」と書いています。というのは、NIHが研究費を支出した研究を報告した論文81万5000件以上のうち、90%以上は生物医学分野の論文データベース「MEDLINE」に収録されているからです。MEDLINEは、米国国立医学図書館(NLM : National Library of Medicine)が運営しており、誰でもサーチエンジン「PubMed」を使って検索することができるデータベースです。しかし、MEDLINEはすべてのジャーナルの論文を収録しているわけではなく、収録を願い出てきたジャーナルのうちわずか15%しか受け入れていない、といいます。それだけ厳選されたジャーナルの論文だけが収録されているということです(MEDLINEが現在、収録するジャーナル数は2017年11月の時点で5600誌、とNLMの図書館司書らは説明しています)。

NIHのいう「ベストプラクティスに従っていないジャーナル」、要するに捕食ジャーナルに掲載された論文が、MEDLINEに収録されないことは起こり得ます。その結果、PubMedで見つけることができないとなれば、それだけ読まれる機会が少なくなるでしょう。捕食ジャーナルで発表された論文は、公的な予算を受け取っている研究者が行い、しっかりとした内容の研究であっても、広く引用されにくくなるという問題もあるのです。

その一方でNIHの担当者は前述のインタビューにおいて、MEDLINEに収録されていないジャーナルにも優れたジャーナルはたくさんあり、NIHが研究費を支出した研究の成果がそれらに掲載されることがあることも指摘しています。たとえばMEDLINEの対象外である、経済学や工学、数学などのジャーナルに掲載される場合もあります。NIHは、研究費を受け取った研究者たちに、MEDLINEに収録されているジャーナルで論文を公表することを要請しているわけではないのです。この通達が注意を促しているのはあくまでも「欺瞞的な慣習に従事しているかもしれないジャーナル」のみであることを、彼は強調します。

そしてNIHは今回の通達に、「ベストプラクティス」に従っておらず、「欺瞞的な慣習に従事している」ジャーナルを識別できる以下のような特徴を示しています。

• 誤解を招く価格設定をしていること(例えば、論文掲載料(APC : article processing charge)に関する透明性が欠如していること)。
• 著者に対して情報を開示しないこと
• 積極的に論文投稿を求めてくること
• 編集委員会のメンバーについて記述が不正確なこと
• 査読プロセスが誤解を招くもの、または疑わしいものであること

その上でNIHは、その研究費を受け取っている研究者など利害関係者らに対して次のことを推奨しています。

• 研究公正と出版倫理の原則を遵守すること
• 専門の学術出版機関によって推進されているベストプラクティスに従うジャーナルを特定すること
• 明確かつ厳密な査読プロセスを持たないジャーナルでは論文を発表しないこと

さらに、研究者たちがジャーナルを判断するために参照する「ガイダンス」として、2つの資料(ウェブサイト)が紹介されています。1つは学術出版の業界団体が製作した「考えて、チェックして、投稿して(Think Check Submit)」であり、もう1つは連邦取引委員会による「研究者と科学者:捕食ジャーナル出版社にご注意を(Academics and scientists : Beware of predatory journal publishers)」です。

ジャーナルを選択するにあたり、NIHのローワー博士は「簡単に言えば、ご自身が引用する媒体に論文を発表してください」とまとめています。また、NLMは正しくジャーナルを選択できるように研究者を支援する図書館司書の役割の重要性を指摘しています。

日本の公的機関は今のところ、捕食ジャーナル問題に対してあまり積極的なアクションを行なっていないようです。NIHのこの動きにどう反応するか、今後が注目されます。

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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

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