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2017年に学術界を揺るがした衝撃的事件(後編)

2017年に学術界を揺るがした衝撃的事件として、前編では海賊版論文サイト「サイハブ」訴訟と、ドイツの主要学術機関とエルゼビアとの契約交渉が決裂した件を紹介しました。後編では、研究者を食い物にする「捕食出版社」と研究論文の盗用・剽窃に関する話題を取り上げます。
■ 捕食出版社として訴えられたOMICSへの仮差止め
OMICSグループはインドに本社を置く、オープンアクセスジャーナル専門の出版社ですが、「捕食出版社」 (著者から掲載費用を得る目的で、適正な査読を行わずに論文を掲載する出版社)として知られています。「ハゲタカ出版社」とも呼ばれ、いわゆるジャンク・サイエンス(論理的根拠に乏しい科学)の流布をはじめ、たびたび問題となっています。米国の連邦取引委員会(FTC)  は2016年8月、OMICSグループのCEOであるSrinubabu Gedela氏を相手取り、詐欺的ビジネスを理由に提訴 しました。
OMICSは700の学術雑誌を出版し、3000の学術会議を運営する出版社です。FTCは、OMICSが研究者らに、論文を掲載する動機付けとなるインパクトファクター(学術雑誌の影響力の評価指標)を偽って伝えていると主張しています。その上、OMICSは論文の掲載料を著者らに公表せず、さらに著者が論文の掲載をやめたり、他社で発表したりすることを妨害していたということです。
OMICSへの疑惑はまだあります。FTCは、OMICSが開催する学術会議でも不正が行われていると指摘しています。例えば、OMICSは学術会議での研究発表に架空の論文「鳥-豚の生理における飛翔特性の進化」を採択し、手数料を払えば発表も可能としたとの報告があります。採択されるはずのないジャンク・サイエンスの論文にも関わらず、発表が許可されたのです。また、査読を行っているという偽りの発言をしていることも疑われています。OMICSの編集委員のリストには著名な科学者の名前が連なっていますが、証明するものはありません。このような申し立てが積もり、OMICSは捕食出版社だとの疑惑が高まっているのです。
2017年11月、ネバダ州の地方裁判所のGloria Navarro裁判官は、Gedela氏とOMICSグループ、関連会社のiMedPub、Conference Seriesの3社に、仮差止め命令を下しました。OMICSが研究者に虚偽の説明をして論文を掲載するように誘導していることや、著名な科学者の名を無断で用いて投稿を依頼するメールを送っていたことが、今回の命令の根拠とされています。
この仮差止め命令はOMICSグループに向けたものであるため、OMICSは、会議に出席する予定のない講演者の名を語って宣伝することや、ジャーナルの編集委員として虚偽の名前を連ねることは、無論できなくなります。裁判所はOMICSに対し、論文の投稿前に、掲載にかかる費用の総額を著者に伝えるよう要求しています。また、FTCは研究者らに、OMICSによる仮差止め命令への違反があればすぐに報告するよう伝えており、新たな不正が発覚した時点で、法廷侮辱罪として訴える考えです。
一方、OMICSのCEOであるGedela氏は、FTCの訴えの内容を否定しています。この告発は、市場シェアを失った従来の出版社が、オープンアクセス出版社に対して腹いせに起こしたものであり、仮差止め命令の後もOMICSの活動は制限されない、と反論しています。米国の裁判所命令ではインドの出版社の活動を効果的に止めることはできない、と主張する研究者もおり、出版投稿や国際会議での発表を行わないようにする以外、捕食出版社の活動を実際に抑制することは難しいと見られているようです。
このような捕食出版社が登場した背景には、一本でも多くの論文を出版し、学術会議で発表しさえすれば、研究者として評価されるという、学術界の悪しき習慣があるのかもしれません。仮差止め命令の影響とOMICSの今後の動きが注目されるところです。
■ 多数の編集者を辞任に追い込んだScientific Reportsの剽窃問題
2016年に発刊されたScientific Reportsに掲載された論文の剽窃疑惑が発端となり、2017年、同誌の多数の編集委員が辞任しました。
ジョンズ・ホプキンス大学の研究者Michael Beer氏は、同誌が、自身の過去の論文を盗用・剽窃して掲載したと主張しています。彼は同誌の編集委員の1人でもあったため、この不正に気付き、論文の撤回を求めました。しかしScientific Reports側は、撤回を拒否し、訂正表の発行のみに留めることを決定したのです。Beer氏は、この処置は不適切であると抗議し、編集委員を辞任しました。ジョンズ・ホプキンス大学の他の研究者らもBeer氏に賛同し、次々に編集者を辞任しています。
盗用・剽窃が疑われた論文は、ハルビン工科大学(中国)の深センキャンパスの研究者らにより発表されたものでした。この研究は、Beer氏と彼の研究チームが2014年7月の『PLOS Computational Biology』で発表したアルゴリズムを元にしており、元の論文にはBeer氏の論文を引用していることが示されていました。しかし、2016年のScientific Reportsに投稿された論文には、PLOSに掲載したBree氏の論文の内容を書き換えたものが数多く見られたにもかかわらず、参考文献にBeer氏の論文は見当たりませんでした。同誌の編集長は、著者らによる参考文献の書き漏れがあったことを認めましたが、論文の撤回ではなく、訂正表を発行することが適切であると判断し、事態の収拾を図りました。Beer氏は、これでは、研究者らは盗用・剽窃をしても後に訂正表を発行しさえすればよいと考え、結果的に剽窃を助長することになるとして、この決定に抗議・辞任したのです。
盗用・剽窃の問題が多発する今日、論文掲載にあたり厳しい審査を課すべきであると考える研究者はBeer氏の他にもおり、今後もこのような事態が発生する可能性は十分に考えられます。出版社側が明確な改善策や指針を打ち出さない限り、盗用・剽窃に関する問題は続きそうです。
以上、2017年に起きた衝撃的事件を2回に分けて紹介しました。2018年は学術界にとって、どのような1年になるのでしょう。
※ 2017年に学術界を揺るがした衝撃的事件(前編)はこちら


こんな記事もどうぞ
エナゴ学術英語アカデミー
米国の裁判所、“捕食出版社”に差し止め命令
編集委員を辞任に追い込む剽窃問題
参考記事
US Court Issues Injunction Against Open-Access Publisher OMICS
Junk science publisher ordered to stop ‘deceptive practices’
Retraction Watch: U.S. government agency sues publisher, charging it with deceiving researchers

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