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編集委員を辞任に追い込む剽窃問題

剽窃(ひょうせつ)とは、他人の成果や論文を許可なく部分的に利用し、自分の成果のように発表することです。例としてSTAP細胞論文の疑惑があげられます。まるごと盗んで自分のもののように使用する「盗用」とは区別されますが、剽窃は重大な犯罪です。大学や研究機関では教員や学生、研究者に剽窃をしないよう指導を行っていますが、学術出版社でも問題となっています。自然科学を対象としている著名な科学誌『Scientific Reports』でも剽窃が問題となり、投稿された論文の撤回を求めて19名の編集委員が職を辞するという事件に発展しました。
■ Scientific Reportsの編集委員19名が辞任
アメリカのボルティモアにあるジョンズ・ホプキンス大学の研究者であり、Scientific Reportsの編集委員の1人でもあるマイケル・ビア氏は、2016年に発刊されたScientific Reports 6に掲載された論文内で、自分の過去の研究成果が剽窃されたと訴えました。これに対し、他の編集委員もビア氏の主張を支持。最終的に計19名もの研究者が、編集委員を辞任したのです。
剽窃が問題視された論文は、ハルビン工科大学(中国)の深センキャンパスの研究者達により発表された、DNAの組み換えスポットを特定する技術を説明するものです。この研究は、ビア氏と彼の研究チームが2014年7月の『PLOS Computational Biology』に発表したアルゴリズムを基にしており、論文にはビア氏の論文を引用していることが示されているものの、ビア氏がgkm-SVMと名付けた技術を中国人研究者達はSVM-gkmと呼ぶなど、多くの部分は単にビア氏の論文を書き換えたものであると、同氏は訴えたのです。
■ 訂正表では納得せず
Scientific Reportsの編集者リチャード・ホワイト氏は当初、この論文がビア氏のアルゴリズムをより発展させたものだとする中国人研究者達の主張を認めていました。しかし中国人研究者達は、ビア氏の論文を引用したことは記していたものの、同氏の論文から引用した5つの方程式に、出典を付けるのを怠っていたのです。これによりビア氏と研究仲間は、中国人研究者は剽窃を行っているとして、訂正ではなく撤回という処罰が妥当であり、出版社の対処は不適切だと主張しました。しかしScientific Reportsは、訂正表で対処するという決定を改めはしなかったのです。
■ 辞任の連鎖
Scientific Reportsが該当論文を撤回しないと決定したことから、研究者の辞任が始まりました。まず、著名な遺伝学者であるアラビンダ・チャクラバーティ氏が、Scientific Reportsの本件への対処は不適切であり、Scientific Reportsの査読の質に疑問があるとして編集委員を辞任しました。チャクラバーティ氏は、自身が知る限り少なくとも2つの論文が、査読者が指摘した重大な懸念事項を修正することなく公表されたとも明かしています。
ビア氏と同じジョンズ・ホプキンス大学に所属する研究者のスティーブン・サルズバーグ氏は、自身はScientific Reportsの編集委員ではないのですが、この剽窃記事を発端として、ある運動を起こしました。Scientific Reportsの編集委員に名を連ねているジョンズ・ホプキンス大学の研究者に、この問題に抗議するために編集委員を辞任する考えがあるかと聞いたのです。その結果、「該当論文が撤回されないなら辞任する意思がある」と署名した研究者は21名に上りました。サルズバーグ氏は、自分の学生達が剽窃を行ったなら落第または退学させるのに、このケースにおいてScientific Reportsは、剽窃を行った者の論文を掲載し続けるという処置に甘んじていると、編集者のホワイト氏に宛てたEメールで訴えました。
ジョンズ・ホプキンス大学の神経学者、テッド・ドーソン氏は、本件でのScientific Reportsの対処を知ってすぐに編集委員を辞任しました。著者が論文を訂正すれば済むとするならば、Scientific Reportsは剽窃を許しているのと同じだと考えたためです。
一方、Scientific Reportsのホワイト氏は、該当論文は科学の発展の一過程を担うものであり、学術文献に新たな貢献を成すものとして、掲載に足ると考えている、と説明しました。当初はビア氏の論文を引用したことを示す記述が論文内に不十分であったが、その研究の新規性は疑うべきものではなく、研究分野における論文の貢献度を鑑みれば撤回は必要ないと考え、訂正表の発行という対処を行ったとのことでした。
問題となった論文の著者の一人であり、Scientific Reportsの編集委員でもあるベン・リュー氏は、ビア氏の論文からの剽窃を否定しており、Scientific Reportsのような権威ある科学誌において剽窃論文が掲載されることはあり得ないと述べています。
■ 研究者に生じた、ある疑問
今回のScientific Reportsの対処法は、研究者の意識に、ある疑問を投げかけました。故意ではない剽窃であれば論文は撤回されない可能性があり、そうなれば、自分たちが過去に発表した論文はいかにして守られるのか、と――。
どうやって剽窃であるか否かを判断し、どう対処するべきなのか。この一件で、剽窃に対する考え方と対処法について、研究者と出版業界の間には微妙な温度差が存在していることが浮き彫りとなりました。その後、Scientific Reportsは特別な編集委員会を編成し、該当論文のレビューを行うことにしたと、Retraction Watch(日本語名:撤回監視。学術雑誌に掲載された論文の撤回を報告・分析・議論するブログ)が報じています。しかし出版社と研究者が剽窃に対する認識を共有したわけではありません。問題の根は深く、第2・第3の事件が発生しても、不思議ではない状況です。

参考記事
Retraction Watch: 17 Johns Hopkins researchers resign in protest from ed board at Nature journal
Retraction Watch: Board member resigns from journal over handling of paper accused of plagiarism

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