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プランSの学術界への影響は⁈(1)

近年、学術界は論文のオープンアクセス(OA)化も含めたさまざまな変化に直面しています。かつては、ほとんどの研究者が学会に所属しており、自らの研究成果を提示する機会を学会に依存していました。学会の会合で発表したり、出版の誘いを受けて論文を投稿したりしてきたのです。しかし近年は、OAビジネスモデルに代表されるデジタル化の波により、学会の支配力は揺らいでいます。研究者は、学会に頼ることなく、多種多様な学術雑誌(ジャーナル)にいつでも、どこからでもアクセスできるようになっているからです。

新たな取り組み:プランS

2018年9月4日、欧州委員会(EU)と欧州研究会議(ERC)の支援を受け、欧州の研究助成財団・研究実施機関が加盟するScience Europeは、11の研究助成機関が助成した研究成果を完全かつ即時(論文発表直後)にOAにするためのイニシアチブ「cOAlition S」を開始すると発表しました。

発表時に署名した研究助成機関と国名
Austrian Science Fund (オーストリア)、French National Research
Agency(フランス)、Science Foundation Ireland(アイルランド)、National Institute for Nuclear Physics(イタリア)、National Research Fund(ルクセンブルグ)、Netherlands Organisation for Scientific Research(オランダ)、Research Council of Norway(ノルウェー)、National Science Centre(ポーランド)、Slovenian Research Agency(スロベニア)、Swedish Research Council for Environment, Agricultural Sciences and Spatial Planning(スウェーデン)、UK Research and Innovation (イギリス)
※ 現在では欧州、28か国、37のScience Europeの加盟団体が参加しています。

cOAlition Sには、2020年1月1日以降に研究助成を得た研究成果論文は、全て規約に準拠したOAジャーナルやOAプラットフォームでの論文の公開を義務化するとの目標と、10の原則「プランS」が示されていました。これは、加盟している研究機関の助成を受けたあらゆる研究成果物の即時OAを実現させることを目的とした取り組みであり、研究機関をはじめ、研究者、学会などの連携が求められています。しかし、OAを推進する研究コミュニティや大学関係者などから賛同の声が上がりつつも足並みが揃わない上、伝統的な出版社は批判的です。このような状況を踏まえ、プランSを推進する研究助成機関の連合体である「cOalition S」は、プランSの発表直後から2019年2月8日までの期間に、「Guidance on the Implementation of Plan S」(手引書)に対するフィードバックを募集しました。

ガイドラインへのフィードバック

2019年2月20日、Coalition Sは、プランSの実現に向けた手引書に対し40か国を超える国や地域から600を超えるフィードバックがあったと報告しました。この結果を受け、5月31日に発表されたガイドラインの改訂には、即時・完全なOA化の実施を原則とする基本的な部分は変わらないものの、研究者や研究機関、出版社らがプランSに対応するための準備期間を設けるために発効期限を1年延期するなど、いくつかの変更が提示されました。発展途上国などの地域や人文・社会科学などの分野によっては、技術的あるいは内容的にOA化への対応が難しいことも予想されます。安定した通信技術だけでなく、低コスト化、大手出版社も満足するような顧客とのライセンス契約の再構築なども必要ですが、その陰で学会誌のような小規模な学術雑誌を締め出しかねない現実も課題です。購読料だけでなくOA出版のコストもカバーする「Read and Publish契約」のような新たな移行契約(transformative agreement)を締結する際、そしてその次の段階として、ハイブリッドモデルから完全なOAモデルに切り替える際に、ある程度の資金力が必要であると示されており、これらは小規模な雑誌出版にとって大きな負担となりえるのです。

プランSへの対策

実際、プランSの要求を満たすことのできる学術雑誌は少ないと考えられています。2019年2月には、英国の医学研究支援団体ウェルカム・トラスト、研究・.イノベーション機構(UKRI)、学会・専門協会出版社協会(ALPSP)、Information Power Ltdなどが共同で、学会出版物のOAへの移行とプランSの推進に向けた対応方法を検証するプロジェクト「Society Publishers Accelerating Open access and Plan S (SPA-OPS)」を立ち上げました。このプロジェクトの進行は公開されており、その結果はウェブで見ることができます。2019年7月に報告書が発行され、すべての資料がCC-BYライセンスの下で利用可能となっています。

学術出版界は、加速するOA化により複雑な問題を抱えており、出版社は個々の契約の再検討・交渉の必要性に迫られています。通常、論文掲載料(APC)モデルからハイブリッドモデルへの移行を経てからOAモデルに転換する段階的移行が一般的であるとはいえ、最終的にOA出版に移行した後、その状態を維持していくためには収益構造を根本的に変える必要があるとも指摘されています。契約交渉には、アクセス状況、割引、著者の所属、研究資金提供者、識別因子など、多様な要素が関わってきますが、このような詳細情報を提供することは小規模出版社には難しい場合もあり、さらに苦しい状況に追い込まれる可能性があるのです。

プランSの実現に向けて

学術情報流通のオープン化に向けたプランSの実現は、学術コミュニティおよび出版社にとって大きな変革であり、研究者とそれを取り巻く関係者の状況に配慮した移行期間が必要だとの要望は理解できます。発効期限が1年延長されたことで、行動を起こす余地が出たとも言えますが、間に合うのでしょうか。プランSの実現に向け、SPA-OPSのようなイニシアチブとの連携も進んではいますが、同時に、プランSが研究コミュニティや学会に及ぼす影響以外も含め、多種多様な課題があるということは覚えておくべきでしょう。学術界全体を俯瞰し、研究助成のあり方、研究評価方法、学術雑誌のあり方までも視野に入れた検討が必要とされているようです。


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