欧州機関オープンアクセス義務化へ「プランS」発表

英国の新聞『ガーディアン』のコラムニスト、ジョージ・モンビオットは、自分ががんと診断されたとき、「情報に基づいた決定」をしたいと望みました。そのための情報収集には、この連載でも取り上げてきた海賊版論文サイト「サイハブ(Sci-Hub)」を使わなければ不可能だった、と彼は振り返ります。学術雑誌(ジャーナル)に掲載された論文を読むためには、購読料を払うか、論文1本ごとに代金を払う必要があります。大学や研究機関などに属していない者にとっては、論文を入手して読むことは面倒でお金がかかることなのです。

ところがサイハブならば、URLを入力するだけで、多くの論文のPDFファイルを簡単かつ無料で入手することができます。米国の裁判所は出版社からの訴えを認め、サイハブの活動は米国では違法だと判断しました。しかしサイハブのサーバーは米国にはありません。もちろんサイハブを使って論文を入手することは、どの国の法律でも違法ではありません。モンビオットは、サイハブを設立したハッカーで、アゼルバイジャンの若い科学者アレクサンドラ・エルバキャンのことを「彼女は私の命を救った可能性がある」と評価します。

各国の税金を使って行われた研究結果を読むために、出版社に高額のお金を払わなければならないことに納得していない人は、モンビオットだけではありません。そんな不満に答えるかのように、今年9月4日、ヨーロッパで研究費を助成している11の機関は共同で、2020年以降、自分たちが予算を提供している科学者たちには、論文を即座に無料で公表することを義務づけるという構想「 プランS (Plan S)」を発表したのです。そうした1つの目標と、「著者はその出版物の著作権を無制限に所有する」など10の原則がウェブサイトなどに示されています。

現在、ジャーナルの形態は、主として3種類に分類されます。購読料を払った者のみがすべての論文を読める「サブスクプリンション・モデル」、誰もが投稿された論文をオンラインで無料で読める「オープンアクセス・モデル」、そしてその中間、基本的には購読者のみが論文を読めるが、著者が一定の料金を払えばそれをオープンアクセスにできる「ハイブリッド・モデル」です。

ネイチャー・ニュース』やそれが言及するある調査によれば、2016年の時点で、サブスクプリンション・モデルのジャーナルは全体の約38%。それに対してオープンアクセスのジャーナルは約15%。2012年に比べると、サブスクリプション・モデルのジャーナルは減り、オープンアクセスのジャーナルが増えています。プランSによって、『ネイチャー』や『サイエンス』を含む約85%のジャーナルのなかには、研究者が論文発表することを禁止されるものや、早急な対応を求められるものが出てくることになります。

また同じ調査によれば、現在、45%のジャーナルが「ハイブリッド・モデル」で出版されています。プランSは、「できるだけ短くするべき移行期」を過ぎたら、こうしたハイブリッド・モデルのジャーナルで論文を発表することも禁止する、としています。

この計画は、欧州委員会でオープンアクセスを推進しているロバート・ジャン・スミッツがリーダーシップをとって進めています。現在、オーストラリアやフランス、アイルランド、ルクセンブルクなどの国立の研究費助成機関13組織が署名しています。スミッツは今後、米国のホワイトハウス、科学アカデミーなどとも協議する、と述べています。

しかし現在のところ、ドイツやスイス、スウェーデンなどの研究費助成機関が署名していないことを、『ネイチャー・ニュース』は指摘します。たとえばドイツの国家研究評議会(DFG)は、自分たちはDFGの予算で行われた研究の結果をオープンアクセスで論文発表することを求めてはいるが、義務化はしない方針のようです。また、論文発表に必要なコストが上がることを懸念しているとも言っています。

当然ながら学術出版社は反発しています。例えば、国際科学技術出版協会(STM)は145社を代表して、論文へのアクセスを広げる努力は歓迎するが、これまでオープンアクセスを成長させてきたハイブリッド・モデルのジャーナルでの論文発表をも禁止することは、むしろ「移行」を遅らせるだろう、と述べています。エルゼビア社もこれに同意しているようです。『ネイチャー』を発行するシュプリンガー・ネイチャー社は、研究者から選択肢を奪うことは研究発表システム全体を損なう可能性がある、と指摘します。『サイエンス』を発行する米国科学振興協会(AAAS)にいたっては、プランSのモデルは「高いクオリティの査読、論文発表、その普及をサポートすることにはならないだろう」と厳しく批判しています。

プランSは、現在のサブスクリプション・モデルを終焉させるだろう、と推測する識者もいます。サブスクリプション・モデルやハイブリッド・モデルを採用してきた出版社は、そのビジネスモデルを変更せざるを得なくなるかもしれません。ただしそうだとしても、オープンアクセス・ジャーナルの掲載料は安くないことが知られていますので、これまで読者が購読料として払っていたコストが掲載料に転化され、各国の研究費助成機関がそれを負担するようになるだけ、とも考えられます。先進国ほど研究費助成制度が整っていない新興国の研究者たちにとっては、論文発表における負担が重くなる可能性もあるわけです。

また、現状でも多くの研究費助成機関が研究者たちにオープンアクセスでの論文発表を求めています。しかし最近、ある研究者たちがオープンアクセスでの発表が義務づけられているはずの論文130万件を調べてみると、その約3分の1は無料では読めないことがわかりました。生物医学や医療の分野では遵守率が比較的高く、社会科学や工学、化学では低いという傾向も明らかになりました。

こうした問題を解決することが今後の課題になるでしょう。

 


ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

 

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