食料問題とは?
世界に目を向ければ、食料問題には2つの側面があります。ひとつは、発展途上国や紛争地帯などの人々が十分な食料を得られず、飢餓や栄養不足に苦しんでいること。もうひとつは、先進国では食べ過ぎや偏った食生活による過剰摂取で健康被害が起きている裏で、食料が大量廃棄(フードロス)されているということです。
世界的な食料問題は人口増加、気候変動、資源の不均等分配によりますます深刻化しており、国連環境計画(UNEP)の報告書は、2022年に人類の3分の1が食料不足に直面している中、世界中で10億5,000トンの食料が廃棄されたことを示しています。
人が生きるために必要な食料に大きな不均衡があるのです。このように途上国と先進国はまったく反対の問題を抱えていますが、気候変動は国境を隔てることなく、どんな国の食料問題にも多大な影響を及ぼしています。
目次
食料問題の原因
世界の食料問題は、以下の3つの要因が複雑に絡み合っています。
- 環境的要因:気候変動による気候システムの変化や、極端な気象、自然災害は、農業・畜産業に多大な影響を及ぼします。気温や降水量の変化といった生育環境の変化は、作物の生産量の増減や、疫病発生の要因ともなりえます。漁業や養殖業においても漁獲量や捕れる魚介類の種類における変化が起きています。さらに、気候変動は将来的な食料供給の不安定化を引き起こすことが懸念されています。
- 経済的・社会的要因:貧困、経済的不平等、教育の欠如、インフラの不備などが食料へのアクセスを制限し、飢餓や栄養不足を招く原因となっています。国、地域や経済力により食料供給に偏りが生じ、発展途上国で食料が不足する一方で、先進国では大量の食料が廃棄されています。
- 政治的・紛争の要因:政治的な不安定さや紛争、戦争は食料供給の停滞などを引き起こすだけでなく、食料生産ができなくなることによる食料不足の原因となります。
本記事では、環境的要因、特に気候変動の食料生産への影響に焦点を当ててお伝えします。
気候変動による農業生産への影響
気候変動は地球規模の変化であり、平均気温の上昇、降雨パターンの変化、台風のような事象の発生頻度・強度の変化などが含まれます。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は人為的な要因、つまり化石燃料の燃焼などによる大気中の二酸化炭素(CO2)濃度の上昇により、地球表面の平均気温の上昇が引き起こされていると指摘しており、近年の地球温暖化による極端な気象の発生頻度と規模の増大に対する懸念は大きくなっています。
気候変動の影響は世界各地で顕在化していますが、日本も例外ではありません。平均気温が上昇することにより、農作物では収穫量や品質の低下、畜産業では生産量の増減や家畜の疾病発生、漁業・養殖業では漁獲量の増減といった影響が指摘されています。
稲作への影響
日本人の主食であるお米について見てみましょう。気候変動は日本の米の生産にも深刻な影響を及ぼしています。今後、温暖化が進むことで生産量や品質が低下する可能性は捨てきれず、もはやおいしいお米を手ごろな値段で購入することはできなくなるかもしれません。
農研機構が行った日本全国の水稲収量を予測したモデル研究「気候変動による水稲の収量や外観品質への影響は予測以上に深刻である」(2021年7月公開)によると、高温と高CO2濃度が水稲に与える複合的な影響を踏まえた場合、従来の予測モデルと比べて収量は低くなり、追加的な緩和策を取らなかったことを想定した高温室効果ガス(GHG)排出シナリオでは、年代が進むにつれてその差が拡大していくとの予測が示されています。この予測モデルでは、今世紀末には前世紀末と比較すると約20%収量が減少すると予測されています(図1)。
また、外観品質低下の主要な指標である「白未熟粒率*」について日本全体の1981年から2100年までの全国平均値を予測すると、従来モデルは今世紀半ばで約15%、今世紀末で約30%と予測したのに対し、推定モデルは今世紀半ばで約20%、今世紀末で約40%と予測しました。
温暖化が進み、今よりも気温およびGHG濃度が高くなれば、主食である米の収量は減少し、品質(味)も低下するということです。農研機構はこの結果を踏まえ、暑さに強い高温耐性品種および新たな栽培技術といった適応策の導入が深刻な影響を軽減するのに有効であると指摘しています。

図1.水稲の収量および白未熟粒率の20年毎の推移(全国平均)
出典:農研機構、プレスリリース「(研究成果) 気候変動による水稲(コメ)の収量や外観品質への影響は従来の予測以上に深刻である」
*白未熟粒:玄米の胚乳内に十分なデンプン粒が蓄積されずに粒間に隙間ができてしまう、光が乱反射して米粒が白く見えるもの。育成時の高温や低日照で発生すると言われるもの。稲の開花後20日間の平均気温が26~27度を超えると、白く未熟な米粒が増え、商品価値が下がってしまう。
2024年の夏、日本中で「お米が買えない」という「令和の米騒動」が起こり、価格の高騰と供給不足が同時に発生したことは記憶に新しいと思います。政策的な側面や、生産者の高齢化による生産量の変化も無視できませんが、2023-2024年の記録歴な猛暑は高温障害を引き起こし、著しい品質低下、収量の大幅減少につながりました。
供給が減った一方で、外食産業などの業務用米需要の増加や小麦の価格上昇による米へのシフト増による消費拡大が起こり、需給バランスが崩れたことも価格を押し上げました。短期的な需給変動に政策が振り回されているように見えることは問題ですが、長期的に見れば気候変動への適応策の強化が不可欠です。
日本の米だけではありません。世界の穀物生産における温暖化の影響を試算した研究によると、産業革命以前と比較して2℃上昇した場合、温暖化がない場合と比較すると年間800億ドル相当減少するそうです。気温が上昇し続けている中、2050年の小麦の収穫量を現在と同じ水準にするには、高温耐性品種の収穫量が年0.3~2.7%増加する必要があるとも示しています。
実際、今後も極端な高温となる日数がさらに増加すると予測されているだけでなく、大雨や渇水なども増加する可能性があることを踏まえれば、米を含めた穀物の安定供給には気候変動への対応、具体的には気候変動に強い品種の普及や栽培方法の改良が急がれます。
他の農作物への影響
2025年の長引く夏の猛暑と水不足によって、農作物の収穫時期がずれたり、収穫量が減少したりしました。トマトやナスなどの果菜類では、強い日差しと高温によって果実が焼けたり、受粉がうまくいかず実が付かなかったりする問題が起きました。
果樹への影響も同様です。果樹は野菜より育てる時間が長いので対応が難しい面もあります。先述の農研機構の果樹への気候変動の影響に関する調査研究「温暖化に対応したミカンとアボカドの適地予測マップ」(2025年3月公開)によると、GHG高排出シナリオではウンシュウミカン(温州ミカン)の適地は北上あるいは内陸に広がっていきますが、今世紀末には適応策なしに生産することが難しくなる地域が大幅に拡大することが示されました(図2)。GHG低排出シナリオでは適地の変更が少ないことと比較すれば、GHG排出削減による温暖化対策が適地の保護にとって非常に重要であることがわかります。この研究は、温暖化によりウンシュウミカンの栽培に適した温度を超えてしまう地域では、より暑さに強い果樹への転作がひとつの適応策として有効であると示しています。日本の冬の代表的な果物のひとつであるミカンも高級品になる日が来るかもしれません。

図2.ウンシュウミカンの栽培適地の移動
出典:農研機構、プレスリリース「(研究成果) 温暖化に対応したミカンとアボカドの適地予測マップ」
また、農林水産省の報告 には、りんごやぶどうといった果樹、トマト(野菜)などへの温暖化の影響が記されていますが、こちらも楽観視はできません。

出典:農林水産省資料「農産物の収量や品質、栽培適地などの将来予測」より
農業は気候変動の影響を受けやすいとして、さまざまな対策が取られてきましたが、近年の過去に経験したことのないような高温や降雨などにより、大きな被害が出ています。今後の気候変動の進行によっては、影響が今まで以上に頻繁に、かつ深刻な規模で発生することが危惧されています。
気候変動による労働への影響
気候変動は、温暖化が原因で収穫量が減るなどしたことで収入が減る以外にも、農業に従事する人々に多大な影響を及ぼします。極端な高温の中で野外労働に従事する作業者が熱中症になる危険を高め、野外就労できる時間の制限といった労働制約を強め、離農者の増加につながる恐れもあるからです。労働環境が過酷であれば新たな人材確保が難しくなり、農業の担い手不足の問題を深刻化させ、結果として農作物の安定供給に影響を及ぼしかねません。農家だけが気候変動対策の対価を背負うのでは、農業は立ちゆかなくなってしまいます。
地球温暖化の進行に伴い、気温や気象パターンは刻々と変化しているので、気候変動の予測等を踏まえ、農業従事者の健康や労働状況にも留意した対策が求められています。
食料問題への取り組み
日本の農業は急激に変化する気候に対応するために、品種改良や栽培方法、産地の移動など、さまざまな努力を重ねています。農林水産省は品目別に気象被害の防止に向けた「被害防止等に向けた技術指導」や「果樹農業振興基本方針」を公表するなどして適応策を示していますが、栽培品目の変更や品種完了は簡単ではありません。
さらに、食料の多くを輸入に依存する日本にとって国外での食料生産への気候変動の影響も気になるところです。実際、日本の食料自給率(2024年)はカロリーベースで38%、生産額ベースで64%となっており、諸外国と比較して非常に低い水準にあります。主食である米のカロリーベース自給率だけを見れば99%と高い水準にありますが、小麦や大豆、畜産飼料などの主要農作物は輸入割合が高くなっています。政府は2030年度までにカロリーベースで45%、生産額ベースで75%への引き上げをかかげていますが、さまざまな課題を抱えているのが現状です。
食料自給率の計算方法
カロリーベース | 国内生産分の供給カロリーの割合 |
生産額ベース | 国内農産物の金額割合 |

農家による気候訴訟
最後に、農家による気候訴訟を紹介します。
持続可能な農業の推進は重要なテーマです。極端な気象に対応するため、暑さ寒さに強い品種に改良したり、育成種を変えたりすることは可能ですが、時間をかけて果樹を育てている農家などが急激に変化する気候変動に対応することは容易ではありません。
2025年8月、気候変動の根本的な原因である地球温暖化が止まらなければ、将来の農業への影響は今以上にひどくなると考え、気候変動による深刻な影響を受けている韓国のリンゴ農家を含む農民が、温暖化を加速させている企業(電力公社とその発電子会社5社)の責任を問い、損害賠償を求める気候訴訟を起こしました。原告となった農家の人たちは、気候脆弱者である農民を含めた国民の生存権と財産権を保障することを求めています。韓国でも初めての農業における気候被害の法的責任を問う訴訟で、原告は温暖化による被害が年々深刻になり、収穫量の減少や品質の劣化によって生計が脅かされていることを訴えています。
この訴訟では、司法の場で企業によるGHG排出と気候変動との因果関係が認められるかが注目されていますが、農業従事者が気候変動の被害者であるとの考えは韓国だけでなく、日本を含むどの国でも言えることではないでしょうか。
予測不能な未来に備えるには
ここまで、お米や果樹などへの影響を取り上げてきましたが、もうひとつコーヒーについても紹介しておきます。現在、コーヒーの主な産地はコーヒーベルトと呼ばれる赤道を挟んだ南北25度の限られた地域です。ところが2050年までにこのコーヒー栽培に適した地域の多くでの栽培ができなくなる可能性があると予測されており、コーヒーメーカーは気候変動に適応した品種の開発や、再生型農業(リジェネラティブ農業)への取り組みを強化しています。
つまり、私たちが口にする多くの食べ物や飲み物を提供してくれている農業分野への気候変動の影響は既に顕在化しているだけでなく、かなりの確率で悪化すると予測されているのです。上述したように農作物の栽培管理や品種改良、別品種への切り替えなどの適応策が導入されていますが、世界中で気候変動が進行し続けている中、比較的すぐにできる適応策のみでは対処しきれなくなってきています。更なる気温の上昇、気候変動に備えた適応策を早急に検討する必要があるのです。
ぜひ、コーヒーを飲みながら、気候変動と農業を考えてみてください。
食料問題に関する研究
- 立命館大学:地球の限界を超えないために世界の食料システムの大転換が必要 ー国際プロジェクトが持続可能で健康な食生活のガイドラインを提案ー
地球の限界を超えないために世界の食料システムの大転換が必要 ー国際プロジェクトが持続可能で健康な食生活のガイドラインを提案ー |立命館大学
- 九州大学大学院 農学研究院(広田知良 教授):気候変動が農業に及ぼす影響と適応―2023年の事例を含めた水稲品質,ダイズ,北海道への適地移動― shokucho_58-07_05.pdf
- 東京農業大学 地域環境科学部生産環境工学科(鈴木伸治教授):気候変動に伴う降雨パターンの変化が農地と作物に与えるリスクの評価と適応農法の確立に関する研究
https://rseeds.nodai-rs.net/hub/detail.php?sid=108
- 東北と九州のコメの生産額が気候変動によって受ける影響を推定 | 東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
- 名古屋大学農学部 https://shigen.agr.nagoya-u.ac.jp/department/list02/
- 東京大学大学院 農学生命科学研究科(岩田洋佳教授) https://www.ut-biomet.org/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0
- 国際農林水産業研究センター https://www.jircas.go.jp/ja
参考資料
日本学術会議「見解 気候変動に対する国内農業の適応策と食料安定供給へ果たす農業生産環境工学の役割」
農林水産省 『4.気候変動が食料供給等に与える影響』 P.58
農産局農業環境対策課資料「農業分野における気候変動・地球温暖化対策について」
独立行政法人 農畜産業振興機構『スマート農業の実現に向けた取り組みの 現状と今後の展望』
気候変動による世界の食料生産への影響と適応(農研機構)000281146.pdf
農林水産省 食品ロス統計調査(世帯調査・外食産業調査)
消費者庁 食品ロス削減関係参考資料
農林水産省 「令和6年地球温暖化影響調査レポート」の公表について
農林水産省 地球温暖化対策
農林水産省 日本の食料自給率
農林水産省 世界の食料自給率
ブルーボトル コーヒーイノベーションが支える環境再生型農業: ブルーボトルの気候変動対策における次の一歩
