異常気象と水循環―地球上の淡水はたったの大さじ1杯分

公開日:
Mar 27, 2025
この記事を読むのにかかる時間:
18 minutes

地球は「水の惑星」と言われていますが、飲み水や農業用水、生活用水として利用できる水(淡水)はどのぐらいあると思いますか?

実は地球上に存在する水のうち97.5%は「海水」です。つまり、「淡水」は地球上の水の総量のたった2.5%ほどしかありません。さらに淡水の構成を見ると、約70%が南極や北極地域の氷河や氷雪として存在しており、残りの30%程度は地下水として存在しています1。地中深くにそれほどの淡水があるのは意外だと思うかもしれませんが、1,000mを超える深層から地下水をくみ上げている温泉施設もあるのを思い出してみてください。それでも地下水には未解明なことも多く、簡単には使えません2

となると、我々が「水」として利用できる河川や湖沼など地表の使いやすいところにある淡水は淡水全体のわずか0.3%、地球上の水の約0.01%にすぎません。地球上に存在する水(海水と淡水)を浴槽1杯分(約190リットル)とすると、利用できる淡水の量はわずか大さじ1杯分(図表1)。この貴重でわずかな水が、地球を循環しているのです。

ところが、近年、この水の循環が気候変動の影響でおかしくなっています。本記事では、世界で多発している異常気象を踏まえながら、地球の水循環について概説します。

図表1.地球上の水の量と構成比
出典:内閣官房 水循環政策本部事務局「令和5年版 水循環白書」参考資料

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地球を循環する水

地球を巡る水、つまり水循環を見るには、水の特性を抑えておく必要があります。

地球上の水は、固体・液体・気体と変化しながら、蒸発・降水(降雨/降雪)・土壌への浸透などを経て絶えず循環していますが、この循環のバランスが地球温暖化によって変化し、世界各地で洪水や干ばつ、巨大台風/ハリケーンの発生など水にまつわる自然災害や異常気象を引き起こしています。

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図表2.水循環
出典:United States Geological Survey(USGS)水循環, The Water Cycle, Japanese

世界で増加する水害

近年は梅雨や台風シーズンに限らず豪雨で水害が起きたり、冬は豪雪になったりと、「10年に一度」「観測史上初めての…」といった言葉をよく耳にするようになっています。地球温暖化は、気温を上げるだけでなく、水循環にも大きな変化をもたらし、世界中で大規模な水害を発生させています

2024年8月、九州に上陸した台風10号は線状降水帯を発生させ各地に記録的な大雨をもたらし、9月には集中豪雨が地震から復興途上の能登半島を襲いました(奥能登豪雨)。オーストリア・チェコ・ポーランドなど中欧では集中豪雨により河川が氾濫。ベトナムや中国南部では台風「ヤギ」により洪水や地滑りが発生。北アフリカのリビアでも豪雨による大規模な洪水が発生し、ダムの決壊が街の大部分を海に押し流しました。10月にはスペインで大規模な洪水が発生し、過去最悪規模の被害となっています。10月下旬から11月にかけての3週間ほどの間に、フィリピンには11月に同時発生した4つの台風を含む計6つの台風が上陸し、甚大な被害を引き起こしました。

そして、12月末から2025年の年始にかけて、線状降水帯が発生した青森県では記録的な大雪が降り、豪雪対策本部を設置する事態となりました。日本海側を中心に記録的な大雪になった一方で、東日本と西日本の太平洋側ではこの冬の降雨量が過去最も少なくなっています。

世界各地に「過去に例のないレベルの大雨」や台風のような水害を発生させている原因には、気温と海水温の上昇があげられます。こうした地球規模の水害は、この20年程度の間に急激に増えていると言われています。地球温暖化で、気温が上昇するのに伴い海水温も上昇し、それによって大量の水蒸気が発生。大気中に含まれる水分量が増え、大量の水分を含んだ大気が陸地に流れ込み大雨をもたらすという現象が起きているのです。今後も水害の発生頻度や規模が今以上に激化してしまうことが危惧されています。

ここで、冒頭の「地球全体の淡水の量は限られている」ことを思い出してください。どしゃぶりになる場所があれば、乾燥や干ばつが問題になる場所もでてきます。2023年には世界最大の熱帯雨林を流れるアマゾン川流域で記録的な干ばつが起こり、アマゾン川に生息する生物の大量死を招いただけでなく、交通手段を船に頼る地域住民の生活を脅かすこととなりました3

この観測史上最悪と言われる干ばつについては、2024年1月に気候変動と異常気象の関係を分析する国際的なグループであるワールド・ウェザー・アトリビューション(Word Weather Attribution: WWA)が、気候変動による気温の上昇が主な要因だったとする研究結果を発表しています。アマゾン川流域では2024年も干ばつが続き、最大流量をもつ支流のひとつであるネグロ川の水位は1日あたり約7インチ(約18センチ)低下し、9月時点でこの時期としては記録的な低水位となっていると報じられました。10月には122年前に統計を取り始めて以来、最も低い水位を記録し、11月まで状況の改善は見通せないと言われていました。12月になってやや回復の兆しが見えたようですが、安心はできません4

日本でも水不足は起こりえる

日本では、洪水や記録的豪雨が心配されることはあっても、水不足になることはないだろうと思われるかもしれませんが、2024年5月~6月、米所と称される東北地域では前年の記録的な少雪の影響を受け、農業用水の不足が懸念されていました。1970年代から2000年代までの間でも年ごとの年間降水量の変動が比較的大きくなり、小雨の年には貯水ダムや河川の水位が下がっています。ゲリラ豪雨のような短期集中的な降雨で降水量が増えても、貯水できなければ安定的な水の利用は困難になります。

降雪の変化も同様です。気候変動の影響によって降雪量が増減したり、雪解けのタイミングが変化したりすれば、日本の農業生産や生活用水の確保に多大な影響を及ぼすことになります。国土交通省は、水資源管理の一貫として、全国の渇水状況を示すポータルサイトを開設しており(2024年の更新は9月26日で終了)、各地で渇水状況を公開しています。

大雨・洪水と渇水は、まったく逆の話のようですが、豪雨災害が多発する一方で、水不足による取水制限や農業被害は日本でも十分に起こりえる話なのです。


気候変動による水循環への影響

  • 降雨バランスの変化:大量の雨が短期間で降ったり、例年であれば雨の降る時期に降らなかったりするというように、降雨の時期・場所のバラツキが大きくなり、水害(洪水)を引き起こす一方で水不足(渇水)を生じさせる。
     
  • 降雪量・積雪量の減少:降雪量が減少傾向にあるだけでなく、積雪量の減少により融雪時期も変化する。

世界的な社会問題でもある水ストレス

水は、飲料水としてだけでなく、食料生産から公衆衛生まで幅広く人間の生活に不可欠なものです。しかし、気候変動によって水循環が変わりやすくなることで、大雨・豪雨や干ばつといった異常気象が発生する頻度が高まるだけでなく、水資源として利用できる水の量が変わり、将来の水需要への予測が難しくなるといった影響が出ます。人口増加や気候変動が原因で水不足となる地域が増加すると示したモデル研究もあります。

こうした影響は主に途上国で大きくなることが多いことから、不平等感も生まれています。さらに深刻な問題として「気候難民」が挙げられます。干ばつにより農村部で食料生産ができなくなった人たちが難民となって都市部に流入するといった問題が起きている国も少なくないのです。

水が潤沢な日本ではあまり実感がわかないかもしれませんが、世界では水の需要増加と供給減少によって生じる不均衡である「水ストレス」が深刻な問題となっており、水の所有権や水資源の分配をめぐる紛争が起きています。世界資源研究所(World Resources Institute: WRI)によるAqueductのデータによると、分析対象とした164の国と地域のうち51が、2050年までに高い(High)から極度に高い(Extremely-high)水ストレスに見舞われるとの予測が示されています。(図表3)

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図表3.2050年の世界の水ストレス予測
出典: AQUEDUCT Country Ranking (Timeframe - 2050, Scenarios – Business as usual)

1995年、当時の世界銀行副総裁のイスマイル・セラゲルディン氏は、「21世紀は石油ではなく水をめぐる紛争の世紀になる」と予言5しましたが、今まさにその言葉の通り、世界の水需要は増え続け、「水」の将来が懸念されているのです。

気候変動と水循環の密接なつながり

上に示したUSGSの図(図表2)でも示されているように、地球の水循環は大気と海が密接に関わっています。海水が太陽光で熱せられて蒸発する(気体になる)ことで循環が始まるので、海の温度が変わると、大気循環、気象、降雨のパターンが変化します。海面水温の極端な高温が続くことが、大気を加熱し、大気中の水蒸気が増えて温室効果が強まったとの研究報告6もあります。

2024年の夏は前年に続き海水温の温度が高かったため、暑く、雨が降り出すと記録的な豪雨になりました。気温や海水温が高いと大気中の水蒸気量が増加し、夏は猛暑と豪雨、冬は豪雪の原因ともなりえます。水の温度は一度上がるとなかなか下がりません。日本近海の水温が広い範囲で平年より高くなっていた7ことから、2024年の冬、気温の低い地域では降雪量が増加し、豪雪となったと考えられています。

水温が高くなっていることは、世界の海の水温変化を見ても明らかです(図表4)。黒の点線はそれぞれ1982-2010年の平均と1991-2020年の平均を、他の波線は過去の年の水温推移を示していますが、2023年、2024年は過去に例がないほどの高さとなっています。海水の温度は陸より時間がかかって上がるので(その分冷めにくい)、この2年の急激な上昇はかなり大きな変化と言えます。

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図表4.世界の海面水温の推移
出典:Daily Sea Surface Temperature, Climate Reanalyzer

世界中の海で平年を超えた水温が観測データとして記録され続けているとの現実は、水循環だけでなく、極域の氷の融解を加速させ、水温の上昇による体積の膨張が海面上昇の原因になるなど、さまざまな問題を引き起こしています。

地球の気温は上がり続けている

今夏、北半球のさまざまな場所は熱波に見舞われました。2024年11月11日から24日(予定会期が2日延長となった)に開催されていた気候変動について話し合う国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)の開催初日、世界気象機関(World Meteorological Organization: WMO)は2024年9月までの世界平均気温が観測史上最高となり、地球の平均気温が産業革命前に比べて1.54℃上昇、つまりパリ協定で抑えるべき目標としていた1.5℃を超えてしまったと発表しました。

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図表5.2024年1~9月の世界の平均気温を産業革命前(1850~1900年)の平均と比較した温度差
出典:WMO:State of the Climate 2024

国連環境計画(United Nations Environment Programme: UNEP)がCOP29に先だって公表した報告書『Emissions Gap Report 2024』には、各国が気候変動対策を強化しなければ世界の平均気温の上昇幅は、パリ協定が目指す1.5℃を大きく超え、今世紀中には最大3.1℃になるとの予測が示されていました8。このまま気温の上昇が止まらないと、どのような影響が出ることになるのかは分かりません。しかし、多くの研究者は、気候変動に起因する異常気象による被害を軽減するためには対策が急務だと警告を発しています。

異常気象が「異常」ではなくなる世界―ニューノーマル

2020年に新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大したとき、我々の生活は大きく変化し、「ニューノーマル」という状態が意識されるようになりました。そもそも、ニューノーマルとは過去の状態に戻ることのない新しい状態を意味するとされていますが、気候変動においては、毎年異常気象に見舞われる状態こそがニューノーマルだと言えるのかもしれません。

もはや「○年に1度の〜」といった表現が珍しくなくなり、言われる場合には50年や100年に1度というようなスケールになってきているのです。

2025年3月26日、気象庁と文部科学省は地球温暖化の影響による日本の気候変動に関する共同報告書「日本の気候変動2025」を発表し、世界の平均気温が4℃上昇した場合、日本でも、かつて100年に1回発生していたような「極端な高温」が、ほぼ毎年発生するようになるといった予測を示しました。

今日の気温、明日の天気…日本だけ見ていたのでは地球の変化は見えません。世界中で大きな気象災害が毎年のように起きるようになっている今、日本以外の国でどのような異常気象や気象災害が起きているかにも注意してみてください。水循環の問題は、必要なときに必要な場所に水がないことなのです。

水循環に関連する学門「水文学」

水循環(水文学的循環)を研究する学門は水文学と呼ばれ、世界中で研究が行われていますが、水に関する研究は分野横断的な側面を持っています。水文学は、対象とする「水」の物理的・化学的特性や、人間との相互作用を扱う学門9であるため、その領域は地球水文学、流域水文学、水資源工学、物質循環学、地下水水文学、陸水学、湖沼学、水理学など多岐にわたります。さらに、気象学、生物学、地球化学、河川工学などともつながりがあり、そうした関連学問をすべて内包した学門であるとも言えるでしょう。

いずれの面から「水」を捉えるにせよ、水資源や水環境、水循環に関連する問題が世界規模で発生している現在、水循環について深く理解し、さまざまな問題に対応することが求められています。

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