※本記事は、エナゴ学術英語アカデミーで開始したシリーズ「世界で今起きていること<気候変動編>」の第4弾です。同シリーズは今後このShare Your Storyから発信していきます。
目次
昨夏に続き、2024年の今夏も日本列島は猛暑に見舞われました。10月9日にEUの気象情報機関「コペルニクス気候変動サービス」が公表したデータによると、2024年9月の世界の平均気温は16.17℃で、9月の気温としては1940年以降の観測史上、2番目に高い気温となりました。産業革命前と比較すると1.54℃高くなっており、パリ協定の1.5℃目標(産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑える努力を追求する)を上回ってしまったことになります。しかも、今年後半の気温もこれまでの平均を下回る可能性が低いことから、2024年の平均気温は昨年を上回る可能性が高いと予測されています。
総務省消防庁は、10月29日に2024年5月から9月に熱中症で搬送された人の数が、全国累計で9万7,578人と調査開始以降、最多だったと発表しています。しかし、温暖化による健康被害は熱中症にとどまりません。言語面からさまざまな学術研究をサポートしているエナゴが気候変動や環境の問題、そして関連研究を紹介する本シリーズでは今回、気候変動による健康への影響をとりあげます。

出典:コペルニクス気候変動サービス、9月の世界の平均気温が1850-1900年と比べてどの程度上回っていたかの推移
はじめにーWHOも懸念する気候変動による健康への影響
熱中症のような直接的な影響から、感染症のような間接的な影響まで、さまざまな側面から気候変動による温暖化は人々の健康を脅かしています。2023年10月、世界保健機構(WHO)は、気候変動がこのまま進行すれば、2030年から2050年にかけて気候変動が原因となる「気候変動関連死(栄養不足、マラリア、下痢、暑熱ストレスなど)」で、年間約 25 万人が命を落とすとの予想を発表しました。
また、昨年11月、世界的医学誌 Lancetは 『The 2023 report of the Lancet Countdown on Health and Climate Change (ランセット・カウントダウン 健康と気候変動に関する報告書 2023年版 )』を発表し、気候変動対策がこれ以上遅れれば、健康に対する重大かつ深刻な脅威がいっそう高まることは明らかであると警鐘を鳴らしています 1。
熱中症は気候「災害」
今夏も日本をはじめとする世界各地で、毎日のように熱中症による搬送者数や死亡者数が報じられました。東京都保健医療局が発表している2024年5月から10月27日までの都内の熱中症による死亡者数は(2024年10月27日時点での速報値)は263名。全国では年間1,000人を超える人が熱中症で亡くなっていますが、そのうちの約8割を高齢者が占めています2。身体の体温調節機能が低下している高齢者や、調整能力が十分に発達していない子どもなどは特に注意が必要です。
台風や地震といった大きな事象が起こらなければ、自然災害による死者・行方不明者数が年間100名から200名(統計局のデータ3によると2021年に自然災害による死者・行方不明者の数は150人)であるのと比べても、非常に多くの人が熱中症で亡くなっていることがわかります。もはや熱中症は気候災害であると云っても過言ではないでしょう。環境省も2020年に公開した「気候変動影響評価報告書」の中で「健康(暑熱)」を「重大性、緊急性、確信度のいずれも高いと評価された項目」として掲げ、熱中症リスクの増加について言及しています。

消防庁 熱中症による救急搬送状況データより作成

厚生労働省 熱中症による死亡数人口動態統計(確定数)より作成
2024年5月、国立環境研究所は、東京都を対象として50年に一度の頻度で発生するような極端な高温での熱中症の救急搬送に関する将来予測を行い、熱中症だけで救急車の稼働率が100%を超えるようになる可能性があるとの論文を発表しています。想定された最悪のシナリオの組み合わせとなった場合には、21世紀後半の東京で熱中症に対応する救急車の稼働率は738%と予測しており、実質的な救急搬送が困難になる可能性を指摘しています。
また、2019年に遡りますが、名古屋工業大学の平田晃正教授らも同様の熱中症の救急搬送者に関する研究を行い、東京、大阪、愛知の3都府県での2040年の熱中症の救急搬送者数が、2013年から2019年平均と比較して倍増するとの予測を示していました。平田教授らの共同研究グループは、研究を発展させ、2024年7月からWebサイトで8都道府県(東京都、大阪、愛知、福岡、宮城、新潟、広島、北海道)の1週間先までの熱中症搬送者予測人数を「熱中症搬送者数予測サイト」に公開しています。
熱中症だけじゃない-危険な暑さが招く健康被害
猛暑は健康にとって大きなリスクです。2024年6月には51.8℃という猛暑の中、サウジアラビアのメッカに巡礼者が大挙し、1,300人以上が亡くなりました。人間は暑い時に発汗して体温を下げようとしますが、発汗力が弱い高齢者などは、他の基礎疾患とも相まって、熱ストレスにより健康被害を引き起こしてしまうこともあります。ところが、暑さが病気の状態を悪化させて死亡につながったとしても、死因原因としてもともとの病名が記載されてしまえば熱中症の死亡者数としてはカウントされません。そのため、実際の熱中症の死亡者数は発表されている数より多いのではないかと言われています。
東京大学大学院医学系研究科の橋爪真弘教授は、2023年に直近5年間(2015~2019年まで)の47都道府県の全人口における暑さに関連する死亡者の数は約3万3000人と推定されるとの論文を発表しています。暑さに起因する健康被害は、熱中症だけではありません。循環器疾患や呼吸器疾患にかかっている人、心臓や呼吸器が弱っている人、子どもや高齢者など暑さに脆弱な人たちは影響を受けやすいので、こうした疾患が悪化して死に至ることもあり、これらを「暑さに関連する死亡」としています。腎疾患のある人にとっては、脱水が慢性腎不全などの腎臓の疾患を悪化させる可能性がありますし、暑さで脂肪肝や糖尿病などの持病が悪化して亡くなるケースも見られます。
注意しなければならないのは体の熱だけではありません。最近は、サングラスの着用が推奨されていますが、目も多量の紫外線を浴びたり、高温に晒されたりすると白内障など目の疾患を患う危険性が高くなることが指摘されています。恐ろしいことに、金沢医科大学眼科学講座の佐々木洋主任教授は、260万人以上のデータを解析・比較した結果、熱中症罹患者の5年後の白内障発症リスクは、非罹患者に比べて3倍から4倍も高かったと述べています。熱中症になってしまったら、身体を冷やすだけでなく目も冷やした方がよさそうです。
猛暑は年齢に関わりなく影響をもたらしますが、その影響の大きさは年齢によって異なります。体温の調整能力が低いと極端な暑熱でオーバーヒートしやすくなるので、高齢者同様に乳幼児や子どもも注意が必要です。国内の医師や医療関係者が参画する「医師たちの気候変動啓発プロジェクト」は、「気候変動は子どもの健康問題であり、現在進行形で起こっている危機」であると注意を促しています。健康被害、健康に関する意識調査などを通して、気候変動による健康被害についての啓発を行っていますので、参考にしてみてください。また、東京医科歯科大学(現 東京科学大学)大学院医歯学総合研究科の藤原武男教授らは、妊娠中に極端な暑さや寒さにさらされると早産になりやすいとの研究結果を発表しています。子どもが生まれる前から熱中症には十分な注意と対策が必須です。
暑さによる寝不足や心的バランスの乱れが精神状態に影響を及ぼし、うつ病や自殺につながるといったメンタルヘルスへの影響は見落とされがちです。東京大学大学院医学系研究科橋爪真弘先生らによるある研究によれば、気温が4℃上昇した場合のシナリオでは、気温が原因となっている自殺者数が全体に占める割合が現在の4.1%から、今世紀末に6.5%程度にまで上昇すると予測されており、気候変動が精神的に大きな負担となりえることは、「ウェルビーイング(健康、幸福、福祉など)」にも多大な影響を及ぼすことと合わせて懸念されています。さらに、気候変動が原因の大規模な自然災害が増えることによって家族や家を失うなどの直接的な被害を受け、被災後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつ病を患うことがあるとも報告されています。
忍び寄る感染症
今までは途上国で起こるものと思われていたような感染症や伝染病が、温暖化の影響で日本でも広がる恐れがあります。
2014年8月に、代々木公園で蚊に刺されたことで感染したとみられる人がデング熱を発症したのを覚えている方もいるでしょう。デング熱の感染が確認されるのは主に熱帯・亜熱帯地域ですが、日本でもマラリアやデング熱などに感染するリスクが高くなると考えられています。マラリアやデング熱は蚊が媒介するウイルス性の感染症ですが、温暖化によって気温が上昇すると媒介蚊の生息地が北上し、活動期間が長くなることにより感染域が広がると考えられているのです。温暖化によって気温や降水量・降水パターンが変化することで自然宿主や媒介生物の生息域・活動範囲が拡大することや、温暖化による水質の変化(悪化)によって水系感染症(水媒介性感染症)の感染が拡大する危険性が注目されています。
IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)が引用した調査報告によると、気候変動がこのまま進行した場合には、2050年までにマラリアの感染リスクのある地域に住んでいる人口は50億人を超えると推測4されていましたが、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)も世界の85の国と地域で、世界人口の半数近くがマラリア感染リスクのある地域に住んでいると指摘5しています。さらに怖いのは、この潜在危険地域に日本が含まれる可能性も報告されていることです。主な蚊媒介感染症であるデング熱、ウエストナイル熱、ジカウイルス感染症、日本脳炎などが温暖化による影響を受けると想定されているので、「たかが蚊にさされただけ」と軽視できなくなるかもしれません。

出典:気候変動適応情報プラットフォーム「将来の気候変動影響(健康分野)」
デング熱ウイルスを媒介するヒトスジシマカの生息可能地域
水媒介性感染症を引き起こすコレラや、土壌に潜む炭疽菌、動物性食品によって媒介されるサルモネラや腸管出血性大腸菌感染症(O157)など下痢症を引き起こすウイルスや細菌の感染には、温度、湿度、降水に加えて、水源の汚染状況などさまざまな要素が強く関連しているため、温暖化によってこれらの感染症の発生・拡大が増大するとも予測されています。気候変動が感染動物、媒介生物の生息域の変化を促すことで、ヒトへの感染症拡大のリスクを増大させているのです。
感染症の原因に成り得る「タイムカプセル」にも言及しておきます。ウイルスを媒介するのは生きている生物だけではありません。2020年1月、アメリカと中国の研究者によるチームは、2015年に1万5千年前の氷河から採取した氷サンプルから未知のウイルスを発見したと報告しています。氷や永久凍土に閉じ込められていた動物がウイルスにとっての「タイムカプセル」になりえることは指摘されており、地球温暖化で氷河や極地の融解が進めば、長年閉じ込められていた未知の微生物やウイルスが空気中に放出され、パンデミックを引き起こす懸念は拭えません。
実際、2016年には70年以上前に永久凍土に閉じ込められていたトナカイの死骸が異常な気温上昇によって解け出したことで炭疽菌が地表に露出し、感染が広がり、トナカイの大量死を引き起こしました6。炭疽菌に感染した動物の血液や汚染された土が傷に入ることで創傷感染したり、あるいは菌を吸入することで吸入感染したりする恐れがあるため住民は避難を余儀なくされましたが、90人以上が入院する事態となりました。
他にどのようなウイルスや細菌、微生物が氷の中に潜んでいるか、まったく分かりません。しかも、COVID-19のパンデミックで体験したように、ウイルスは驚くべき早さで変異していくことから、タイムカプセルから蘇ったウイルスなどが変異していく脅威も計り知れないのです。気候変動が原因の温暖化によって感染症のリスクは上昇し、誰もが危険にさらされる状況であることは頭に留めておくべきでしょう。
補足ですが、先述の気候変動関連で年間約 25 万人が死亡するとのWHOの「気候変動関連死」予測にこうした感染症による死亡は含まれていますが、気候変動によって甚大化する「災害関連死(台風や豪雨、洪水などの自然災害による死亡)」は含まれていないので、それらを含めると気候変動による健康被害はさらに拡大すると考えられています。
間接的な影響
感染症のリスクは気候変動に起因する自然環境の変化に伴う媒介生物の生態が変化することによって起こるものなので、間接的な影響と言えます。その他、水質の変化による影響、水や食料供給への影響(食料不足からの栄養失調や、安全な飲料水へのアクセス不足による水媒介性感染症の感染リスクなど)なども気候変動に関連する影響と言えます。

アメリカ疾病予防管理センター(CDC)も気候変動による健康への影響をまとめているので、そちらも参考にしてみてください。

気候リスクが命のリスクとなる世界
気候変動が天候や自然災害につながっていることへの理解は広がってきています。一方、猛暑による熱中症以外の気候変動による健康への影響はまだ浸透していません。2023年に日本医療政策機構と東京大学が日本の医師1,100人を対象に実施した調査では、約8割の医師が「気候変動が人々の健康に影響を及ぼしている」と回答しているそうですが、それでもまだ多くの人が気候変動の影響は「他人事」のように捉えているのではないでしょうか。
今回の記事で挙げたように、地球温暖化が健康被害を引き起こすリスクが高まっていることは明らかです。来年の夏以降も「熱中症警戒アラート」が頻発することが予想されています。「記録的な暑さ」や「○年に一度の降水量」といった記録が頻繁に更新される昨今、地球温暖化や気候変動と自分たちの生活および健康との関係を理解し、気候リスクは命のリスクであるとの認識を高めていくことが大切です。
気候変動による温暖化がもたらす健康被害に関する研究紹介
暑熱関連死亡リスクにおける湿度の影響の地域差 ―日本では蒸し暑さが死亡リスクに大きな影響を与える傾向がある―|プレスリリース | UTokyo-Eng (u-tokyo.ac.jp)
【共同発表】暑熱関連死亡リスクにおける湿度の影響の地域差 ――日本では蒸し暑さが死亡リスクに大きな影響を与える傾向がある――(発表主体:大学院医学系研究科) - 東京大学生産技術研究所 (u-tokyo.ac.jp)
気候変動がもたらす未来の死者数、季節性の変化に迫る共同研究 〜 長崎大学と東京大学の国際共同研究成果を The Lancet Planetary Health にて発表 〜
国立大学法人長崎大学 プレスリリース:7400万人の死亡者データから気温関連死の実態が明らかに|長崎大学 (nagasaki-u.ac.jp)
Mortality risk attributable to high and low ambient temperature: a multicountry observational study - The Lancet
The burden of heat-related mortality attributable to recent human-induced climate change | Nature Climate Change
参考資料
熱中症情報 | 熱中症情報 | 総務省消防庁 (fdma.go.jp)
厚生労働省 熱中症による死亡数 人口動態統計(確定数)
内閣府 防災情報のページ 令和4年版 防災白書|附属資料8 自然災害による死者・行方不明者内訳
統計局ホームページ/日本の統計 2024-第29章 災害・事故 (stat.go.jp)
国立環境研究所 気候変動下の極端高温による熱中症発生で救急車が足りなくなる
「気候危機は健康危機」子どもたちの心身に迫る、身近な問題 医師たちの気候変動啓発プロジェクト | Masahiro Hashizume (dr4cc.jp)
日ごとの熱中症搬送者数予測をWeb公開します ~8都道府県における熱中症搬送者数を予測~|国立大学法人名古屋工業大学 (nitech.ac.jp)
環境省 パンフレット「地球温暖化と感染症~いま何がわかっているのか?~」 (env.go.jp)
国連広報センター:気候変動:人類の福祉と地球の健康に対する脅威 ― いま行動すれば、未来を守ることができる(2022年2月28日付 IPCC プレスリリース・日本語訳)
“最も暑い夏”をふまえた気候変動と健康被害の意識調査 71.1%が「地球沸騰化時代が到来」を実感 子育て中の男女57.6%が、今年の夏の暑さに子どもの健康を危惧
脚注:
1 The 2023 Global Report of the Lancet Countdown
2 厚生労働省 年齢(5歳階級)別にみた熱中症による死亡数の年次推移(平成7年~令和4年)
3 総務省統計局 第29章 災害・事故
4 PHYS ORG How climate change could expose new epidemics
5 Malaria's Impact Worldwide
6 EcoHealth, Climatic Factors Influencing the Anthrax Outbreak of 2016 in Siberia, Russia