専門家からみた「あなたの論文はあなたの形式で」

学術誌では通常、参考文献の付け方など原稿のスタイルが投稿規定で細かく決められています。しかし大手出版社のエルゼビア社では、投稿者がそうした形式にこだわらず論文草稿を投稿できる“Your Paper, Your Way(あなたの論文はあなたの形式で)”という方針を打ち出しています。まずは“Your Paper, Your Way”の提唱者で、『Free Radical Biology & Medicine(フリーラジカル生物学・医学)』編集長のケルビン・J・A・デイビーズ博士の見解を聞いてみましょう。

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 他誌でも“Your Paper, Your Way”のアプローチを
参考文献やフォーマットの細かくて面倒な規定を気にせずに論文投稿できたら? それこそが、私たち『Free Radical Biology & Medicine』誌が実現したことです。本誌では2011年7月から投稿者に“Your Paper, Your Way”投稿することを勧めています。
私と『Free Radical Biology & Medicine』の編集委員らは研究者として、ジャーナルというものはなぜ投稿のためにそんなに時間と労力をかけて論文全体の形式を整えさせるのだろうか、という疑問を抱いていました。リジェクト(掲載却下)率が高いジャーナルならなおさらす。フォーマットを標準化すればエディター(編集者)や査読者にとって少々見やすくはなりますが、実際のところメリットは少なく、大切なのは科学的なクオリティであってフォーマットではありません。ところが投稿者にとってこの差は大きいです。フォーマットを整えるのに膨大な時間をかけたのにあっけなくリジェクトされて、次に投稿するジャーナルのためにまた同じことを繰り返さなければならなくなります。投稿のプロセスを簡素化すれば、著者にとって時間と労力を節約できるだけでなく、論文発表までのスピードを短縮することもできます。
『Free Radical Biology & Medicine』では“Your Paper, Your Way”を始めるにあたって、図やその説明および参考文献を含めた論文全体を1つのPDFファイルで投稿できるようにしました。もちろんすべての科学論文の基本要素であるタイトル、要約、緒言、材料および方法、結果、考察(結果と考察をまとめても可)、参考文献、図およびその説明は必要です。レイアウトは著者が最適と思う形でかまいませんが、参考文献は必ず入れなければなりません。われわれが求めるのは、基本要素を含んでいて、読みやすく、すべての図のクオリティが適正な査読に十分な高いクオリティを有していることだけである。もしわれわれが論文をアクセプト(採択)しなかった場合、著者は貴重な時間と労力を省略できることになります。アクセプトした場合には著者に論文を『Free Radical Biology & Medicine』の形式に合わせてフォーマットしてもらいますが、その時点では異論はないでしょう。なお、エルゼビア社では、参考文献はどんな形式でも論文タイトルを含むすべての必要事項がそろっていれば、論文アクセプトと同時に、ほぼ自動的にジャーナルごとのスタイルに変換することができます。
“Your Paper, Your Way”は研究者にやさしいだけでなく、われわれ編集者にとっても役に立つものです。一流総合誌には専門的すぎて惜しくも掲載を逃したような論文を獲得することができるからです。著者は次に『Free Radical Biology & Medicine』に投稿するためにフォーマットし直さなくてよいのですから。
“Your Paper, Your Way”を開始してから半年の2012年1月時点で、われわれが受け取る論文の約50%がこの簡易な投稿システムを活用しています。査読者から新システムへの 不満はなく、多くの著者からこの簡易な“Your Paper, Your Way”への感謝と賞賛の言葉が寄せられています。『Free Radical Biology & Medicine』の編集者一同、“Your Paper, Your Way”は良識に立ち返り、改めて著者の権利とニーズを尊重するものだと考えています。これはジャーナルにもさまざまな恩恵をもたらしており、他誌でも“Your Paper, Your Way”のアプローチが試されることを楽しみにしています。

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 では次に、この“Your Paper, Your Way”について、各分野の専門家の意見も聞いてみたいと思います。
どんな文書も手を入れるほど受け入れられやすくなる

論文をすでに他誌の形式にフォーマットしてリジェクトされた場合、このアプローチは特に有効です。エルゼビア社のジャーナルには、その論文をフォーマットし直すことなく即座に投稿できるですから。
しかし私はいつも、どんな文書も手を入れるほど受け入れられやすくなると感じています。不慣れな要求に合わせて作業をするのは時間の無駄のように思えるかもしれませんが、査読者が読みやすいと思うフォーマットで論文を投稿するのが賢明でしょう。たとえばシングルスペース(行の間隔を空けないこと)が許可されていたとしても、ダブルスペース(行の間隔を1行空けること)が好まれるなら、私ならそうそうします。どんなワープロでもそのような変更は簡単にできます。また、引用や参考文献のフォーマットは投稿するジャーナルの形式にかかわらず、必ず一貫していなければなりません。そうでないものは受け入れがたいです。
私は論文フォーマットに関するエルゼビア社の柔軟性に拍手を送りたいです。他の出版社が同様のアプローチを採用しない限り、または採用するまで、同社への投稿数は増え続け高水準のクオリティが維持されるでしょう。

アメリカ出身。校正歴35年。経済学修士


“Your Paper, Your Way”は完全にビジネス的な判断

実際のところ、最近の学術出版は研究者同士の情報交換の場というよりも、大手出版社が巨大な利益を得る場となっています。
学術界は今や商業主義に支配された「publish-or-perish(発表せよ、さもなければ消えよ)」の世界です。エルゼビア社と他2社が世界の学術誌のうち2万誌を所有しているのですから、はっきり言えば、“Your Paper, Your Way”は完全にビジネス的な判断なのです。
研究全体において、論文のフォーマットを整える時間はそれほど長くありません。Zoteroのようなソフトウェアもある。ある著者によれば「参考文献のフォーマットには論文作成時間の2%しかかからない」といいます。
編集者や査読者(ピアレビュアー)に とって、適正にフォーマットされた論文は読みやすく、評価しやすいものです。スタイルの決まりごとは慣例に従っているから、読み手の理解を促します。また、創造的な仕事に影響を与えたり、役立ったりした文献を明記することは学術研究において今日でも必須です。著者の中には形式のルールは「わかりにくい」、「時代遅れだ」、あるいは「自分は秘書ではない」と言いたい人もいるかもしれませんが、たとえば、著者が研究で用いた書籍の翻訳者はその仕事を明記してほしいものです。 そのようなルールをささいなことと片付けずに、翻訳者の名前をオンラインでさっと調べて参考文献のリストに入れましょう。
“Your Paper, Your Way”の取り組みは、研究者がその餌に食いつけばエルゼビア社の大勝となります。現在、エルゼビア社は大学に対して同社のジャーナルへのアクセスに多額の料金を課し、著者に対しては論文がアクセプトされればその出版に料金を課しています。エルゼビア社の“研究者にやさしい”というレトリックに埋もれて、“Your Paper, Your Way”では「一流総合誌には専門的すぎて惜しくも掲載を逃したような科学的に優れた論文を獲得するのに役立つ…」と述べられています。つまり、投稿数が増えれば同社が得られる料金も増えるのではないでしょうか?
学者であれば2012年1月に英国の著名な数学者ティム・ガワーズによって呼びかけられたエルゼビア社へのボイコットを考えてみるべきかもしれません。ガワーズと仲間たちは学術出版のベールをはがすことに踏み出したのです。

アメリカでの査読および校正歴33文学博士


 ジャーナルによって好ましい論文形式が異なる場合も

論文発表への道は年々厳しくなっていると科学者は口をそろえて言います。そのような中、新しい取り組みを行う出版社もあります。たとえば『PLoS(プロス)』や 『Nature(ネイチャー)』などいくつかのジャーナルのグループでは、投稿原稿、査読の内容、査読に関する情報をジャーナル間で共有しています。このシステムでは、『PLoS Biology(プロス生物学)』の査読で精査した結果、優先度が低くリジェクトされた論文が、著者によって手を加えられることなく『Plos Pathogens(プロス病理学)』にアクセプトされるかもしれません。
もっと著者にやさしい取り組みといえば、エルゼビア社が最初に始めた“Your Paper, Your Way”かもしれません。つねに多忙な研究者にとって、投稿するジャーナルごとに論文をフォーマットし直さなくてよいというのはうれしい限りです。いったん論文がアクセプトされれば、ジャーナルと著者の両方にとって論文をよくするインセンティブは高まります。
このような考え方はうまくいかない場合もあります。ジャーナルによって好ましい論文形式が異なる場合があるのです。たとえば、分子細胞生物学の2大雑誌である『Journal of Biological Chemistry(生化学ジャーナル)』と『Journal of Cell Biology(細胞生物学ジャーナル)』は似た部分もありますが、前者は比較的短い論文、後者は長い論文を掲載する傾向が見られます。これらのいずれかにリジェクトされて他方に投稿する場合はリライトしたほうがよいでしょう。また、『Science(サイエンス)』などいくつかのジャーナルでは脚注と参考文献を合体することができますが、アクセプトされた後にこのスタイルに変更したり、あるいはこのスタイルをやめたりすることは論文掲載までのプロセスをややこしくします。とはいえ、さまざまな新たなシステムの取り組みは、論文出版までの険しい道のりをやさしくするための大事なステップといえるでしょう。

アメリカ出身。オックスフォード大学大学院卒。生物学博士


 明快さとクオリティを保つために一定のガイドラインは必要

私は“Your Paper, Your Way”のコンセプトに賛成です。英語が第一言語でない研究者の論文を取り扱う編集者として、フォーマットをチェックしたり整えたりすることを依頼されることは多いのです。ところが英語が十分わかる私にとっても、あいまいでわかりづらいフォーマット指示書は少なくありません。どうしても論文を発表しなければならない(さもなければ研究費と威信を失うような)必要性が高まり、論文投稿数が急増していることから、リジェクト率も高くなっています。リジェクトされる確率が80%もあるならば、ジャーナルによって異なる、過度に厳格なフォーマット規則に煩わされる必要はありません。ジャーナルによって特定の読者層をターゲットとしている傾向も見受けられるため、論文がリジェクトされるのは内容のクオリティのためではなく、読者層やテーマ性に合わない場合もあるでしょう。とくに英語が非ネイティブの研究者にとっては、フォーマットの問題だけでなく、このような状況も重なってきます。
“Your Paper, Your Way”には感情的には全面的に賛同しますが、論文の明快さとクオリティを保つために一定のガイドラインは必要でしょう。それさえ守れば“Your Paper, Your Way”はジャーナルの読みやすさと編集作業への影響を最小限にとどめつつ、著者にとって有意義なものとなるでしょう。もし(『Physical Review(物理学評論)』のように)同一ジャーナル内で論文ごとにスタイルがばらばらであったら、一貫性が失われてしまいます。“Your Paper, Your Way”に問題がないかどうか、その実例をぜひ見てみたいです。

ニュージーランド出身。物理学博士号


小さなミスが革新的発見や興味深い科学理論よりも重視されるべきではない

“Your Paper, Your Way”のコンセプトの長所短所を考えるにあたって最も重要なことは、このシステムが論文発表までの編集過程における厳格性を損なわないことの確立です。科学・医学出版において最優先しなければならないのは、調査や実験が正確に記述・評価され、それらが健全な科学的原則にもとづいており、結果が適切に解釈されていることです。これらに比べれば、内容を伝えるフォーマットの重要性は二の次です。決してライティングスタイルのよさや、見慣れたレイアウトや構成順序が重要でないというのではありません。それらスタイル上の小さなミスが革新的発見や興味深い科学理論よりも重視されるべきではないということです。したがって、私は多くの編集者が“Your Paper, Your Way”で投稿された原稿が従来の原稿と比べて余計な労力を必要とせず、不揃いな部分は出版前に容易に手直しできると述べていることをうれしく思います。“Your Paper, Your Way”の原稿でも出版に見合うだけの高水準を維持できるなら、このような投稿プロセスの簡素化はすべてのジャーナルと出版社が考慮すべきと考えます。

ニュージーランド出身。実験病理学にて博士号取得


研究者は研究に集中でき、専門分野における競争力も高まる

今日、ほとんどのコミュニケーションや文書の査読は電子的に行われるため、論文を特定のフォーマットに仕上げる必要はないでしょう。そもそもフォーマットの必要性は論文を論理的に仕上げることと、印刷上の制約によって生じたものです。もはや紙に印刷されるジャーナルは少ないため、このような制約も重要ではなくなってきました。
しかしながらもちろん、論文は査読者がコンピューター上で読みやすいように明快で工夫されたものでなければなりません。このような改革によって、科学者は論文フォーマットに費やす時間を減らし、より研究に集中できるようになるでしょう。何時間もかけてフォーマットを整えたり、 参考文献の句読点を整えたりする必要がなくなるのです。それに加えて、よい論文がフォーマットミスのためだけにリジェクトされることもなくなります。研究費の獲得が困難な昨今、競争に勝つために必要なデータを手に入れるためにも、研究に集中できることは朗報です。つまり、論文投稿システムが柔軟になれば研究者は研究に集中でき、専門分野における競争力も高まるのです。

アメリカ出身。神経科学にて博士号取得


編集者にとっても時間の短縮に

ほとんどのジャーナルが論文投稿の最初の段階で、著者に手間のかかるフォーマット作業を要求とするという伝統的な慣習は、リジェクトされる確率が高い場合において著者に大きな負担なります。おそらくこの慣習は査読とアクセプト後のプロセスにメリットがあるのでしょう。しかし、業界全体でこの慣習の利点と欠点を調査し、今後も続けるのか、それとも変革すべきかを決めるべきでしょう。
簡素化されたプロセスの利点としては、著者が図表を自然な位置に挿入できることで論文が理解しやすくなり、査読のプロセスをシンプルにできる可能性があります。従来の投稿プロセスの利点は少なく、簡素化されたプロセスの利点のほうが大きいでしょう。
このアプローチは実際のところ編集者にとっても時間の短縮になります。なぜなら編集者は論文の根拠、方法、結果、考察を読みやすく論理的に示すことのできる論文を仕上げるために、言葉遣いや内容の問題を解決することに重点を置いているからです。

アメリカ出身。分析化学の専門家。Scientific Excellence Awardの受賞経験あり

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