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米国議会へ科学者が多数進出

科学研究者は伝統的に「非科学的」なことには興味をもたず、主として学術分野、あるいは学研から離れてもせいぜい産業の分野で活躍してきたと言われます。科学(Science)・技術(Technology)・工学(Engineering)・数学(Mathematics)の頭文字をとってSTEMと言われる分野に従事する研究者だけでなく、医学・ヘルスケア分野の研究者にも同じ傾向があると言えるでしょう。しかし、時代は変わり、科学者は政治に無関心ではいられなくなってきました。米国では「象牙の塔」から出して政界に進出する人たちが増えてきています。

■ 2018年中間選挙でSTEM/医学・ヘルスケア系候補者が連邦議会に進出

2018年11月に行われた米国の中間選挙は、上院で共和党、下院で民主党が過半数を制し、「ねじれ」を生んだこととともに、マイノリティや女性が多数当選したことがニュースになりましたが、学術界ではSTEM/医学・ヘルスケア分野の経歴を持つ候補者( 科学系候補者 )が多数当選したことも話題になりました。Business Insiderの記事には、上院で1名、下院で9名が新たに連邦議会に当選したとして、当選者とそれぞれの専攻分野が次の通り紹介されていまし。

  • Jacky Rosen(ネバダ州、上院、民主党):コンピューター・プログラム。ネバダ州選出の下院議員として議席を持っていたが、今回の中間選挙で上院に立候補。
  • Chrissy Houlahan(ペンシルバニア州、下院、民主党):インダストリアル・エンジニアリング(経営工学)。米国空軍勤務、化学教師、NPO代表などの職歴を有する。
  • Joe Cunningham(サウス・カロライナ州、下院、民主党):海洋科学。弁護士の資格も有し、環境専門弁護の実績を持つ。
  • Sean Casten(イリノイ州、下院、民主党):生化学エンジニアリング。廃エネルギー回収会社を設立。
  • Elaine Luria(バージニア州、下院、民主党):原子力エンジニアリング。米国海軍の原子力エンジニアとして20年勤務した経験を有する。
  • Kim Schrier(ワシントン州、下院、民主党):小児科医。15年以上の医師としての勤務を経て、米国議会で初の女性医師に。
  • Lauren Underwood(イリノイ州、下院、民主党):看護師。オバマ政権下で保健福祉省のシニア・アドバイザーを務めた。
  • Kevin Hern(オクラホマ州、下院、共和党):航空宇宙エンジニアリング。航空宇宙企業から養豚まで含むさまざまな職歴を経て事業家に。
  • John Joyce(ペンシルバニア州、下院、共和党):研修医。医科大学を卒業後、ジョンズ・ホプキンズ病院の内科と皮膚科での研修(レジデンス)を経て、海軍医療センターに勤務した経験を持つ。
  • Jeff Van Drew(ニュー・ジャージー州、下院、民主党):歯科医。2008年からニュー・ジャージー州議会上院議員。

■ 科学者の政界進出を支援する運動

科学系候補者が選挙に出馬するきっかけとなったのは、トランプ政権の誕生と言えます。気候変動を大統領選挙戦の時から一貫して否定し、科学研究予算を大幅に削減しようとしたことに科学者は危機感を持ったのです。科学軽視の政権に対抗すべく、科学者を議会に送ることを後押しする運動が起こりました。2016年に設立されたNPOの「314Action」は、STEM/医学・ヘルスケア関連の知識を有する人々が立法府で声をあげることにより、トランプ政権による科学の軽視に対抗し、気候変動問題や健康保険問題など重大な課題に対して、「科学に基づいた」政策が行われることを目指しています。この中間選挙で立候補を表明した科学系候補者は過去最大規模の150以上に達したとも報道されました。314Actionは前述の民主党の当選者8名のうち6名を応援し、今回の成果につなげたのです。

こうした動きは、2017年1月のトランプ大統領の就任の翌日に、同大統領の気候変動に関する政策に反対してワシントンを中心に行われた「March for Science」で加速したと言われています。この運動は世界に広がり、継続的に運動を支える主体の組織もできており、多くの人に影響を与えています。また、州レベルでも、科学者が議会に向かう動きが出ています。例えばアトランタのエモリー大学で微生物学の講師を務めるJasmine Clarkは、ジョージア州議会の議席を目指して運動を進めています。314Actionは、2018年初めに州議会を目指す科学系の人たちが全米で約250名にのぼるだろうと推定していましたが、中間選挙での科学系候補者数の増加を見ると、今後も政界を目指す科学者が増えると予想されます。

■ 日本の政界の状況は

全体に占める割合がまだまだ少ないとはいえ、多くの科学系候補者が立ち上がったアメリカのような動きは日本で起こりえるでしょうか。日本の政界における状況を見てみると、いわゆる理系出身者は極めて少ないのが実情です。

まず、政界を代表する内閣総理大臣。戦後の総理大臣は、第43代の東久邇稔彦氏から第98代の安倍晋三氏まで再任を含めて延べ56代、再任を除くと33名となります。学歴を見ると、大学の理系出身者は鳩山由紀夫氏(東京大学工学部卒、スタンフォード大学工学部博士課程修了)と菅直人氏(東京工業大学理学部卒)の2名のみです。他の大学卒業者は法学部が圧倒的に多く、次いで経済学部や政治経済学などとなっています。つぎに、国会議員ですが、国会議員の理系率を調べたあるブログによると、データは2006年5月時点とやや古いですが、衆参の国会議員総数722名の内、理系は86名で12%となっていました。ここで理系とされているのは、工、理、理工、医、薬、歯の学部卒業者です。やはり、理系は極めて少数であり、この後、理系の議員数が大きく躍進したという報道は見られないので2018年の段階でも大勢に変化はないとみられます。このように、政治家には理系出身が少なく、経済・政治・国際関係論などの文系出身が多くなっていますが、問題は数だけではありません。日本の文系中心の政治家の中に、科学政策を積極的に支援している議員がどれだけいるのでしょうか。

トランプ大統領ほどあからさまな科学軽視による予算削減はないとしても、日本でも、ノーベル受賞者たちがそろって危機感を口にするように、研究費が基礎研究に配分されず、国際競争力が低下し続けているという問題を抱えています。文理を問わず、科学に理解のある議員が増えて欲しいと願っている科学者は多いことでしょう。アメリカの314ActionやMarch for Scienceのように、科学者が議会に向かう動きが日本でも起こるのか、どのように政治や社会に影響していくのか――今後の動向に注目です。


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