【東京成徳大学 応用心理学部】石村郁夫 准教授インタビュー(前編)
研究者の方たちの英語力向上法などについてお伺いするインタビューシリーズ24回目。
心理学の中でも「ポジティブ心理学」という分野をご専門に研究されている 石村郁夫 先生。大学で心理学実験やポジティブ心理学を教える傍ら、人が幸せになるのを応援していくためにと自ら学生となって革新的な心理療法を学び、さらに会社まで設立されてしまいました。前編は、先生が実践されている心理療法「コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)」についてのお話です。
■ 先生のご専門について教えて下さい。
この大学は、心理士やカウンセラーになりたいという夢を持っている人たちを育成する大学で、僕は臨床心理学科で教鞭を取っています。現在、厚生労働省の調査では約390万人がうつ病とか不安障がいとか、精神的な問題で外来に通院しているとされており、その治療には、心理士がカウンセリングや心理療法などの心理支援をすることで症状を軽減するというアプローチが取られています。僕は心理療法を専門として、うつとか不安をどうやったら改善できるかという研究をしていますが、心理療法のいろいろなアプローチの中でも「コンパッション・フォーカスト・セラピー」というのを専門にしています。
■ 「コンパッション・フォーカスト・セラピー」というのは、あまり聞き慣れないのですが……
何年も病院に通っているのになかなか治らない、慢性的な病気を患い何年もクリニックに通い続けているのに治らない――そんな患者さんをどうにか助けられないかと、国内外のさまざまな研修会に出たり、いろいろ調べたり、研究したりしていた中で、2010年に衝撃的な出会いをしたのが、コンパッション・フォーカスト・セラピー(Compassion Focused Therapy, CFT)でした。ようやく重い腰を上げてCFTの提唱者のポール・ギルバート博士が2014年にデンマークのコペンハーゲンで開催したワークショップに参加する機会を得たのですが、これを聞いてさらに確信が深まりました。CFTという心理療法は、自己への思いやりを育成・強化するセラピー・プログラムなのですが、これを実際に持ち帰ってきて患者さんに少しずつ試したら、それこそ長期的に患っていた人が急激によくなったといった改善が見られました。それで、もう少し真剣にCFTを学びたいと思って、昨年(2017年)9月にイギリスのダービー大学の大学院に入りました。この大学院にはPostgraduate Certificateという日本語にすると準修士過程のようなプログラムがあって、1年間で修士課程相当の勉強ができます。これに合格できたのでCFTを専門に勉強し、ちょうど先月(2018年9月)終了することができました。少し専門的な話ですが、いろいろな人がいる中で、恥感情や自己批判がすごく強い方は割と症状を慢性化させやすいと言われています。そのような人たちにCFTを行うことで、うつや不安症状を軽減しましょうというアプローチに取り組んでいます。
■ 自分の内側から改善していくというアプローチでしょうか。
そうです。うつ、不安になりやすい人は、考えがネガティブな方向に行きやすいと言われています。従来の認知療法では、患者の考え方を少し中立的なというか、合理的な考え方に変えるというアプローチが取られていたのですが、それでも一定の患者さんはあまり改善しません。認知療法だと、「なかなか頑張っているじゃないか」と考え方を変えているそばから「いや、それでも全然だめだ」というような声が聞こえてくるという感じです。一方のCFTは、「頑張っているね」と優しく自分自身に語りかけることを学習していくアプローチです。語りかけることで内面的に優しくなれるので、一見同じことをやっているようでも、改善に差が出ます。セルフ・コンパッション(自分を慈しむ心)といって、自分を責めるのではなく、自分に対して思いやりを向ける態度を高めていくことを支援していくというものです。
■ 具体的には、どのような治療をされるのでしょう。
僕が非常勤の心理士として「あいクリニック神田」でやっているのは、集団精神療法(CFTのグループプログラム)というもので、1回90分、2週間ごとに大体8回。本当は12回とか16回やるべきなのですが、時間の都合上90分を8回でやっています。今、このプログラムには10名弱が参加しています。他に、1対1の個別療法もやっていますが、こちらは人によってペースが違い、2週間ごとに40分といったペースです。うつや不安に関しては、治療による改善の効果を数値化して測定しているので、プログラムをやる前とやった後で変化が見られ、これが改善の目安になります。集団精神療法ではセルフ・コンパッションを高めることが主眼になっているので、やる前とやった後では、セルフ・コンパッション・スケールが大幅に改善しているのが見られることがよくあります。
2010年にCFTと出会ってから、実際の治療に取り入れて、改善していることが数値として実感できるまでに至っています。実は、2010年ぐらいからCFTのコンセプトは知っていて興味を持っていたのですが、なかなか行かれず……。
■ それで一念発起してCFTのプログラムを受講されたと。
ポール・ギルバート博士に研修を受けたいと相談したら、コペンハーゲンのワークショップなら(イギリスやアメリカと違って)主催者側も英語がセカンドランゲージだから日本人にも馴染みやすいだろうと薦めてくれました。それでようやく重い腰を上げてワークショップに参加し、自分にできることをやっていこうと一歩を踏み出したわけです。そして昨年1年間は、大学の教員をしながらイギリスの大学院に入ってCFTを学びました。
■ 大学院のプログラムはどのようなものだったのですか。
基本はサテライト形式で、実際にイギリスに行くスクリーニングが年2回。その他は、自分が担当するケースを報告してフィードバックをもらうというスーパービジョンとレクチャーを交互に受講します。スクリーニング以外の授業は、隔週、あるいは月2回、約2時間ずつ、すべてウェブ上で行われます。前期・後期ともにウェブでディスカッションに参加してレポートを書くのですが、前期のレポート課題は、自分でCFTをやってみて、その結果を論文というかケースレポートにまとめるというものでした。後期はハードルが上がって、CFTを実際の患者さんにやってみるという課題でした。他にも、20時間以上のスーパービジョンの受講、60時間のセッション(実際にクライアントに接したことの報告)への参加、さらにロールプレイのビデオクリップの提出などが求められます。これは、CFTの主要な介入技法を再現する3つのシーンをビデオ撮影するもので、実際にはそれぞれ15分程度の面接を撮影して提出・報告します。あとはプロトコルの作成。これは自分で英訳しなければならなかったので大変でした。さらに、患者さんのケースレポートを3000語ぐらいのレポートにまとめるのと、患者さんのビデオ2本の提出……。途中、翻訳会社のお力も借りながら何とか提出しました。
前期と後期の始まりに、ガイダンスや授業などで1週間イギリスに出かけましたが、他は毎週決められた時間にサテライトに出席して、出された宿題をやって、提出・報告するといった内容でした。
■ 苦労して習得したCFTを実践投入して、効果はいかがでしたか。
日本で誰もやっていないアプローチでしたが、確信はありました。それまでは、改善しにくい問題を抱えている患者さんや慢性的な患者さんは改善が難しく、いろいろ試してもうまくいかないことがありました。カウンセリングをしても心理的に回避をしてしまうという問題があります。例えばトラウマや愛着の問題を抱えていると、本人が回避している問題についてはあまり核心を語ってくれないという問題があります。また、もう一つの解離の問題。こちらは本人に現実感がないから自分の気持ちを話しているのかどうかがわからないという問題があります。これらの問題を抱えている患者さんは長期化しがちで、なかなかよくなりませんでした。ずっと何かしなくてはと思って、色々な技法を試していました。また、研究をしているけれど、本当に役にたっているのか?という疑問を抱え、研究と実践の乖離みたいなものを感じていました。そんな試行錯誤を経てたどり着いたのがCFTで、長期化しやすい患者さんへのアプローチとして今のところ最もうまくいっている感じがしています。
後編は、ご自身の英語との向き合い方のお話と、英語を勉強する人に向けた応援メッセージです。
【プロフィール】
石村 郁夫(いしむら いくお)先生
東京成徳大学
応用心理学部 臨床心理学科
准教授 臨床心理士 専門健康心理士
2009年 筑波大学大学院人間総合科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻 発達臨床心理学分野で博士(心理学)を取得
同年、東京成徳大学応用心理学部臨床心理学科および東京成徳大学大学院心理学研究科助教に着任
2013年より同准教授
2017年1月11日に東京成徳大学学内ベンチャー規定で承認を受け「プラスワンラボ合同会社」を設立。教育と研究、心理士としての臨床実践、さらに会社の運営まで、日々お忙しくご活躍される傍ら、「クリエイティビィティ―フロー体験と創造性の心理学」(世界思想社、2016年)など多数の著書