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否定的な結果をジャーナルに投稿する/しない?

「失敗は成功の元」と言われますが、多くの技術研究は、初期段階での失敗を乗り越えて進められてきました。曖昧さのない仮説に基づいてよく考えられた実験であっても、結論がでなかったり、否定的な結果になったりすることがあります。にもかかわらず、研究コミュニティは肯定的な結果、つまり成功事例だけを快く受け入れがちです。Daniele Fanelliという研究者が、さまざまな分野の論文を掲載している学術雑誌(ジャーナル)の4000以上の論文を分析した結果、肯定的な結果が出版されている傾向が強く示されました。これでは、科学的客観性がリスクにさらされているとも言えます。良い結果でなければ出版できないとなれば、科学者にとって論文出版がさらなるプレッシャーとなってしまうでしょう。さらに、肯定的な結果を示した論文を掲載しようとすることが、結果の偽造、情報操作、捏造といった非倫理的な行動を誘発してしまう可能性すら否定できません。

否定的な結果を公表することは、肯定的な結果を出することに比べると、出版費用や原稿を作成するのにかかる労力と時間などで割に合わない気がする――費用対効果が低いと見えるかもしれません。論文として出版すれば引用され、人の目に触れる可能性は高まりますが、一般的には研究に厳密さが欠如していたために否定的な結果になったと見られることが、研究者に結果の公表をためらわせるひとつの要因でもあります。肯定的な結果を発表する研究者の方が有能だというのが誤解とわかっていても、否定的な結果を発表するのを躊躇してしまう気持ちは否定できません。とはいえ、否定的な結果にも価値を見いだすことが、研究者が未開拓の研究に踏み込むことを奨励することにつながるはずです。

否定的な結果を出版することも大切

どのような研究結果においても重要な要素が3つあります。それは、再現性(reproducibility)、頑健性(robustness)、普及可能性(translatability)です。論文が出版されれば、世界中の研究者が、そこから新たな仮説を立てるきっかけとなることもあります。よって、妥協のない、信頼できる科学研究を進めるためには肯定的・否定的な結果ともに公表されることが大切なのです。さらに、否定的な結果を公開することは、状況に応じて研究計画を修正するのにも役立ちます。研究資材、時間、資金そして研究者の労力を無駄に費やすことを防ぐことができるだけでなく、サンプルサイズ、処理配分、あるいは報告ミスといった研究における失敗要因を特定することもできるでしょう。

なぜ否定的な結果になるのか

否定的な結果となるには理由があるはずです。では、なぜ否定的な結果になるのか?ありがちな理由を挙げてみます。

  1. 元々の仮説に不確かな部分があった。間違った/不正確な前提に基づいた仮説を立ててしまった。
  2. 研究デザインに不具合があった、使用した試薬に間違いがあった、または不適切な統計手法を利用したなど、技術的なミスがあった。
  3. 研究者が、出版済の論文に書かれていた発見について確認できなかった。

否定的な結果を公表しないことへの懸念

否定的な結果が上述の理由の1つ目と2つ目に起因する場合には、出版論文としての質が確保できません。通常、研究者は仮説を立てる段階、あるいは誤った資材を使用した段階でミスに気付き、研究/実験を中断します。なので、否定的な結果ながら投稿に辿り着く場合には、残る3つ目の理由、既に出版されていた研究結果とは一致しない結果が得られたものがあります。特に、影響力の高い、高インパクトジャーナルに掲載された論文に記された発見と異なる結果となったときには、その結果を公表することに不安を感じるでしょう。しかし、高インパクトジャーナルに出版された論文であっても、他の研究者が学ぶ機会を提供していることには変わりはありませんし、実験を繰り返した結果、否定的な結果となる可能性がないとも言えません。後から考えれば、否定的な結果を公表することが不必要な資金提供や科学の進歩を遅らせるのを防ぐことにもなるでしょう。出版界に内在する肯定的な結果のみを出版するというバイアスは、科学的偽造データを増やすことにつながりかねないと懸念されます。

否定的な結果を出版するための基準とは

研究者が否定的な結果をジャーナルに出版する場合には。十分な注意が必要です。掲載するデータは、厳しいデータ手法に則って分析し、否定的な結果を統計的に証明するものであるべきです。実験手順は、何度試しても同じ結果が得られること、技術的なミスではないことを示す必要があります。さらに、研究の方法と生データは論文を読んだ誰もが入手できるようにしておかなければなりません。そして最も大切なことは、高インパクトを得られる可能性が高いもののみを公表するようにすることです。可能であれば、同僚研究者、自分と同等のスキルを有する研究者、該当分野の専門家に共同研究者となってもらい、協力して実験を行うとよいでしょう。そうすることによって、間違いやすい点や研究デザインのバイアスを拾い出すのに役立つでしょう。共同研究者の確認を経ても否定的な結果となることが確認された場合には、より結果に確信が持てる上、高インパクトジャーナルで受理されるチャンスも高まります。

否定的な結果をフォローするための新しい取り組みも始まっています。Center for Open Scienceが提供するRegistered Reportは、科学的知見は結果ではなく研究の厳密さによって評価すべきであるとの考えに基づいています。研究者はRegistered Reportに、仮説を説明する論文の前半部分、計画している研究方法、および考案している統計的検出力を提出します。これを精査して適正と判断された場合には「原則的には受理」となり、研究者がここで提出した内容に従って研究を進める限り、結果に関わらず公開されるということを意味します。結果が肯定的であれ、否定的であれ、該当論文の公表を保証するひとつの手段です。

どこで否定的な結果の公表が可能か

否定的な結果を掲載し、広めるには幾つかの選択肢があります。研究者は、研究結果を研究室/大学のウェブサイトに掲載することができますし、否定的な結果について率直に議論することを推奨するオープンなフォーラムを活用することも一案です。figshareのような無料のデータベースに結果を投稿することを検討してもよいでしょう。しかし、研究者に広く受け入れられている査読付きジャーナルで公開できればそれに勝るものはありません。

否定的な結果を記した論文は、評価の高い査読付きジャーナルに掲載されてこそ信頼できるとの評価を得られます。否定的な結果を公表する過程では不満に思うこともあるでしょうけれど、捕食ジャーナルの餌食にならないように注意することも重要です。

最近、否定的な結果の公表を検討しているジャーナルには明るい兆しが見られるようになっています。以下に否定的な結果の公表に前向きな著名ジャーナルをリストしておきます。

  1. Positively Negative (PLOS One)
  2. The Missing Pieces: A Collection of Negative; Null and Inconclusive Results (PLOS One)
  3. The All Results Journals
  4. ACS Omega (ACS Publications)
  5. F1000Research
  6. PeerJ
  7. Journal of Negative Results in Biomedicine (BMC)
  8. Journal of Negative Results – Ecology and Evolutionary Biology
  9. Journal of Articles in Support of the Null Hypothesis
  10. Journal of Pharmaceutical Negative results

研究結果が否定的であっても意義がないわけではありません。ここで挙げたリストを参考にしつつ結果の公表を検討してもらえれば幸いです。


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