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プレプリントを論文の「最終版」に!?

本連載「生命科学分野は「プレプリント」を導入すべき?」でも以前にお伝えしたように、「プレプリント(preprint)」という習慣が学術界に根づき始めています。
プレプリントとは、ジャーナル(学術雑誌)に論文として掲載されることを目的に書かれた原稿を、完成段階で査読の前にインターネット上のサーバーにアップした論文のことをいいます。プレプリントを登録するというこの習慣は物理学分野から始まり、1991年に設立された「arXiv.org」がプレプリント・サーバーの先駆けとして有名です。2013年には、生物医学分野を専門とする「bioRxiv」も設立されました。
この習慣は、あくまでもよりスピーディな情報交換のために始まったものなので、研究者は同じ原稿をジャーナルに投稿し、その原稿が査読を受け、論文としてジャーナルに掲載されることを目指す、ということが前提のはずです。
しかし最近、一部の研究者たちが、プレプリントを最終版とみなし、ジャーナルに投稿するつもりはないと発言して波紋を呼びました。そのことを『ネイチャー』(2017年1月20日号)が伝えています。
2017年1月12日、カリフォルニア大学デービス校の進化遺伝学者グラハム・クープは、Twitterで、bioRxivに投稿したプレプリントの1つは、それが「最終版」で、「公表(publish)」するつもりはない、と述べました。
その論文は、「遺伝的ヒッチハイク」と呼ばれるプロセスについて、2015年に公表されたある研究を批判するものです。
クープはこの論文をジャーナルに投稿せず、このプレプリントを「最終版」とする理由として、この論文は別の論文への応答であり、オリジナルの研究ではないからだと説明しています。しかし、もう1つの理由は「プレプリントが研究者によってどのように認識されているか」を知りたかったからだと書いています。
現行の査読システムにおいては、著者が原稿をジャーナルに投稿し、査読者がその原稿の問題点を指摘、つまり査読します。査読者の指摘に応じて著者は原稿を修正して再投稿し、査読者を納得させることができたら、その原稿は論文として受理(accept)されて出版(公表:publish)」されます。しかしながら、過激な論客のなかには、この査読というシステムは非科学的であり(本連載「査読の歴史 − 査読を科学的なものにしよう!」を参照)、オンライン・ジャーナルクラブ「パブピア(PubPeer)」や、PubMedの掲載記事に対してコメントして共有する「パブメドコモンズ(PubMed Commons)」といった情報交換サイトを通じた出版後査読(post-publication peer review)のほうが有益であると主張する人もいます(本連載「査読 システムに限界、基準劣化のおそれ」を参照)。
シカゴ大学の遺伝学者ヴィンセント・リンチは、クープの提起に応じて、「私の見解ではプレプリントはプリントと同じ(Preprint=print in my view)。出版前査読はおまけみたいなもの、出版後査読こそが重要」とツイートしました。
ただ、リンチもクープも、ジャーナルで論文を公表した実績があることを示す必要がある若い研究者たちには、プレプリントを最終版とすることがキャリアアップのためにならない可能性があることに注意を促してもいます。「学生やポスドクは、私の見解を共有していない人や、プレプリントとして出された研究の内容を真剣に精査しない人たちに、仕事や助成金申請を審査される可能性が高いのです」とリンチは述べています。
クープは、前述のプレプリントを「最終版」とした論文を単著で書いていますが、自分の学生がこの研究に大きく貢献していたならば、おそらくはその原稿をジャーナルに投稿しただろう、とコメントしています。
また、プレプリントの検索エンジン「PrePubMed」を設計したデータサイエンティストのジョルダン・アナヤは、プレプリントを「最終版」にするとしたら、いったいどのプレプリントが「最終版」なのかが簡単にわかる方法が必要になる、と指摘しています。アナヤ自身、自分がまとめてプレプリントとして公開した論文2件については、読む価値があれば読んでもらえるし、問題があれば誰かが指摘してくれるだろう、と考え、ジャーナルに投稿するつもりはないと述べています。
査読システムやジャーナルの存在意義を根本から否定するようなこうした提言に、学術界はどのように応えていくのでしょうか。

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