14

捕食ジャーナル – 倫理学分野にすら登場

学術出版業界では、「捕食出版」や「捕食ジャーナル」と呼ばれるビジネスモデルが問題になっています。正当なジャーナル(学術雑誌)では、当然ながら適切な査読が不可欠ですが、掲載料さえ払えば、きわめて甘い査読のみでどんなひどい論文でも掲載してしまうジャーナルを「捕食ジャーナル(predatory journals)」といいます。「肉食ジャーナル」と訳されることもあります。「捕食ジャーナル」の多くはオープンアクセスジャーナルです。インターネット上には、 捕食ジャーナル と思われるジャーナルのブラックリストがすでに存在します(「ビールズ・リスト (Beall’s List)」)。
たとえば、サイエンスライターのジョン・ボハノンは、存在しない研究機関に所属する存在しない研究者の名前で、行っていない実験の結果を300誌以上のオンラインジャーナルに投稿したところ、約半数のジャーナルがそれを受理してしまったことを2013年に『サイエンス』で報告しました。掲載料さえ払えば、それは論文として出版されてしまうことになります。なお、オープンアクセスジャーナルの老舗として知られる『プロスワン』などは却下したといいます。
そんな捕食ジャーナルの魔の手は、人文・社会科学系研究者たちにもおよび始めています。たとえば最近、経済学分野でも捕食ジャーナルがあることが発覚しました。そして科学研究や医療行為を倫理学的に考察する分野の研究者までもが巻き込まれ始めているようです。
カナダの新聞『オタワサン』のトム・スピアーズ記者は、『臨床研究と生命倫理ジャーナル』が論文を募集していると知り、このジャーナルが、盗用だらけの意味のない文章で書かれた原稿を受理するかどうかを試してみることにしました。
彼はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』から1200語を盗み、盗用を発見するソフトウェアに見つからないよう言葉をシャッフルしました。それに「確率的な」とか「ポスト植民地主義的な」、「地質学的な」といった言葉を散りばめました。また、なぜか「超カワイイ」、「スリザリン(『ハリーポッター』に出てくる寮の名前)」、「マイク・ダフィー(カナダのニュースキャスター)」といった言葉も混ぜました。

私はドゥンス・スコトゥス〔中世の神学者・哲学者〕というクールな名前にも言及した。その原稿に「21世紀(もしくはほかの世紀)における倫理的・道徳的行動の自発的な性質:個人的な見解」というもっともらしいタイトルをつけた。

と、スピアーズは同紙9月28日付で書いています。
彼は参考文献リストを、量子コンピュータ科学のジャーナルからコピー・アンド・ペーストで盗用しました。そこに「倫理(ethics)」という言葉を2回ほど加えました。
通常のジャーナルでは、査読者は送られてきた原稿が論文として出版する価値があるかどうかを判断します。価値があると判断したら、なんらかの加筆・修正の指示を著者に細かく伝えてくるはずです。しかし、このジャーナルの査読者コメントは以下のように「短くて甘い」ものだったといいます。

この著者は、彼らの職場環境における学者たちの道徳に関する言い回しとはまったく異なるかたちで、古い問題について独自の見解を示している。私の意見では、これは出版する価値のある興味深い見解である。この原稿は、完全な用法の言語で、簡潔かつ明瞭に書かれている。

スピアーズはこのコメントについて、「見解なんてない。どんな中身もない。センテンスのなかにはセンテンスになっていないものさえある」と批判します。
同時に、「これがまさに学術の世界の問題なのだ。何千もの偽ジャーナル(fake journals)がある。その多くはインドに拠点を置いており、世界中の若い研究者たちの論文を集めている」とその現実を嘆きます。
『臨床研究と生命倫理ジャーナル』は、前述のビールズ・リストの「ジャーナルのリスト」には含まれていません。しかし、同誌の発行元はビールズ・リストの「出版社のリスト」に入っており、捕食ジャーナルの発行元としてすでによく知られています。なお 編集委員会には、世界各国の研究者34人が名を連ねています。
このような捕食ジャーナルが著者に請求する掲載費は、おおむね150ドルから500ドルといったところで、それほど高いわけではありません。だからこそ、少しでも論文を出版したという経歴がほしい若い研究者たちが飛びついてしまいがちなのでしょう。
生命倫理学のような科学研究や医療行為おける倫理問題を研究する分野の研究者たちが、このような出版倫理的に疑わしいジャーナルの誘いに応じてしまっているのだとしたら、何とも皮肉なことです。
その一方、ボハノンやスピアーズが行ったことは、以前に紹介した「ソーカル事件」でアラン・ソーカルが行ったこととほとんど同じです。こうした調査方法の倫理性も問われるべきかもしれません。


ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

1
Leave a Reply

avatar
10000
1 Comment threads
0 Thread replies
0 Followers
 
Most reacted comment
Hottest comment thread
0 Comment authors
捕食ジャーナル のリスト「 ビールズ・リスト 」閉鎖 Recent comment authors
  Subscribe  
Notify of
trackback
捕食ジャーナル のリスト「 ビールズ・リスト 」閉鎖

[…] 本誌「捕食ジャーナル-倫理学分野にすら登場」でもお伝えしたように、学術界では「捕食ジャーナル(predatory journals)」や「捕食出版社(predatory publisher)」が問題になっています。捕食ジャーナルとは、掲載料さえ払えばきわめて甘い査読のみで、どんなひどい論文でも掲載してしまうオープンアクセスジャーナルのことで、捕食出版社とはそのジャーナルを発行する出版社のことです。そのいい加減さは、存在しない研究機関に所属する存在しない研究者の名前で、意味のないデタラメな文章を投稿しても、採択されてしまうことがあるほどです。そのため捕食ジャーナルは、疑うことを知らない若い研究者を掲載料目当てに食い物にしている、と批判されてきました。 […]