著者は査読者による「バイアス(偏見)」を恐れている

本誌で以前にお伝えしたように、ジャーナル(学術雑誌)で行われる 査読 には次の3種類があります。「片側盲検査読(single blind peer review)」では、査読者の側からは著者が誰かわかりますが、著者の側からは査読者は誰かわかりません。「二重盲検(double blind peer review)」では、著者も査読者もお互いが誰かわからないまま査読します。3種類目は「オープン査読(open peer review)」です。一部で試み始められているこの方法では、前回報告したように、著者も査読者もお互いが誰かをわかったうえで査読を行ないます。
学術出版大手シュプリンガー・ネイチャー社は、2015年2月、最も有名な科学雑誌である『ネイチャー』と“ネイチャー・ブランド”の月刊誌において、論文原稿を投稿する著者たちが、二重盲検による査読をオプションとして選べるよう、査読の方針を一部転換しました。
これは著者たちからの要望に応じたものだといいます。片側盲検による査読は二重盲検よりも、査読者のバイアス(偏見・偏り)の影響を受けやすいといわれているからです。実際、最近の研究でも、査読者は、片側盲検査読では二重盲検査読よりも、知名度のある著者や研究機関が投稿した原稿を採択する傾向があることがわかりました。
2017年2月6日、アラン・チューリング研究所のバーバラ・マギリブレーとシュプリンガー・ネイチャー社のエリサ・デ・ラニエリは、同社に蓄積されたデータを使って、二重盲検査読が査読における「暗黙のバイアス」を取り除き、査読の質を向上させているかどうかを検証し、その結果を、プレプリントサーバー「アーカイヴ(arXiv)」に投稿しました。
彼らは、2015年3月から2017年2月までの間にネイチャー・ブランドのジャーナル25誌が受け取った原稿12万8454件を対象として、ジャーナルの階層(影響力)、査読の方法(片側盲検か二重盲検か)、著者の特性(性別、国、所属研究機関など)、査読の結果(採択か却下か)を分析しました。
その結果、二重盲検査読を選んだ著者は12%でした。また、著者が、原稿をより影響力のあるジャーナルに投稿した場合、より知名度のない研究機関に所属している場合、特定の国(インド、中国)の出身である場合、二重盲検査読を選択する傾向があることがわかりました。
一方、著者の性別による差は見られなかったといいます。査読におけるジェンダー・バイアス(性別による偏り)はしばしば議論されてきたのですが、女性は男性よりも二重盲検査読を選択する傾向がある、といったことはとくに確認されなかったということです。
マギリブレーらは著者たちの選択について次のように述べています。

こうした結果の解釈の1つとしては、著者たちは、ジェンダーによる差別以外の差別を受けるリスクが高い場合、二重盲検査読を選択するということである。したがって、彼らの所属する研究機関の知名度や、彼らの国に対する暗黙のバイアスに脅威を感じる著者たちは、そのようなバイアスが演じる役割を防ぐために二重盲検査読を選択する傾向があるのだ。

査読の結果である採択や却下については「採択された論文のデータセットのサイズが小さいため、ジェンダーや研究機関の知名度に対する暗黙のバイアスが存在するかどうかについては、重要な結論は見出されなかった」といいます。その一方で、「女性の著者や知名度の低い研究機関に属する著者の原稿は、男性の著者や知名度の高い研究機関に属する著者のものよりも、低い率で採択されることも観察された」とも書き加えています。
この研究は、“ネイチャー・ブランド”のジャーナルに焦点を当てた最初の調査だ、とマギリブレーらは書いているのですが、「暗黙のバイアス」があるかどうかはぼんやりとしかわからなかったようです。しかし、原稿を投稿してくる著者たちがそうしたバイアスを恐れていることは比較的明確でしょう。
また、マギリブレーらも書いているように、実は二重盲検査読においても、査読者から著者が誰なのかを認識できてしまうことはしばしばあり、いくつかの実証研究、たとえば米国の研究者らギリシャの研究者らによる調査でも示されています(筆者もよく耳にします)。二重盲検による査読を実施さえすれば、査読者による「暗黙のバイアス」を完全に払拭できるわけではなさそうです。
では、著者と査読者がお互い誰かを知った上で実施される「オープン査読」では、暗黙のバイアスはなくなるのでしょうか? 普通に考えれば、なくなるように思われますし、問題が起きたときには追跡調査がしやすいようにも見えます。ただし、実証されてはいません。
なお、ネイチャー社のルールでは、二重盲検査読を選択すると、プレプリントサーバーに投稿してはならないことになっています。ということは、arXivに自分たちの論文を投稿したマギリブレーらは、“ネイチャー・ブランド”のジャーナルに投稿したのだとしたら、片側盲検を選んだということでしょう。あるいは、そうした規定のない他の出版社のジャーナルに投稿した上でarXivに投稿したのかもしれません。
ただし、arXivに投稿されたこの原稿は、筆者が読む限り文章が途中で切れているところがあるなど整っていません。編集委員や査読者のなかには、イラつく人もいるでしょう。これも何かの実験なのでしょうか?


ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

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