査読結果や査読者名を公開すべきか?

ジャーナル(学術雑誌)における査読は、一般的には匿名で行われます。しかしながら本誌では以前、著者も査読者もお互いが誰であるかを明らかにして行う「オープン査読」でも、査読の質は下がらない、という研究結果を紹介したことがあります。
また現状の査読は不透明であり、バイアス(偏り)を伴いがちで、非効率であることも指摘され続けています。ある科学者が「査読を科学的なものにしよう」と提言したことを、本誌が紹介したこともあります。
査読の改善を図ろうとしばしば提言されることが「査読のオープン化」です。ただ査読のオープン化といっても、さまざまなものがあります。たとえば上述の「オープン査読」です。また、論文の公表と同時に、査読結果(査読レポート)も公表するという試みも始まっています。
ハワード・ヒューズ医療研究所などが主催し、今年2月にメリーランドで開催された「生命科学の査読における透明性・認識・改革」という会議では、100人ほどの出席者が査読のオープン化について活発に議論しました。その様子を『サイエンス』が伝えています。
それによると、出席者の多くは、査読結果を公開することに好意的なようです。しかしながら査読者の名前の公開については、コンセンサスが得られなかった、と伝えられています。
査読結果を公開することのメリットとしては、査読システムの理解につながること、特にキャリアの初期にいる若い研究者にとって役に立つことなどが指摘されています。また、査読結果に書かれている評価のなかには、研究者が自分の分野について新しい方法論で検討することに役立つ情報が含まれていることもある、という意見もあります。
デメリットも指摘されました。たとえば、訴訟や一般社会で起きている論争にかかわる臨床試験の結果をまとめた論文の査読結果に批判的なコメントが書かれていた場合などでは、誰かがそれをチェリー・ピッキング(自分の主張に都合の良い事実だけをつまみ食いすること)して、誤った認識を広めてしまうというリスクがあります。それについては、科学者の側が一般社会に対して査読の意義を説明する努力が必要だ、という意見も出ました。
会議で行われた非公式なアンケートでは、査読結果を公開し、それをオンラインで検索できるようにすることに、圧倒的な支持が集まりました。この結果は、2017年12月に『プロスワン』で公表された研究結果に一致します。この研究では、オーストリアの研究者らが、研究者ら3062人を対象にオープン査読に対する態度についてオンライン・アンケートを行ったところ、回答者の60.3%が「オープン査読は一般的な概念として、学術論文の査読方法の主流となるべき」とみなしていることなどがわかりました。
しかしながら査読結果を公表しているジャーナルはきわめて少ないのが現状です。非営利団体「RAND ヨーロッパ」が3700誌を対象に行った調査では、査読結果を公表することを認めているジャーナルは2.3%に留まりました。なお、査読結果を公開することを認めている『ネイチャー・コミュニケーションズ』では、著者の62%が公開に同意したことが、前述の「生命科学の査読における透明性・認識・改革」会議で明らかにされました。
一方、査読者の名前を公表することについては、根強い懸念があるようです。たとえば、査読者が若い研究者である場合、人事権などを握っている年長の研究者からの報復を恐れて、批判的なコメントを控えるようになってしまうかもしれません。査読への参加を完全にやめてしまう研究者もいるでしょう。
また、国立衛生研究所(NIH)はオープンアクセスになっている論文にコメントできるプラットフォーム「パブメドコモンズ(PubMed Commons)」を運営してきましたが、今月、閉鎖してしまいました。結局のところ、名前を明らかにした上でコメントする研究者はきわめて少なかったからだといいます(なお論文について匿名でコメントできる掲示板として「パブピア(PubPeer)」があります。悪名高いSTAP細胞論文の不正発覚はここから始まったといわれています)。
査読者の名前を公表することに賛成する意見もあります。査読者の名前を出すことで、たとえば、より慎重な査読を促したり、不当にネガティブなコメントを少なくしたりすることができる可能性があります。また、査読という仕事そのものが研究活動の一環として評価され、テニュア(終身在職権)や昇進などの審査対象になるようになるかもしれません。「えこひいきを排除するのにも役立つだろう」という意見もありました。ジャーナルの編集委員が、学会での有力者や知り合いなどが原稿を投稿してきた場合などに、査読を通りやすくするよう何らかの取り計らいをする、という話は筆者(粥川)も耳にしたことがあります。査読者を明らかにすることで、外部の者がそうしたバイアスを認識できるかもしれない、ということです。
しかしながら現状では、査読者の名前を明らかにすることを認めているジャーナルはごくわずかです。前述のRANDヨーロッパの調査では、3.5%でした。
ただ、変化の兆しも見えます。オープンアクセス論文のプラットフォーム『F1000Research』は、査読者に署名を求めていますが、そのマネージングディレクターは会議で、この方針によって査読者をリクルートすることが困難になってはいない、と発言しました。
なおこの会議では、Facebookの創設者として知られるマーク・ザッカーバーグとその妻が設立した「チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブ」が、先進的な方法の査読を実験的に行う「リポジトリ」をつくることが同意されました。
査読システムに大改革が起こり、それが科学知識の普及を促進し、再現性を高め、研究不正を減らすのだとしたら、一般市民としても歓迎すべきことになるでしょう。今後も注視する必要があります。


ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

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