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日米豪中を比較!研究開発予算から見える各国の思惑

今年2月にアメリカのトランプ政権が、科学研究費を大幅に削減した予算教書を提出し研究者を失望させたことを以前の記事で紹介しました。今回は、その後の米国議会の動きと他の国の科学研究費を見てみました。
■ 予想に反して潤沢な予算がついたアメリカ
2018年3月23日、米国の2018年度(2017年10月~2018年9月)歳出法が成立し、予想に反して高額な研究開発予算が確保されることとなりました。国防費を大きく増やし、科学関連省庁の予算を大幅に削減するとしたトランプ大統領の予算教書が議会で却下され、ほぼすべての科学関連省庁で予算が増額されたのです。研究予算の削減がアメリカの科学界におよぼす影響を懸念していた研究者にとっては、喜ばしい結果でした。国立衛生研究所(NIH)は2017年レベルから30億米ドル以上アップの370億米ドル、全米科学財団(NSF)は昨年から2億9500万米ドル増の78億ドル、そして米国航空宇宙局(NASA)は11億米ドル増の207億米ドル、米国海洋大気局(NOAA)は2億3400万米ドル増の59億米ドルの予算を獲得しました。また、トランプ政権の温暖化対策軽視により2017年度から31%減の57億米ドルになると見られていた環境保護局(EPA)の予算は、2017年度レベルの81億米ドルを確保できました。ただし、来年も同様に潤沢な予算が確保できる保証はないと警告する動きもあり、研究者にとって一安心と言いつつ、心配な状況は続きそうです。
■ 科学と医療への予算配分を増やしたオーストラリア
その一方で、長期的な研究費が確保できそうなのがオーストラリア。オーストラリア政府は5月17日、2018-2019年の国家予算で科学インフラと医療分野の配分を大きく増やし、科学インフラ(顕微鏡、スーパーコンピュータ、海洋観測システム、天体望遠鏡など多種多様な分野で利用する関連機器などへの投資)に今後12年間で19億豪ドル、医療分野(健康および医薬産業の促進)に今後10年間で13億豪ドルを費やすと発表しました。その他、技術インフラ分野でも、人工衛星の位置補正精度を向上させるため、4年間で1億6100万豪ドルを含む予算を確保。宇宙インフラへの投資は、経済全般における産業生産性を促進することにもつながると期待されています。科学研究費が年度ごとに決められる以上、長期的に安定して研究を行える環境が整いにくいというのは世界共通です。予算案は最終的に議会によって承認される必要がありますが、数年来、研究インフラへの長期的な投資を求めてきたオーストラリアの研究者たちは、このような大きな予算が将来的に確保される動きを歓迎しています。
科学インフラと医療分野ほど長期ではありませんが、環境保護にも大きな予算がつきました。オーストラリアの観光収入を支えるグレートバリアリーフは、現在危機的な状況に陥っており、さまざまな調査研究が急務とされています。オーストラリア政府は、このことを踏まえ、2017-2018年に4億4400万豪ドルをグレートリーフ・ファンデーションへ提供することを含め、5億豪ドルをグレートバリアリーフの研究に費やすと発表しました。政府は、2009-2016年の間にグレートバリアリーフの水質管理に5億豪ドルを費やしてきましたが、2017年、グレートバリアリーフの水質は政府が目指しているレベルに到達できていないと研究チームが結論付けています。これに対し、今回は1年間で同規模の予算を立てたことになります。この新たな予算を喜ぶ研究者もいれば、グレートバリアリーフを脅かす大きな問題-気候変動問題-を解決するには不十分だと述べている研究者もいます。
研究分野が細分化する一方で、研究規模が拡大する中、どの国の研究者にとっても資金確保は頭の痛い課題となっているようです。
■ 長期ビジョンの下で科学技術研究を進める中国
科学技術研究の躍進目覚ましい中国は、2016年3月に全国人民代表大会で採択された2020年までの第13次5カ年計画で、科学技術を重視する姿勢を鮮明に打ち出しています。この計画の中で中国政府は、科学技術による革新は国の発展の原動力であるとの方針を示し、2020年までに研究費への支出をGDPの2.5%まで増やすことを目標としています。実際、2017年に研究開発費として合計で1.76兆元(約2790億米ドル)、GDPの2.1%が支出されたと推定されています。特に、基礎研究への予算は、2011年の411億元から、2016年の820億元と5年間で倍増しています。
第13次5カ年計画では、海洋学、脳科学、幹細胞研究、環境保護、汚染対策の5分野が、特に成長が見込まれる分野とされており、すでに成果が表れています。2018年1月、中国科学院神経科学研究所が世界を驚かす研究成果を発表しました。体細胞クローンサルの誕生を成功させたと報道したのです。この研究成果は、1月24日付の米科学ジャーナル「Cell」に発表されました。世界で初めて霊長類のクローン誕生に成功したことが倫理的な議論を巻き起こすのは確実ですが、中国は体細胞クローンの研究分野において世界を牽引することになりそうです。
■ 一見すると増額となった日本
日本の2018年度の科学技術関係予算案は、17年度比較で2504億円(7.0%)増の3となっています。15年以上の間、横ばい状態でしたが、今回、予算の集計方法が変更となり、科学技術イノベーション転換による公共事業予算(1915億円)を科学技術関係予算に含めたことで増額となりました。この付け替え分を差し引いた実質的な増分は589億円です。政府は、第5期科学基本計画と科学技術イノベーション総合戦略2017の一体的な運用を目指しています。第5期科学技術基本計画では、2016-2020年度の5年間の科学技術関係予算を合計で26兆円にすることを目標に掲げていますが、現状のままではこの目標が達成できるかは難しい状況にあります。
基礎研究レベルの低下が懸念される中、応用研究でも厳しい見解が出ています。一例としてあげられるのは、近年各国が官民をあげて取り組んでいる人工知能(AI)研究。このAI研究に対し日本が2018年度予算案に計上したのは総額770億4000万円。アメリカの5000億円、中国の4500億円と比較すると大きく離されています。この分野においては過去最大の予算を投じてはいるものの、生活や産業構造に多大な影響を与えるとされるAIの開発競争で取り残されることが懸念されます。
米中の予算規模の大きさが目立ってはいますが、他の国も科学研究への投資を増やすことも含め、さまざまな推進策を講じているようです。残念ながら、日本の科学研究力の低迷ぶりはNature Index Japan 2018でも指摘されており、研究費確保、研究推進ともに厳しい状況が続きそうです。

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