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エルゼビアが浮き彫りにした学術誌出版のコスト問題

2017年に入って、ドイツ、ペルー、台湾の研究者たちが、複数のオンライン学術ジャーナルにアクセスできなくなりました。それらのサイトとオランダの大手学術出版社エルゼビアとの2017年度のライセンス契約交渉が決裂、無契約状態になったため、エルゼビアの管理する何千というジャーナルへのアクセスが遮断されたのです*1。どうしてこのような事態に至ったのでしょうか?

学術ジャーナルの歴史

学術ジャーナルの歴史は、1665年に遡ります。この年、フランスで Journal des sçavans、英国でPhilosophical Transactions of the Royal Socieryが、それぞれ初めて刊行されました。19世紀になると、数々の学会が各々の学術誌を刊行していきました。その支えとなったのは会員からの会費・購読費収入で、この形態は現代でもあまり変わりません。
1926年、生物学の分野ではBiological Abstractsが他に先駆けて公刊され、それまでやみくもに古い文献を探るしかなかった研究者たちは、特定のトピックの記事に容易にたどり着けるようになりました。しかし1970年代までには、学術ジャーナルの数は膨大なものになり、現代ではインターネットでの検索が主流になりました。
時間が経つにつれ、学会などの諸組織は、ジャーナルの公刊作業を出版社に委託するようになりました。関係者有志による査読と編集作業に頼るのではなく、プロのライターや編集者などに多くの仕事を任せるに至ったのです。そうして数多くの学術出版社が生まれ、多様なジャーナルを出版するようになりました。

学術ジャーナルの購読負担が増大

今では年に何千冊も発行される学術ジャーナルですが、近年、読者を悩ませる問題が発生しています。購読料です。世界中の大学図書館などにとってはただでさえ大きな負担ですが、これが増大しているのです。1960年代には、図書館がジャーナル1誌(印刷物)を年間購読するのにかかる費用は20~50アメリカドルぐらいだったのに、今では1誌(オンラインアクセスを含む)の年間購読に1000ドルの負担を強いられることすらあります。最近では、図書館や企業、政府機関が出版社と複数の電子版・紙版の雑誌をセット購読契約する、いわゆるビッグディールが見受けられますが、それでも購入コストは馬鹿になりません。
印刷物から電子ジャーナルへの移行が進み、紙や送料などの物理的コストは削減されたものの、日本における海外の学術ジャーナルの実価格は円安為替の影響も重なり、紙版・電子版を問わず高騰し、読売、朝日、日経などの新聞各紙に取り上げられるほど、問題が表面化しました。

出版社側にも重くのしかかるコスト問題

一方、大手出版社にも重くのしかかる問題はあります。出版コストです。各社で施策を練り、合理的なコストでのサービス向上を目指していますが、無償の有志編集者に頼らずにカラーのイラストを多用した高品質なジャーナルを刊行するには費用がかかりますし、多少の利益も必要です。つまり、この出版のコストを購入者が負担しなければならないのです。
出版コストの問題は、大学図書館などの予算の制約による購読契約減少、これに対応するための出版社側の発行部数削減、部数減による学術ジャーナル単価の高騰という悪循環に陥る可能性を、常にはらんでいます。米国の大学図書館関係者間で1970年代から指摘され始めていたシリアルズ・クライシス(雑誌の危機)問題の構造は、今も変わっていません。

オープンアクセスへの流れ

話を冒頭に戻します。ドイツにDEALプロジェクトという、大学・研究組織のコンソーシアムがあり、学術出版社の出版物のライセンス契約を取り扱っています。2016年、DEALはエルゼビアが提示した、オープンアクセスへの流れを拒否し、価格上昇を盛り込んだ契約条件を受諾できないと表明しました*2。これにより、複数のオンライン学術ジャーナルへのアクセスが遮断されたのです。
インターネット上で誰もがすべての研究論文を読めるという、オープンアクセスへの志向はドイツ以外でも広がりつつあります。2016年5月、オープンアクセスを推進するために欧州連合(EU)の「競争審議会(科学、イノベーション、貿易、産業にかかわる大臣たちの会合)」は、欧州での全学術公刊物をオープンアクセスにするという合意に達しました*3。これは、出版コストにおける現状モデルへの挑戦になり得ます。オンラインジャーナルの普及により個々の学者と図書館などの購読者が紙版のジャーナルに対して対価を払うという概念が消え失せつつあるのは確かです。誰でもオンラインで購読料負担なしに、数々のペーパーを読むことができる時代となり、新たなパラダイムが必要とされているのです。

出版コスト以外の問題も・・・

コスト以外にも学術出版会を悩ませる問題も出てきています。いわゆる「フェイク・ジャーナル」*4の出現です。前述のような定評と伝統のある学術出版社と異なり、オンライン上で金目当てに組織されるそれらは、刊行前に欠かすことのできない事実検証の能力を欠いています。そのくせ、誇大宣伝を謀って自らの評判、スタッフの質を強調します。まっとうな学者による査読もスクリーニングもないというのに、論文の公刊を高価な掲載料で請け合います。有名学者の名前を、本人の同意を得ずにサイトに掲載することさえあるのです。フェイク・ジャーナルの出版社は「オープンアクセスジャーナルを公刊している」と主張しますが、1~2年で廃刊されるような類のものがほとんどで、泣きを見るのは、大枚をはたいて掲載を実現させた投稿者たちです。
他にも、正式に交換された出版物のの中身を勝手にリリースし、オープンアクセスと称するサイトも存在しています当然、無断転載は違法ですが、このような存在すらも、従来の出版社への圧力になっていることは確かです。出版社および購読者双方が公正かつオープンに交渉することからしか解決の糸口を見つけることはできませんが、動向には注視する必要があります。
オンライン化に関しては、エルゼビアの刊行物を購読するアプリを自社のOSで運用し、学術ジャーナルのインパクト指標Google Scholar Metricsを提供しているグーグルなどの巨大IT企業の動向も気になるところです。
学術ジャーナルの価格問題およびオープンアクセス化は切り離せない関係であることからも、今後の動きから目が離せません。


脚注
*1 nature「Scientists in Germany, Peru and Taiwan to lose access to Elsevier journals」2016.12
*2 図書館に関する情報ポータル「ドイツ・DEALプロジェクトとElsevier社による全国規模でのライセンス契約交渉が決裂」
*3 エナゴ学習英語アカデミー「科学論文すべてをオープンアクセスに」EUが合意
*4 エナゴ学習英語アカデミー「捕食ジャーナル – 倫理学分野にすら登場」

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