コロナ禍でも学術研究を続けるために
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大で、世界の多くの国ではロックダウン(都市封鎖)や外出禁止となりました。国によって多少の差がありますが、多くの大学や研究機関が閉鎖され、研究者は予定していた調査や実験を継続できず、多くの学会も開催できなくなりました。感染拡大が収まって移動制限が緩和されたとしても社会的距離またはソーシャルディスタンス(Social distance)を取るように求められる中、どのように学術研究を進めればよいのでしょうか?
ソーシャルディスタンスを保ちながら研究データ収集する
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(London School of Economics and Political Science, LSE)のAdam Jowettは、社会的距離戦略下でも研究者がデータを集めるための方法は幾つかあるとした上で、データ収集が不可だから研究計画を再検討すると言い出す前に、別の調査方法が倫理的に可能かを考えるように示唆しています。
多くの研究者は、データの収集中断や、研究計画の再検討を余儀なくされています。特に、対面でのインタビューやフォーカスグループへの調査、フィールドワーク(現地調査)などによってデータを収集することが一般的な定性的研究では、進め方の変更が必要なものも出ていることでしょう。オンライン経由でデータを集めたり、既存のテキストデータを収集したりする方法としては、社会学者であるVirgina Braun、Victoria Clarke、Deborah Grayによる共著書「Collecting Qualitative Data: A practical guide to textual, media and virtual techniques(仮訳『質的データの収集方法:テキスト、メディアおよびネットワークからデータを集めるための実践ガイド』)がひとつの参考になります。後にも述べるアメリカ化学会のACS Publicationsの「SciMeetings」のような学会関連の情報を共有するプラットフォームから有益な情報を得ることも、eLifeの「eLife and COVID-19: Keeping communications open with online research talks」で開催しているウェビナーに参加して情報収集することも一案です。
データを集める具体的な方法としては、インタビューやフォーカスグループ、自由回答型のアンケートなど複数の方法が挙げられます。対面でのインタビューやフォーカスグループへの調査は、SkypeやZoomなどのビデオ通話、インスタント・メッセージを使ったチャットなどを代用して行うことも可能です。対象者によってツールを使いこなせない、ネットワーク環境が十分に整っていないなどの問題が生じることもありますが、ビデオ通話は対面でのインタビューに近い状況で話を聞くことができますし、ソーシャルディスタンスを保ちつつ、普段でも行き来が難しい遠方の人と対話することが可能になるとのメリットもあります。自由回答型のオンラインアンケートは、定量的なデータ生成をするのにも使われますが、自由回答型であれば質的なデータの生成や分析にも使えます。インタビューやフォーカスグループほどの情報を得ることはできませんが、多くの対象者からデータを比較的短時間で収集することが可能という点でのメリットは大きいでしょう。他にも、ニュースや雑誌記事のような印刷媒体は幅広い題材の社会的表象を分析するのに使えますし、テレビやラジオの討論番組のような放送媒体はフォーカスグループでの議論の進め方の参考にできます。さらに、最近では論文のオープンアクセス化も進んでいるので、パンデミック下でも多くの情報を収集し、研究目的に合わせて実際の社会状況を探ることは可能です。
しかし、デメリットがあることも留意しておかなければなりません。データの信頼性、妥当性は考慮すべき重要な課題です。さらに根本的なことですが、世界的なパンデミックという特殊な環境下で研究を続行する際に考慮すべき倫理問題もあります。まず、研究者自身や参加者の健康と幸福は研究や論文の執筆よりも優先されるべきことです。対面でのインタビューをオンラインに変更することが可能であっても、それが参加者にとって受け入れられる方法かを確認する必要があります。参加者がストレスに感じるようであれば方法を検討するべきでしょう。また、データ収集方法を変更する場合には、倫理委員会への事前通知が求められることもあります。その点は十分に注意してください。個人が作成したブログや、ソーシャルメディア上のコメントなどのオンラインコンテンツを調査に使用する場合は、一層の倫理的配慮が必要です。研究機関などによっては、オンラインでのデータ収集やインターネットリサーチ(Web調査)のやり方について特定のガイドラインを設定しているので、確認しておくようにしましょう。
コロナ禍への学術界の対応
では、次に学術界がどのような対応をしているのかを見てみます。
COVID-19関連の研究論文をオープンアクセスに
COVID-19に関するすべての研究論文を無料公開する出版社が出てきています。医学研究支援等を行っているウェルカム・トラストのプレスリリースによれば、3月16日時点でエルゼビア(Elsevier)、アメリカ化学会(ACS)、サイエンス(Science)、Springer Nature(シュプリンガー・ネイチャー)、EMBO Press、British Medical Journal(BMJ)、New England Journal of Medicine (NEJM)、Taylor & Francis、Wiley(ワイリー)など、30以上の大手出版社が自社で出版するCOVID-19およびコロナウイルス関連の論文のすべてを公開する方針を表明しました。これらの論文とその裏付けとなるデータは、発表直後よりPubMed Central(PMC)などのパブリックリポジトリで閲覧可能となります。さらに、各社の最新のCOVID-19関連の情報にはSTMのウェブサイト「Coronavirus (Covid-2019)」からアクセスできます。
COVID-19で延期された学会が研究成果をオンラインで公開
学会で発表する予定だった研究成果をオンラインで公開するという動きも出てきています。オープンアクセス誌であるeLifeは、若手研究者向けにコロナ禍での研究者同士のコミュニケーションを維持すべく、研究発表を行うオンラインセミナー「eLife Online Research Talks」のホスティングを開始しました。3月26日より週2回開催されており、各公開セッションはeLifeの編集者が司会を務め、3人の若手研究者それぞれ10分間の発表と5分間の質疑応答という構成になっています。このオンラインセミナーは「学会で発表することが認められていたのにCOVID-19の影響で学会が中止または延期され、オンラインでのバーチャル学会も開催されなかった」研究者を対象としていますが、バーチャル・メディアを研究発表の場として活用し、研究者のキャリアを向上させる新しい試みです。同様に、ACS(アメリカ化学会)もSciMeetingsというオンラインの学術発表プラットフォームを開設しました。これはACSが3月22日から米国フィラデルフィアで開催を予定していた学会で発表される予定だった研究を発表する場として立ち上げたものです。
COVID-19の最新情報を伝えるポッドキャスト(Podcast)開設
COVID-19の最新情報を発信するニュースサイトは多数ありますが、『ネイチャー(Nature)』もコロナウイルスに特化したポッドキャストを公開し、疫学者、ゲノム科学者、社会学者がコロナウイルス対策にどのように取り組んでいるか、そして最新の発見と研究成果がどのように進んでいるかを発信しています。このように最前線で対策に取り組む科学者たちの情報をチェックできる有用な情報源が増えているので、是非活用してみてください。
コロナ禍で外出できないときこそ充電を
研究が停滞し、先行き不透明な中、若手研究者やPhDの学生には研究を続けるべきか悩んでいる方がいるかもしれません。しかし、外出規制のかかる今だからこそ、できるだけ研究に関わる情報をインプットしておくチャンスと捉えてはどうでしょう。既にある程度の研究成果が出ている場合は、論文執筆のための準備を進めることもできます。執筆開始前であれば、投稿する学術雑誌(ジャーナル)を選出し、そのジャーナルの投稿規定をしっかりと把握しておきましょう。ジャーナル選出についてのスキルや知識を学ぶためのオンライン講座やツールがあるので、それらを活用してみるのも一手です。既に執筆済の論文があるなら、しっかり推敲することで掲載したいジャーナルに採択される可能性はずっと上がるはずです。そして、投稿後に待ち受ける査読。厳しい査読コメントは精神的にこたえるものです。査読で指摘されることは多岐にわたる上、投稿論文がリジェクトされる原因は新規性の欠如や語学的な問題などさまざまです。査読コメントへの返答や対応にプロのアドバイスが受けられるサービスについて調べておくことも有用です。しかも、査読を無事通過して出版されれば終わりというわけではありません。自分の研究を世に広める努力も必要ですので、どうやって研究をプロモーションするか、といった情報をこの期間中に集めておくことも良いでしょう。コロナ禍で外出が制限されるこの期間を大切な充電期間としてください。
COVID-19対策の有用な情報源
以下からはCOVID-19対策として有用な情報を得ることができます。
- 世界保健機関(WHO)が各国で大規模な治験が開始されたことを報じるScienceの記事。
- ワクチン開発に関する動画やゲノム情報に基づいたワクチン開発のアプローチ(Reverse Vaccinology)や機械学習を利用したワクチン開発といった新しい研究論文。
- 国際医学出版専門業教会(ISMPP)が発表している、コロナウイルス流行期間中に発表する論文の著者資格(オーサーシップ)についての公式ガイダンス
- 学術図書館によるCOVID-19対処法(The Scholarly Kitchen記事)
- 英国の電子書籍プラットフォームKortextと英国情報システム合同委員会(JISC)が共同で開発した無料の電子書籍プログラム(Free student e-textbook programme)。学生や教員が学習内容の復習や試験勉強のためにデジタル学習リソースにアクセスできるようにするものです。
また、エナゴアカデミーが提供しているお役立ち情報も書き出しておくので、是非ご参照ください。
- 学術ライティングや論文発表に関連する幅広いテーマを解説するオンラインセミナー
- 学術ライティング・出版のEラーニングプログラム「Enago Learn(エナゴラーン)」
- 論文投稿支援パック
- 公開データを横断して新型コロナウイルス関連の研究論文や治験データを一括検索できる無料AIツール「CLARA(クララ)」
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