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科学ジャーナルのオープンアクセス最新動向と留意点

2021年1月15日、Science各誌の発行元である米国科学振興協会(AAAS)が、一部の資金提供者が支援した研究の成果については直ちにかつ自由にアクセスできるようにするように公開することを求めていることに対し、論文著者が応じられる方法を提供すると発表しました。この新しい オープンアクセス (OA)方針に基づけば、著者は、ほぼ最終段階にある原稿、あるいは有料購読者しかアクセスできないScience誌に掲載された査読済の原稿であっても、誰もがアクセス可能なオンラインリポジトリに掲載することができることになります。

プランSオープンアクセス(OA)と出版社のせめぎ合い

新方針の下、Science各誌は「グリーンオープンアクセス(グリーンOA)」に踏み出した訳です。つまり、購読料を支払って購読する従来の学術雑誌(ジャーナル)に投稿された論文であっても、著者自身が機関リポジトリに並行してOAとして公開することができるようになります。著作権の条件が個々に異なるので、再利用および許諾申請については著者や著作権者への確認が必要ですが、読者側からのアクセスのチャンスが広がったと言えるでしょう。ただし「一部の資金提供者」となっている点に注意が必要です。OAの実現に向けたイニシアチブ「cOAlition S」からの資金援助を受けた論文著者が申請した場合のみとの制限が設けられているのです。よって、Science誌の現時点での新方針は、このOAイニシアチブの背後にいる欧州の資金提供者および「プランS」が資金を提供する論文著者のみに適用されるということになります。この新しい方針の下で公開される論文の著者は、プランSの原則に準じた著作権を有することになります。主要ジャーナルであるScienceとその他4つのScienceタイトルのジャーナルに掲載されている研究論文の多ければ31%がcOAlition Sによる資金援助を受けているとされていますが、cOAlition Sによる資金援助を受けていない著者の執筆した論文は、出版から数ヶ月から24ヶ月の期間(猶予期間/エンバーゴ)を経るのを待たなければ公開できません。AAASは、この新しい方針を1年間試験的に行い、収益性を判断するとしています。無料でアクセスできる論文が増えることによって大学や研究機関が購読契約をしなくなり、出版社としての収益が下がる可能性があることは否定できないからです。そしてAAASは、誰もが無料で発表論文を読み、使用することを可能とするゴールドオープンアクセス(ゴールドOA)の採用にまで拡大しなかった理由として、多くの著者、特に貧困国の著者にとって非常に高額な出版手数料を課すことになってしまうことへの懸念を述べています。ゴールドOAの論文は、誰もが無料で読むことができる反面、論文出版料金 (APC) やその他の出版に必要な全費用は著者が負担することになります。例えば、AAASジャーナルの一誌Science AdvancesにゴールドOAモデルで出版するためには、論文あたり4500ドルの出版手数料が著者に請求されることになります。Nature系のジャーナルにゴールドOAで出版する費用が、最高で論文あたり9,900ユーロ(約12,000ドル)となるよりは低いものの、研究者にとっては大きな負担です。とはいえ、出版社としては出版コストをカバーする必要があるのも否めませんし、研究論文以外のニュース、論評(Commentary)や総評(Review)を掲載するにあたってはNatureもScienceも出版費用を徴収していません。

OAの広がり

AAASの新しい方針は、以前の方針から大きく逸脱するものではありません。今回の新方針発表以前から、論文著者は最終版が公開された時点で、ほぼ最終版(著者が最終的に承認した原稿、author-accepted manuscript)を個人のウェブサイトや大学や研究機関のリポジトリにアーカイブすることができました。新方針では、著者が米国国立衛生研究所のPubMed Centralなどの非営利団体が運営するリポジトリにも投稿できるように範囲が広がっています。

ここで、公開された論文=最終版(Version of Record, VoR)とほぼ最終版(Accepted Version)では何が違うのか?という疑問が生じます。通常、ほぼ最終版と最終版に大きな差はありませんが、補足資料など最終版には含まれるいくつかの有用な情報がほぼ最終版に含まれていない可能性があるのです。さらに、サイトに公開されている論文に何らかの修正もしくは撤回処置が生じた場合には、出版社がサイト上の掲載版に修正を施したり撤回通知を追加したりしますが、著者が自己管理しているほぼ最終版への修正あるいは置き換えは著者次第です。適切な処置を行わない著者もいるため、ほぼ最終版の存在が研究論文の記録としての完全性の確保を困難にする可能性があるとの指摘があることは留意しておく必要があります。

それでもAAASの新方針はOAの広がりを示す変化のひとつです。2021年1月1日付けのScience(Vol.371, Issue6524.16)には、今年1月にcOAlition Sの「プランS」がいよいよ発効されたことを受けた記事が紹介されています。資金提供者は、公開論文への即アクセスを可能にすることで新しい発見をより早く広めることができ、そのことが科学的発見を促進することにつながるとしていますが、一方でプランSに対するさまざまな問題点も指摘されています。プランSが著者承認原稿を即時OA化するという妥協案を承認してはいるものの、全面的なOA化が進むとは言えません。

学術出版社や学会などはそれぞれのOAへの対応を発表しています。エルゼビア社は1月4日に同社のジャーナル160誌をPlan Sに準拠した「転換雑誌」(Transformative Journals)として登録したことを発表しました。また、Massachusetts Medical Societyは、2020年10月に当学会が発行しているThe New England Journal of MedicineがcOAlition Sの資金援助を受けている研究者に対してScience同様のアプローチを取ると発表したほか、American Geophysical Union (地球物理学)、American Society for Cell Biology(細胞生物学)、Microbiology Society(微生物学)、さらにRoyal Society(王立協会)などが同様の方針を取ると表明しています。

グリーンOAへの懸念

こうした動きが高まる一方で、グリーンOAの台頭が完全なOA化を損なうと懸念の声も上がっています。繰り返しになりますが、グリーンOAとは、購読型ジャーナルに出版された論文のほぼ完全版(著者承認版)を出版とほぼ同時にリポジトリに保存できるようにするアプローチです。購読者が支払う購読料によって出版プロセスに関する費用がまかなわれるため、論文著者は追加の料金を支払うことなく、一般的には一定の期間後にリポジトリでの公開が可能になります。例えば、Wileyは正式出版後の猶予期間を理工医学では12ヶ月、人文社会科学では24ヶ月と定めており、エルゼビアは12~24か月(具体的な期間は各ジャーナルによる)としています。猶予期間は出版社や分野によって異なるので確認しておく必要があります。今回、Scienceは条件付きですがこの猶予期間をなくすという方針を示したわけです。

グリーンOAによって、読者は完全に信頼できる最終版(VoR)を読むには引き続きジャーナルを購読する必要がありますが、ほぼ完全版であればリポジトリ経由でアクセスすることができるようになります。ところが、ほぼ完全版と最終版(VoR)の違いでも書いたように、リポジトリに掲載されるものは出版社によるレイアウトや校正は経ていない原稿、あるいは査読前の原稿であり、付随データなどが欠けている可能性もあります。猶予期間は出版社によって異なる上、リポジトリに公開したファイルを後からVoRに差し替えることを禁じている出版社もあります。あくまでも完全版は購読ジャーナルに掲載されたものであるとして、リポジトリで公開されている原稿に注釈を記すようにとの指示が付く場合もあります。同じ論文に複数の「版」が存在することで、該当論文を検索した研究者がこれらの複数の版に直面することは起こり得るわけです。オープンアクセス学術出版協会(OASPA)のオープンポストに投稿された記事は、このようにVoRと他の原稿が混在してしまう問題を指摘しつつ、リポジトリ検索で論文を見つけた読者がほぼ完全版には付随していないデータなどを探したり、出版後の修正がないかどうかなどを確認するために時間を費やしたりすることがないよう、研究者はすぐにVoRにアクセスできるようにできることが重要だと述べています。そのためにも、本来目的とする即時アクセスへの移行の代替手段としてグリーンOAが台頭してくることは、完全なオープン化の促進を妨げることになり、プランSの資金提供者が目指している姿ではないと非難しています。

VoRへのOAの増加

VoRへのオープンアクセスは急増しています。現在、OAジャーナルとOA論文をまとめているオープンアクセス学術誌要覧(Directory of Open Access Journals, DOAJ)には、15,800を超えるジャーナルと560万本以上の論文が掲載されています。出版社の考えはさまざまですが、まさに先月、新たなOAジャーナルBiological Imagingの発刊を発表したケンブリッジ大学出版のように前向きに進めている出版社もいます。今後、さらにOAを進めるには、出版社を含むすべての利害関係者が協力して建設的に取り組んでいく必要があるでしょう。OASPAのオープンポストにはWileyをはじめ複数の出版社や学会のメンバーが賛同署名しています。このOAの流れがどのように加速していくのか、動き出したプランSの広がりとともに目が離せません。


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