広大な海が蝕まれている?世界中の海で進む海洋汚染―世界で今起きていること<気候変動編>前編

公開日:
Jun 12, 2024
この記事を読むのにかかる時間:
15 minutes

気候変動は地球のさまざまな場所でその兆候が観測されていますが、地球表面の約7割を占める海も例外ではありません。海水温の上昇は、海洋の生物に多大な影響をおよぼすだけでなく、大気と相互に影響し合い、世界各地の気候や降雨・降雪のパターンを変える原因となっています。海の温暖化は深刻ですが、同時に海の汚染も大きな問題となっています。言語面から学術研究をサポートしているエナゴアカデミーが、世界が直面している気候変動や環境問題をとりあげる本シリーズの3本目は、人間の生活が直接的な原因でもある海洋汚染、特に海洋プラスチック汚染について取り上げます。

前編では、すさまじい速度で進む海洋汚染について、汚染の原因や、汚染の一因である海洋プラスチックのゆくえ、そして海洋プラスチックが地球環境や生態系に与える影響についてまとめます。

※本記事は、2024年6月13日にエナゴ学術英語アカデミーに掲載された記事の転載です。

はじめに

海洋の温暖化については、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change : IPCC)が2019年に『Special Report on the Ocean and Cryosphere in a Changing Climate(変化する気候下での海洋・雪氷圏に関するIPCC特別報告書)』を公表しましたが、その後も海水温の上昇は収まらず、極域では氷河が溶け、南の海ではサンゴの白化が拡大しています。

2024年3月19日に世界気象機関(World Meteorological Organization : WMO)が発表した『地球気候の現状に関する報告書』によれば、2023年は観測史上最も温暖な年となり、平均地表面温度とともに海水温や、南極の海氷面積の減少でも記録を更新しました。しかし、海洋の問題は温暖化だけではありません。海岸や砂浜に打ち上げられたゴミを見たことがある人は多いと思います。海は、温度の変化以上に目に見える物質的な汚染にも蝕まれているのです。

世界中の海が汚染されている

海洋汚染というと船舶からの重油流出を頭に浮かべる方もいるでしょう。近年、最も有名な船舶からの重油流出は、2020年7月にインド洋のモーリシャス沖で貨物船が座礁事故を起こし、大量の油が流出したものが挙げられます。この貨物船を所有していたのが日本企業だったことから、日本でも連日報道されました。

しかし、船舶事故のように限定された海域への汚染のみならず、今では世界中の海が汚染されていると言われています。海岸に打ち上げられたプラスチックごみの中に日本語以外の文字が書かれているものを見たことはありませんか?今や世界中の海岸や海中にはプラスチックゴミが散乱し、美観だけでなく海中の生物やそれを捕食する生物(人間も含む)にも悪影響を及ぼしています。

太平洋には世界中のゴミが流れ着いて漂っている「太平洋ゴミベルト」と呼ばれる海域があります。日本語では「ベルト」となっているので帯状のイメージを持たれがちですが、英語では「Great Pacific Garbage Patch」と称されており、より広域にわたってプラスチックゴミが散乱していることを的確に示していることに言及しておきます。

プラスチックゴミの中には平面的に広がるものだけでなく、当然海中に沈んでいくものもあるので、その総量は計り知れません。2016年1月に発表されたエレン・マッカーサー財団世界経済フォーラムによるレポートには、2050年までに海中のプラスチックの重量が魚の重量を超えるとの予測が示されています。また、同年9月には、九州大学と東京海洋大学の共同研究チームが、南極海においてマイクロプラスチックが浮遊していることを確認したとの論文を発表しており、マイクロプラスチックのレベルまで鑑みれば、残念ながら既に世界中の海がプラスチックゴミに汚染されていると言えるでしょう。

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出典:The New Plastics Economy Rethinking the future of plastics, World Economic Forum

また、目には見えない化学物質や放射性物質などによる汚染も海洋生物に深刻な影響をおよぼします。まるで海が地球のゴミ箱であるかのように、色々なものが廃棄されてしまっているのです。

海洋汚染の原因

海洋生物や環境に多大な影響をおよぼす「海洋汚染」の原因には、重油やプラスチック以外にも、不法投棄物や化学物質などの廃棄・流出も挙げられます。

海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)」によれば海洋汚染とは、「人間による海洋環境(三角江を含む。)への物質又はエネルギーの直接的又は間接的な導入であって、生物資源及び海洋生物に対する害、人の健康に対する危険、海洋活動(漁獲及びその他の適法な海洋の利用を含む。)に対する障害、海水の水質を利用に適さなくすること並びに快適性の減殺のような有害な結果をもたらし又はもたらすおそれのあるものをいう。」(出典:国連海洋法条約の外務省による和文)と記されています。つまり、原因は人間が出すものということです。流入経路としては、人間が(船舶などにより)海に持ち込む場合と、人間が排出したものが河川からの流出などによって海に流れ込む場合の2つに分類できます。汚染の主な原因としては以下があげられます。

■陸からの汚染
プラスチックなどを含む産業廃棄物の投棄・流出、工業廃水や生活排水、農業廃水も含む

■船舶からの汚染
船舶の運航によって排出される油や有害物質、船舶事故などによる石油の流出、バラスト水など

■投棄による汚染
プラスチックゴミ、不法投機など

■海底資源の探査や開発に関連する施設や機器からの汚染
海洋での石油掘削など

■大気からの汚染
大気中の汚染物質が降雨などにより海に移る汚染

次は主な汚染物質をあげてみましょう。

■プラスチック
海洋ゴミの85%をプラスチックが占めていますが、2040年までには3倍近くに増え、年間2,300万トンから3,700万トンの廃棄物が海に流れ込むことになるとの予測もあります。海洋プラスチックゴミの80%以上は、陸上から海に流入したものであり、その内60%以上が容器包装などの使い捨て用プラスチックが占めていますが、プラスチックごみの中には意図的に廃棄(不法投棄)されているものもあれば、台風や津波のような自然災害によって意図せず流出してしまうものもあります。漁具や漁網などのプラスチック製漁具の海洋放棄は、世界中で年間約64万トンと推定されています。

■油など
船舶からの油の流出について話すとき、最初に挙げておきたいのは船舶が発生源となる汚染の防止を目的とした国際条約マルポール条約です。国際海事機関(International Maritime Organization: IMO)が1978年に採択、1983年に発効しました。そのため、英語表記では2つの年数を入れて「MARPOL73/78」と表記されます。タンカー座礁などによる海域の汚染が多発したことへの対策として採択されたものですが、船舶からの生活排水、燃料の物質についても詳細に記載されています。マルポール条約が採択されたことで、海洋汚染への国際的な対策の重要性についての意識が高まったと言えるでしょう。マルポール条約の2013年の改正(Annex V)では、プラスチックゴミの排出も禁止されています。日本では「海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律」によって船からの油の排出が規制されています。

とはいえ、ひとたび事故が起きてしまうと大量の油や有害物質が流出することになります。2020年のモーリシャスでのWAKASHIO座礁事故では、流出した1,000トン以上の油が、ラムサール湿地に指定されていたサンゴ礁が広がる海洋保護区とマングローブ林などを含めた自然保護区を汚染し、そこに生息する生物や海洋環境、島民および彼らの生活に多大な損害を与えることとなりました。(同事故に関しては、日本の化学繊維開発・販売メーカーエム・テックス株式会社が、水をはじく油吸着材を提供し、事故の復旧に大きく貢献したことも話題になりました。)

■工業排水、生活排水や廃棄物
日本では工場排水への規制が強化されていますが、規制の緩い国もあります。また、生活排水も同様で、日本では下水道が普及していますが途上国などでは下水道普及率が低く、生活排水がそのまま川や海へ流されていることも多々あります。

海洋プラスチックはどこにいくのか

海洋プラスチックは、海流によって太平洋ゴミベルト、あるいはGreat Pacific Garbage Patchと称されるような特定の場所に集まっています。このゴミの集合体が発見されたのは1997年。海洋研究家のチャールズ・ムーアがハワイからカリフォルニア州までヨットで航海していたところ、太平洋の中間地点でおびただしい量のプラスチックごみが浮遊しているのを見つけました。ムーアはこの現状を「プラスチック・スープ」と名付け、深刻な国際問題として提起しました。

オランダに拠点を置くNPOオーシャン・クリーンアップは、太平洋ゴミベルトには1兆8000億個以上のプラスチック片があり、その重量は10万トンに上ると推定しています。しかも、毎年115万トンから241万トンのプラスチックが河川から海に流入しており、海に流れ出したプラスチックの多くは沈まずに、海面を漂っているのです。

そして、さらにタチが悪いのは、プラスチックゴミが波にもまれ、紫外線にさらされることによって劣化あるいは破砕され、小さくなったマイクロプラスチックです。マイクロプラスチックとは、5mm以下のもので(国連自然保護連合(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources: IUCN)では、5mm以下0.1µm以上のものをマイクロプラスチック、0.1µm以下のものはナノプラスチックとしている)、容易に生物の体内に入り込んでしまいます。マイクロプラスチックは海洋生物に限らず、地球上の生態系すべてにとって深刻な問題となっています。

海洋プラスチックはどのような影響をおよぼしているのか

プラスチックによる海への影響は以下です。

1.地球環境への影響
石油製品であるプラスチックは、焼却処分するにも二酸化炭素を発生させるが、海水と紫外線の影響で劣化する過程において、メタンガスなどの温室効果ガスを発生していることも明らかにされており、米カリフォルニア州に拠点を置く環境団体パシフィック・エンバイロメントは、温暖化防止の国際枠組みであるパリ協定を達成するためには、2020〜50年のプラスチックの累計生産量を見通しより75%以上減らす必要があるとの報告書を発表している。

2.生態系への影響
マイクロプラスチックは、魚などの海洋生物に誤食され、魚を死に至らしめるだけでなく、サンゴ礁にまで影響を及ぼす可能性があると指摘されている。

3.健康への影響
マイクロプラスチックは、海洋生物が誤食したり、海水から精製する塩や飲料水の中に含まれたりすることで生物の健康に影響をおよぼす。浮遊する小片は、PCBsやDDTやPAHsを含む残留性有機汚染物質を海水から吸収するとの研究論文もある。こうしてプラスチックに使用または吸着した紫外線吸収剤、可塑剤、難燃剤などの添加剤や化学物質を摂取し、生体内などで溶出することによる健康被害や、体内に蓄積する可能性も懸念される。

世界各地に流れ着いたクジラの死骸を解剖すると、数10キロからひどいものは100キロ近くのプラスチックのごみが出てきたこともありました。誤飲・誤食してしまう以外にも、ゴーストネットと呼ばれる海中に浮遊する漁網がウミガメや鯨類のような生物にまとわりつき、溺死させることもあります。海鳥まで含めたありとあらゆる海の生物がプラスチックごみによる被害に直面しているのです。

マイクロプラスチックになれば、魚や魚介類の体内にも入り込みます。そして、それは巡り巡って人間の口に……。2018年に発表されたパイロット・スタディで、日本人を含む8か国の人間の大便から初めてマイクロプラスチックが検出されたことは衝撃的でした。さらに、2021年には、世界中の人は最大で毎週クレジットカード1枚分(約5 g)に相当するマイクロプラスチックを摂取している可能性があるとの論文が発表されています。ペットボトルの飲料水や水道水にもマイクロプラスチックが含まれているとの調査結果もあり、マイクロプラスチックは我々の日常の至る所に隠れているのです。プラスチック汚染の影響は地球全体に広がっていることを自覚しておく必要があります。

プラスチックの海 国連広報センター (UNIC Tokyo)


後編では、汚染から海を守るための世界の取り組みと、持続可能な開発目標「海の豊かさを守ろう(目標14)」をふまえ個人単位できること、そして海洋汚染に関する研究や海洋汚染について学べる動画をご紹介します。

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